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?石

 昔から人目に晒されるのが苦手だった。

 獣人の感性の鋭さ故か、目の奥の感情までもが見えてしまうからだ。

 冒険者になったのは、パーティの仲間以外と接する事が少ない稼業だからである。更に魔法使いならばほとんど独学で済む為、誰かに教えを乞う必要も無いので気楽だった。


 なのに、どうして私は今大勢の目に晒されているのだろうか。




 事の発端は、私達のパーティがダンジョン内で冒険者の襲撃を受けた結果、リーダーが冒険者恐怖症になってしまった件まで遡る。

 私達のリーダーは成人後間もない人間の少女だが、その性格はかなり強かだ。彼女の事を、皆は口を揃えて純朴、優しい、素直などと評価するが、それは違う。あれは、排他的な辺境の村育ちで、幼い頃から純朴に振る舞う事が体に染み付いているだけだ。そういう生き方こそが、彼女の強かさなのだ。

 だからこそ、その強かさすらも失ってしまう程に落ち込んでいる彼女を見ているのは辛かったし、側にいるくらいしか出来ない自分が歯痒かった。


 しかし、私が何をせずとも彼女は再び立ち上がった。

 彼女は、冒険者に不信感を覚えてしまうならば、信頼出来るまで交流するという手段を選んだのだ。

 その力技には、私も思わず笑ってしまった。

 私からすると妹みたいな子なのに、その芯の強さにはとても敵いそうにない。だからこそ、リーダーの役割は彼女が適任だと皆が納得しているのだ。


 それからひと月余り、私達のパーティは冒険者の酒場で他の冒険者との交流に努めた。とはいえ私は人目が苦手なので、一人で宿屋に待機して皆が交流した冒険者に関する情報を記録して行った。

 交流が進むにつれ、各々が仲良くなる冒険者にも自然と傾向が出て来た。


 盗賊は擦れた連中や小悪党なんかに上手く入り込み、普通では手に入らない冒険者の裏の繋がりなどの情報を引き出して来る。

 そんな連中ばかりと連むのは、真面目なリーダーや僧侶が関わり難い相手を率先して引き受けているからだそうだ。あれで存外お人好しである。

 聞いた話によると、私達を襲撃した連中とも敵対しないように牽制しつつ、適度な距離で関係を築いているらしい。


 僧侶は駆け出し冒険者に色々とアドバイスをしてやっているらしい。

 私達も駆け出しの頃は、パーティの組み方も、装備の揃え方も、金策の方法も分からず四苦八苦していたからよく分かる。冒険慣れしている先達が相談に乗ってくれるのは、非常に心強いのだ。

 だから、新人冒険者達の間では、先生などと呼ばれ結構慕われているらしい。


 リーダーはそれ以外の多くの冒険者と交流している。

 冒険者としては最年少な上に素直な性格なので、何処でも可愛がられているらしい。何故か不要なアイテムをタダでくれる冒険者も増え、いつも荷物を抱えて帰って来る。売っても良いと言われているらしく、使わない物は換金して私達にも分配してくれる。

 本当はもっと早く金欠になりダンジョン探索へ復帰する予定だったのだが、今はリーダーのおかげで飲食代や宿代を払い続けても所持金が減らない。

 それは助かるのだが、これではパーティぐるみのヒモ生活である。誰に向ければ良いか分からぬ罪悪感が、たまに頭上を彷徨ってしまう。


 しばらくはそんな日々を過ごしていたが、ある日、僧侶の顔色が少し良くない事に気付いた。一見普段通りなので他の仲間達は気付いていないようだが、私にはその目が不安に揺れているのが分かった。

