9話 伸びる影
揺れる蝋燭の不規則な灯りにメアリー目を覚ました。
辺りを見回すとそこは見知らぬ部屋でどうやらベッドの上に寝かされているらしいことがわかる。
「確か、レイさんがかばってくれた後、黒い服の人が……っ! まずい、早く逃げないと……」
飛び上がるように起きたメアリーは逃げようとする。
だが足を引っ張られるような感覚があり転倒する。
見ると右足に鎖つきの足枷がはめられ、反対側はベッドに固定されていた。
幾度か強く引っ張ってみるもビクともしない鎖に、メアリーは焦りを感じにさらにガチャガチャと鎖を引っ張る。
「外れて、お願い!」
「無駄なことはやめた方が身のためだ、パウエル家のお嬢さん」
突然声が聞こえ、慌てて振り向くと開いた扉に人影があり、顔こそ仮面で見えないもののその背格好には見覚えがあった。
「っ! あなたは」
その背格好と雰囲気。勘としか言えない何かがメアリーにこいつが黒幕だと語りかける。
「よくも……家族を!」
自分の全てを奪った人間を前に飛びかかる、しかし足の鎖がメアリーの動きを遮りあと少しなのに届かない。
「この限られた情報から直ぐにだれかわかるとは、なかなか鋭いじゃないか」
「なぜ今になって姿を現したんですか」
届かないと悟ったメアリーは攻撃を諦めローブの男に問う。男は、機嫌良さそうに、くつくつと笑った。
「君に少し用事があってね、手荒な手段になったのはすまないね」
「地下室については知らないと言ったはずです!」
「あぁそれは理解っている、ただ...もうそこに用はない。用があるのは君だ」
「私に? 一体何の価値が」
そんなメアリーを置き去りにゆったりとした足取りで男が近づいてメアリーの目を覗き込む。
仮面越しの灰色の瞳は全てを見透かすようで、メアリーは心の底――自身すら自覚していないなにかを盗み見られたように感じた。
「な、何をして」
「おっ、あったあった」
「一体何が……」
「すまないおしゃべりがすぎたようだ。とにかく君は準備ができるまで大人しくしておいてくれると、こちらとしても助かる」
そのまま去ろうとする男、にメアリーが問いかける。
「待って、レイさんは……あの人は無事なの!」
「あぁ、彼なら……」
と言いかけたところで黒服の男が割って入った。
「報告します、謎の侵入者を発見! 現在、クロガネが応戦中! 先行として応戦したクロマトイ、15名の全員が死亡! 敵はすでに中庭を抜けた模様であります!」
報告を聞きながら監視魔道具で状況をみていたローブの男は、やはり来たか――と呟きメアリー向き直って話しかけた。
「ところで、君はレイという人間をどこまで知っているんだ?」
「それは、あまり」
「やはり知らないだろうね。そんなお嬢さんに、いいものを見せてあげよう」
男はメアリーに魔道具の映像を見せる。
「これが……レイさんなの……」
「これが君の心配していたレイ、もとい執行人、レイ・サオトメの本性さ」
返り血にまみれながら、顔色一つ変えずに次々に敵を殺していくレイの姿だった。
――――――
時は少し遡り襲撃者が去った少し後……。
レイが目を覚ますと、まず第一に荒らされた事務所が目に写った。
「俺は、気絶してたのか……そうだ! メアリー! おいメアリー!!」
まだ少しふらつく足に鞭を打って事務所のあちこちを探すレイ。しかしメアリーの姿はどこにも見当たらない。
「ちっ、やっぱりあいつ目当てか、あいつらは一体何者だ……」
(メアリーを連れ戻すにしてもどこに連れてかれたかわからない)
――首謀者は誰でその目的は?――現場に撒かれた軽油――最新型の武器の大量所持。
レイの頭をいくつかのワードが廻るが情報がまとまらない。そんなレイの視界にふと、メアリーから受け取った手紙が映る。
「そういえばこの言葉も気になるな、『ライトブルーの薔薇をあなたに』なぜこんな言葉をわざわざ……」
「派手に散らかってるな〜、何があった? レイ」
振り返るとそこには革製の四角いバッグと厚い資料を持ったヤマモトがいた。
「やっさんか……メアリーが誘拐された」
「そうか、大体予想はしてたがそうなったか。なら尚更これがいるだろう……サクマと繋がりのあった人間の捜査資料だ」
「助かる……」
資料を受け取り目を通していくレイ、するとヤマモトはレイの持っている手紙に目を留める。
「それ、もしかしてだけどサクマの……」
「えっ? あぁ、これか? そうなんだが書いてる文の意味が分からなくてな。やっさん、なんかわかるか?」
「『ライトブルーの薔薇をあなたに』何かの暗号としか……花言葉か? でも俺には分からんな――レイ、どうかしたか?」
「花言葉、花……別の意味……っ! なるほど、あいつ、回りくどい方法使いやがって」
「何がわかったのか!?」
「あぁ、この文の意味は理解した、あとは……あった! こいつが犯人なら辻褄も合う……あとはメアリーをどう連れ戻すかだな……」
するとヤマモトが手に持っていた革製のバッグを渡してきた、だがその顔は少し心苦しそうに見える。
「やっさん、どうした?」
「レイ、俺が来た要件はもう1つあるんだ。正直言って俺も言いたくないんだが……レイ、指令だ。サクマ・パウエルを殺害した犯人を特定し、抹殺せよ。それと、これ……持ってけ」
ヤマモトが差し出したバッグを見たレイは目を見開く。
「これは……俺の装備か」
「荒事になるならこれがいるだろうから、マスターから預かっておいた」
バッグを開くとそこにはコートやズボンなどの服と2種類のオートマチックピストルが入っていた。
「やっさん、感謝する」
「何がだ?」
「恐らく執行命令が出てるのをいいことに指令を俺に回したんだろ? 俺が装備を使えるように」
「それは……」
「助かった。この件、装備無しだと厳しかったからな」
そう言い慣れた手つきで装備をつけていくレイにヤマモトが問いかける。
「だが本当に良いのか? 指令になった以上、もう日向の生活には戻れないかもしれないぞ」
一瞬手が止まるレイ、だが直ぐ準備を再開する。
「それでもだ、サクマはメアリーを俺に託した……だから俺はそれに答える。たとえ俺がどれだけ手を汚そうとも、あいつを連れ戻してやる」
「そうか……」
そう言っている間に準備が完了したレイはヤマモトに振り返った。
「行ってくる……」
そこにいたのは探偵レイではなく、かつて死神と呼ばれた一人の執行人の姿だった。
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