家を作れと妹に言われた
「お兄ちゃん、早くして!」
璃々香がいつもの調子で言う。
「お前も手伝え」
俺が言うと、
「手伝えるわけないじゃん」
しれっと言う璃々香。
「なんでだよ」
「だって私、そんなに力も無いし、今のお兄ちゃんみたいに速く動けないし」
「……」
そうなのだ、悔しいが璃々香の言う通りだった。
今俺が何をやっているかというと、端的に言えば家造りだ。
俺と妹の璃々香は、家族で船旅をしていたところ嵐に遭遇し、船は沈没。
近くに浮いてきた浮き輪に二人で掴まり、この島に漂着した。
そしてこの島で泉の精霊を自称する女性と出会い、二人は獣人へと変化させられた。
どうやらこの島には魔物が棲息し、ここで生きていくためには、自らの身を戦って守らなければならないらしい。
そのためには、強力な戦闘力を有する獣人へと変化する必要がある、ということなのだ。
そして、俺はゴリラの獣人に、璃々香は白い虎の獣人へと変化させられたというわけだ。
島での生活を始めるにあたり、
「お兄ちゃん、家を造って」
という璃々香のこの言葉から家造りを始めることとなった。
「簡単に言うなよな……」
俺はぼやいた。
とはいえ俺も、いずれは真剣に考えなきゃいかんとは思っていたところではあったが。
「ふむ、それでは、われがちと手助けしてやろうかの」
と泉の精霊がのたまった。
「造ってくれるのか?」
期待を込めて俺が聞くと、
「いや、作るのはあくまでもゴリラの兄、そなたじゃ」
「なんだよ……」
期待させておいてそれか。
「虎の娘もそれを望んでいるじゃろうしの」
「いや、別に俺が造らなくたってかまわないだろ?」
俺が璃々香に聞くと、
「お兄ちゃんが造って」
と璃々香。
「なんでだよ」
「なんでも」
「決まりじゃな」
「はぁ…………」
俺は諦めのため息をつくしかなかった。
「われがゴリラ兄の力と速さを十倍にしてやろう」
「十倍?」
「ただし、時間は三分までじゃ」
「なんで?」
「それ以上はそなたの体が保たないからの。バラバラになってしまうやもしれん」
「バラバラ……」
さすがにそれは恐ろしい。
「でも三分で家を造るなんて無理だろ」
俺が苦情を言うと、
「力と速さが十倍になるのじゃ。合わせて百倍になる。つまり三百分の時間が使えるということじゃ」
ん……?
その計算で合ってるのか?
「すごい、お兄ちゃん、頑張って!」
にわかに元気づく璃々香。
「お前なぁ……」
「私、一生懸命応援するから」
「応援かよ」
というわけで俺は、実質五時間分の超重労働に励まなくてはならなくなったのだ。
「そろそろ刻限じゃ」
という精霊の声が聞こえた。
俺は作業を終えて、ドサッと尻餅をつくように地面に座り込んだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
時間としては三分間とはいえ、体は五時間走ったのと同じくらいの疲労でガタガタだ。
「ふむ、よくやったの」
出来上がった掘っ立て小屋を見て精霊が言った。
「はぁ……はぁ……ほら璃々香、できたぞ……」
俺はそばにいるはずの璃々香に言った。
が、返事がない。
「なんだよ……」
どこかそのへんで昼寝でもしているのか?
などと呆れていると、
たったったっ……
と軽やかな足音が聴こえてきた。
俺は疲れた体を捻って、足音がする方を見ると、璃々香が小走りに駆けてきたところだった。
両手には黄色い何かを持っている。
「どこに行って……」
と俺が言いかけると、
「これ……」
と璃々香は手にしている黄色いものを俺に手渡した。
「なんだ、これは?」
「果物」
「果物?」
「うん、精霊様に教えてもらって採ってきたの」
「食えるのか?」
「そう聞いた」
璃々香はそう言うと、俺の隣に座った。
「家を造ってくれたから……」
俺とは視線を合わせずに璃々香が言った。
「そうか」
「うん」
俺は璃々香から受け取った果物を見た。黄色い南国風の果物のようだ。
かしゅっ……
一口、齧ってみた。
体に染み渡るような甘い味がした。
もし、日本にいる時に食べたら甘すぎると感じるかもしれない。
だが、どことも知れない島に漂着し、家造りで疲労困憊した体にはありがたい甘さだ。
「うん、甘くて美味い」
俺が言うと、
「でしょ!」
と、璃々香は晴れやかな笑顔を見せると、
かしゅっ……
と、美味そうに果物を齧り、もう一度笑顔を見せた。
(久しぶりだな、璃々香のこんな笑顔を見るのは……)
そんなことを思いながら、俺も果物に齧りつき、ぼんやりとこれからの島での生活のことを考えた。