 何かあったのかも知れないが、本当に困ったら相談するだろうとしばらくは様子見していた。

 しかし、日を追う事に顔色は悪くなり、ついには誰が見ても様子がおかしいと分かるまでになると、流石にリーダーが黙っていなかった。


「僧侶さん、何だか辛そうだけど何があったの?」

「いや、何でもない」

「でも、何でもないようには見えないけど」

「……皆には関わり無い事だ。皆を面倒に巻き込むかも知れないし、気にしないで欲しい」


 リーダーが何とか僧侶から事情を聞き出そうとしたが、こんな調子だ。僧侶は何かを隠しているようだが、リーダーが強く踏み込めないので平行線である。

 この状況をどうにかして欲しくて盗賊の方を見ると、意図は伝わったようだが自分でやれという視線を返されただけだった。面倒だが私が間に入るしかなさそうだ。


「僧侶さん、相談しなよ。私らは仲間だし、面倒掛けたくないなんて言ったら、今一番面倒掛けてる戦士さんの立つ瀬がないでしょ?」

「え、ご、ごめんなさい。……やっぱり面倒だったよね、こんな事」


 僧侶へ向けた言葉なのに、何故かリーダーが落ち込んでしまった。ただの軽口なのだから、そこはいつもの明るい調子で便乗し欲しい。


「いやいや、小生達は迷惑なんて思っていない! 魔法使い、いきなり何て事を言うんだ」

「な、何で私が責められるのさ。私はただ、面倒事でも何でも相談しろって言ってるだけよ。黙ってられるとイライラするの!」

「そ、そうは言うが……」


 私が必死に言葉を並べても、二人は何とも言えない微妙な表情を浮かべるだけだった。

 どうしたら良いか分からず頭を抱えていると、傍観していた盗賊がいきなり大笑いを始めた。


「あっはっは、人と話すのを嫌がる訳だ。魔法使い、あんた言葉選びが致命的に下手だな。気付いたら人に避けられてるタイプだろ?」


 図星過ぎてぐうの音も出ないが、それを認めるのも悔しいので無言で睨み返した。


「まあ怒るなって。思った事をそのまま言えるのは、互いに命預けてる俺達みたいな冒険者パーティなら悪い事じゃない。リーダーも僧侶も別に魔法使いの事は嫌いじゃないだろ?」


 盗賊の問い掛けに、二人は迷わず頷いた。今更ながら、私がちゃんと受け入れられているのが分かり、ちょっと嬉しい。


「そういう事だ、僧侶。多少の無遠慮くらい気にしないんだから、いちいち俺達に遠慮しないで気軽に話したらどうだ?」

「……ありがとう。では、皆に相談させて欲しい」


 結局、私が口を挟んだのは全くの無意味で、盗賊が上手く丸め込んで話を聞き出した形になった。慣れない事はするものではない。

 肝心の相談についてだが、それは思ったよりも厄介そうで言い出し難いのも頷ける内容だった。


 曰く、ここ二週間程で冒険者登録を済ませたばかりの新人冒険者パーティ三組が全員、消息不明になっているらしい。駆け出し冒険者の状況など他の冒険者はいちいち気にしないので、この事を知っているのは彼等の面倒を見ていた僧侶だけしかいない。

 リーダーのひと言から始まった冒険者との交流が、思わぬ発見に繋がったようだ。


「どうにも不穏な気配がするし、小生達のような経験の足りない冒険者が首を突っ込むのは危険だろう。他所の冒険者が居なくなった所で普通は誰も気にしないのだから、気付かなかった事にしておくのが賢明なのは理解しているのだ」

「でも、僧侶さんの本心ではそんな事考えてはいないでしょう?」


 僧侶は私達が危険に巻き込まれないように、ずっと一人で悩んでいたらしい。この件には関わらず見て見ぬ振りをするという選択も、リーダーが言う通り本心では無いはずだ。何せ僧侶は、新人達の話をする時、まるで我が子の自慢でもするようにとても楽しそうだったのだから。


「私達だけで危険そうな問題なら、ベテラン冒険者に相談したらいいんだよ。きっとソフィアさんなら、あっという間に解決してくれると思う」


 リーダーの口からエルフの有名人の名が出ると、盗賊が一瞬うんざりした表情になった。何でも最近、あのエルフ直々に面倒な頼まれ事をしているらしい。

 私もあのエルフは苦手だ。彼女は常に素性を隠しているような気がして、本心が見えないのだ。


 うちのリーダーはあのエルフに崇拝に等しい感情を抱いているが、あれも少し度が過ぎている。彼女の言う事は絶対と言わんばかりなのだ。

 いつだったか娼婦の様な服を着せられて帰って来た時は、流石に騙されているのではないか心配になった。詳しく事情を聞いてみると、その服が非常に強力な防具である事は分かったのだが、その扇情的な格好は女の私でも未だに少し目のやり場に困る。


 だが、私達の私情は今は二の次だ。

 新人冒険者ばかりが次々と行方不明になるなど、どう考えても異常事態である。あのエルフの協力が得られれば、きっと解決に導いてくれるだろう。

 僧侶もやはり本心ではすぐにでも動きたかったようで、協力が得られるならば頼む方向で話がまとまった。




 ところが、事態は何故か冒険者全体を巻き込む大事に発展してしまった。

 今私達の周りには、最強と謳われる冒険者ジークのパーティの面々が集まっていた。

 更に彼等は、重大な報告をすると事前に周知をしていたらしく、冒険者の酒場には相当数の冒険者が集っており、皆こちらを注目している。うんざりする程の視線を前にして、全身の毛がざわざわと逆立つ。逃げ出したい。

