重なる水跡
ジリジリと日差しを浴びたアスファルトを越えると僕の靴はじゃりと小石たちを踏みつけた。隣合う石同士に隙間がある分ぺったんこな靴底から感じていた熱はもう感じられない。じゃっじゃっと子気味よく砂利を踏みしめていく。この音と共に傍らを流れる川の音に耳を澄ます。上流から下流へいきおいよくともゆっくりとも言えない速度で流れていくそれは、何ひとつ同じ飛沫を跳ねさせることないのだろうけれど、何年何十年とずっと流れていれば、一瞬でも、同じ跳ね方になる時もあるのではないのだろうかとぼんやりと考える。そんな気の遠くなるような検証をする気などさらさらなく、でも、きっとどこかでその現象が起こっているかもしれないとよく空想していた。
車のフロントガラスに当たる雨粒だってそうだった。ぱたぱたと運転手の視界を遮りワイパーにすぐ拭われてしまうそれも、どこかの一瞬でいつかと同じ雨跡になっているのではないかとその一致の可能性に僕はじんわりと夢を持っていた。
けだるい暑さが続いていた。徒歩で近所のスーパーに買い物に出ていた僕は、その帰りに夕立にあってしまった。きっと一時的な雨だろうと、近くの本屋の軒下で雨宿りをする。スーパーの袋から頭が少し飛び出ているネギから、ぽたりと水溜まりに雫が垂れた。今日の夕飯は鍋にしようと思っていた。この暑いのに、と思うがクーラーをガンガン効かせた部屋で食べる激辛キムチ鍋は僕の夏の醍醐味であった。
しばらくすると本屋から女の子が出てきた。セーラー服を着ている。女子高生だろうか。今買った本が入っているだろう紙袋を抱えている。
「うわぁ、雨かぁ」
と呟き、傘を持っていないようで僕と同じく店の前で雨が止むのを待っていた。買ったばかりの本を濡らす訳にはいかないだろう。僕たちは降りしきる雨をただ眺めていた。
軒下のテントから溜まった水が端からつーと落ちてくる。
パシャリとシャッターを切る音がした。
思わず横を見ると彼女がカメラを構え、何やら写真を撮っていた。あまり見ていては不審に思われると、すぐに視線を前に戻す。
「変なこと、聞いてもいいですか?」
不意に彼女が言葉を発した。
きょろきょろと辺りを見回して、僕に対して問いかけているのか確認する。他に雨宿りしてる人はいない。話しかけられているのは僕のようだ。
「はい」
急に声をかけられ戸惑いながらも短く返事をすると彼女はテントから落ちる雨水を見つめながら言った。
「わたし、思うんですよね。滝とか見てると、ずっと撮り続けてたらいつかどこかで全く同じ写真が撮れるんじゃないかって」
彼女は首からぶら下げていたカメラをひと撫でした。
「水量だとか、水飛沫だとか、ピタッと完全に一致する瞬間ってあるんじゃないかなって」
――いた。
僕と同じ思考の持ち主。
「そーいうこと、よく考えちゃうんですけど、これって変なんですかね?」
彼女は眉を少し下げ微笑みながら僕を見つめた。
「変か変じゃないかはわからないけど、僕もそれはよく考える」
そう言うと彼女はパァと顔を明るくさせた。
「ホントですか?!」
僕をキラキラした目で見つめる彼女の声色が一気に高くなる。
「あぁ、でもそんなこと話したのは初めてだよ」
「わたしも、です。たぶん変なんだろうなぁって思って誰にも言ったことはありません。でも、なんでだかお兄さんに聞いちゃった」
えへへ、と彼女は今更ながら照れくさそうにはにかんだ。
「同じようなこと考えてる人がいるってわかってうれしい」
彼女が僕に笑いかける。いつの間にか雨は止んでいて雲間から細く光が差し込んでいた。
「雨、止みましたね。それでは」
彼女はぺこりと小さく会釈をしてそう言うと軽やかな足取りで去っていく。
テントから落ちた水滴がぽたりとまた水溜まりに吸い込まれていった。