5
秋が深まる頃。
二カ月前までは暑かったのに、その暑さも消えかけている。そんな11月上旬。
学校ではもうすぐ文化祭が始まろうとしている――。
5時間目と6時間目は授業は無く、文化祭準備の時間となっていた。
「――えー、では文化祭の出し物の何か希望はありますか」
先生がそう仕切る。
「はい! 喫茶店はどうですか?」
「わたし、演劇希望」
「お、お化け屋敷はどうでしょう」
次々と意見が飛び交う。
のちに、多数決で喫茶店とお化け屋敷に候補がしぼられた。
確か、雫はメイド喫茶がいいとか言ってたな……。
***
「――文化祭の出し物が決まりました! 結果は――――お化け屋敷! 皆さん、お客さんを思う存分、怖がらせて下さいね! それでは5時間目、終了したいと思います!」
……。
授業後、雫をちら、と見ると目が怖い。
俺を鋭く睨んでいる。
「なんでこうなるわけ?」
「俺のせいじゃねーよ」
「絶対、お化け屋敷に入れたでしょ」
「……」
「あんたは私のメイド服なんか、ちっとも見たくなくて、ご奉仕もされたくなくて、私に死んで欲しいのね?」
別に雫にお化けになって欲しいとか、微塵も思ってない。てか、お化け役=死人=お化け役に雫がなって欲しい=雫が死んで欲しいって解釈したのな? いや、お化け役はリアル死人じゃねえだろ。
でも結びつきが雫らしい。
「あのな、俺がお化け屋敷に票を入れたのはちゃんと理由があってだな――」
昨年もやったからだ。
もう雫のメイド服姿は見飽きるほど、見た。
「――私、秋良に殺されるなら別にいいけど。秋良になら、何されてもいい」
は?
瞳を逸らし、顔を赤らめそう宣う雫。
こいつの発言には時折、すごく困らされる。
俺はどう返したらいい?
「……そうか」
取り敢えず、そう返事するしかなかった。
――6時間目。
看板作りとかは後で、この時間はどの役職を誰がするか、という担当を決める時間となった。
担当にも色々種類がある。装飾担当、お化け担当、案内担当、看板担当、企画担当など。
その中でも一番盛り上がったのは『お化け役を誰がやるか』だった。
雫は誰もが認める美少女で校内人気も高い。だから、お化け役に指名されても違和感が無い。だが、彼女は嫌がっている。
「なんで嫌なのか?」
「秋原くんがやってくれるなら、一緒にやります」
「理由になってないし、何故改まった言い方になった?」
「クラスのみんなに向けて言ってるの」
「――でも怖くないか? 仲良し男女ペアのお化けがいて、お客さんはどう思う?」
「お客さんがどう思うかとか怖がるかなんて、どうでもいいの。ただ、私の目的は秋原くんに好意を寄せてる女子を末代まで呪うの」
「こっわ!」
雫の本心を知り、鳥肌が立つ。
「一緒に呪い殺そうよ」
「却下」
――どうしても、お化け役は嫌だと雫が言うので《《彼女以外の誰か》》で再度指名が行われた。
「私、秋原くんがいいと思いまーす」
そう告げるのは当然、雫だ。
そして何故かクラスのみんなもそれに賛同していた。俺に知名度なんて全然無いのに。クラスに俺を知らない人もいるんじゃないかと思うくらいだ。
じゃあ、何故賛同するのか――。
「秋原、影薄いしね」
「分かる。てか、この前授業中、秋原が爆睡してた時、偶然見ちゃったんだけど、白目剥いててめっちゃ怖かった」
授業中、爆睡してたこと暴露するなよ。先生の前なんだぞ。
「じゃあ、お化け役は秋原でいいかー」
「いいと思う。秋原って生きてるのか、死んでるのか分かんないし」
おい。失礼だな。生きてるわ。
「言われてやんの」
雫に頬をツンツンされる。
すっげームカつく!!
――というわけで、お化け役は俺となった。
なんで?
ちなみに雫は案内担当になった。
案内担当というのは当日、お化け屋敷(教室)の前で「お化け屋敷はこちらです」とか言って客を案内する役だ。他にもパンフレットを配ったりもするらしい。
「では、残りあと10分ですし、リハーサルをしましょう!」
何故、残りの十分をリハーサルに充てるのか……。先生の思考回路がまじで意味不だ。
早速、更衣室で専用のお化けの衣装に着替えてきた俺。
一同、俺を見てしーんとなる。
なんか悪いことしてるみたいだから、何でもいいからリアクションしてくれええー!
「よし! 良いと思う。頑張って」
雫は黙っててくれ。
気を遣って言ってるだろ。
何のリアクションもしないクラスメイトと教師。そう思われたが――。
「こ、こわい。こわいよ、秋原くん……」
涙目を浮かべ、怖がる女子生徒がひとりいた。
怖がられてるけど、めっちゃ嬉しい!
心の奥で躍動していると――。
「よし。牧野、客役やれ」
怖がっていた、牧野麻菜という女子生徒が急遽、客役をやることになった。
といっても、あと十分程度しか無いが。
教室の照明が消され、カーテンが閉められ、真っ暗になる。唯一、教室を照らすのは教師が持っている、懐中電灯の光。その光は俺と牧野さんに当てられている。
「じゃあ、机からバッといきなり現れて脅かせて」
企画担当の男子生徒がそう指図する。
言われた通り、机からいきなり出てきてみた。
「きゃあああっ!」
すると、牧野さんは倒れてしまった。
「大丈夫? 驚かせてごめんね」
俺は手を差し出す。
「おい」
背後からそんな声が聞こえてきた、気がしたが。それはさておき。
「大丈夫です。ありがとうございま――きゃああ!」
俺を見た瞬間、またも卒倒。
すごくこの子、お化け屋敷の客にぴったりだ。誰もがそう思うだろう。
でも、なんか怖がらせるのは可哀想だな、とも思ってしまった。
「今度は秋原が牧野を追いかけてくれ」
「分かりました」
教室内をぐるぐると追いかけ回す。
牧野さんが怖がるあまり、周りのモノも椅子も落っこちたり、倒れたりしていたが、牧野さんは俺より足が速いのか、捕まえることは出来なかった。
「きゃー!」
悲鳴だけが響く。
あっという間に十分は経って。リハーサルは思いのほか、成功して。
――教室が再び明るくなる。
すると目に映ったのは、牧野さんが涙を浮かべていて、そんな彼女の背中を雫がさする姿。
「秋良が怖がらせるから、この子泣いちゃったじゃん。もー、女の子泣かせちゃダメだよ」
「それは仕方ないだろ。役割だからさ」
悪戯好きな俺はお化けポーズでもしてみる。
「きゃー!!」
「あのさ、思ったんだけどさ、この子。秋良が怖いっていうより、キモいから悲鳴上げてるんじゃない?」
「……うん」
いや、今なんつった?
キモいって言った?
「俺、キモい……?」
「気持ち悪いし、怖い」
…………。
「きっと、当日はお客さんみんな、悲鳴上げて怖がってくれるよ! そんなに落ち込まないで」
「キモいもんね」
「傷口、抉らないでくれる?」
そっか。牧野さんの『きゃー』はゴキブリが出た時の『きゃー』と同じきゃーなんだな。
ショックなんだが。
けど、牧野さんという子が友達に加わった気もして、ほんの少し嬉しかった。