 もちろん、そんな淡い希望が叶うはずも無く、ジークの話が始まってしまった。


「皆、集まってくれてありがとう。今日は僕たち冒険者の存続に関わる重大な事件について知らせる為、集まって貰った」


 本当に、どうしてこんな大事になってしまったのだろうか。




* * *




 最近、どういう訳か私の愛する戦士ちゃんがよく話をしに来てくれる。

 彼女は多くの冒険者と交流し仲良くなったようで、冒険者の酒場に顔を出してはあちこちの席に招かれて可愛がられている。

 そして、一通りの交流が終わると、最後に私の席へ寄って来て一日のちょっとした出来事を話して帰るのだ。

 先日、彼女の可愛い服を見たいと本音を伝えたので、もしかしたら言葉通り見せに来てくれているのだろうか。だとしたら、何ていじらしいのだろう。


 そんな幸せな日々を過ごしていたある日、彼女とその仲間の僧侶からある相談を受けた。彼女達が言うには、最近新人冒険者が立て続けに行方不明になっているらしい。

 冒険者が行方不明になる事は偶にある事だし、新人冒険者などいちいち覚えている者は居ないので、通常ならば気のせいで済ませてしまう話である。

 しかし、彼女達が数多くの冒険者と交流している事は知っている。ならば、私の主観より余程信憑性の高い話だろう。何らかの事件に巻き込まれている可能性は否定出来ない。

 すぐに解決出来る話ではない為、私は一旦事件の調査を預かり、彼女達を帰らせた。


 登録後間も無い新人冒険者の行動範囲は決して広くない。ダンジョン一階の探索がやっとのはずだ。その代わり、全滅の可能性も低い。一斉に消息を断つ事などあり得ないだろう。

 そこでふと、引っ掛かりを覚えた。以前にも何かを見落としている感覚はあったが、改めて考えた方が良さそうだ。


 ダンジョンに異変が起きているのは間違いない。五階から先が完全に形を変えてしまったからだ。

 しかし、本当に異変が起きたのはそこだけなのだろうか。いや、違う。

 今、戦士ちゃんが着ている異世界の服は、四階で見つかった装備品と聞いてる。つまり、四階も形は変わらずとも異世界化している可能性が高い。


 そこまで思考して、ようやく引っ掛かりの正体が分かった。そうだ、装備品だ。

 ある頃を境に入手出来るようになった強化値付きの装備品。あの時は限定的な異変だと考えていた。

 しかし、四階が形を変えていなくても異世界化していると考えると、強化値付きの装備品も異世界の物なのではないか。

 更にそこで、今回報告された新人冒険者の失踪の情報だ。

 これはつまり、新人冒険者が探索する一階に、何か異変が起きている可能性が高い。


 完全に盲点だった。

 一階の探索など、ベテラン冒険者は誰も行わない。二階への階段に直行するか、転移魔法で移動する為だ。

 そして、一階の異変など全てが初見の新人冒険者には気付きようが無いのだ。


 では、新人冒険者に何が起きたのか。

 賊に襲われた可能性は低い。新人冒険者など狙ってもお金になる物は持っていないからだ。

 ならばモンスターに襲われたか。ベテラン冒険者でも手に負えないレベルのモンスターならばその可能性も有るが、そうでないなら、何人も失踪している冒険者の内の一人くらいは逃げ帰って来れるはずだ。しかし帰還者は一人も居ないと聞いている。

 モンスターでないなら、トラップだろうか。可能性が一番高そうではある。

 全滅の可能性が有る罠となると、テレポーターで壁の中に閉じ込められたか。いや、一階はランダム転送されても危険な場所はほとんど無い。

 ならば、麻痺ガスや石化ガスかも知れない。可能性は有りそうだ。


 ある程度の可能性は絞り込めたが、これ以上は推測の域を出ないだろう。

 現場を調べて貰う必要が有るが、経験の足りない冒険者ではミイラ取りがミイラになるだけだ。ベテランに頼んだ方が良いだろう。


 ジーク達が帰還した日、食事のついでに事情を説明して調査を頼めないか相談すると、彼は嫌な顔一つせずに調査を引き受けてくれた。

 一階の探索など彼等にはほとんど実入りが無いので申し訳ないが、この一件はダンジョンの異変に関する重要な手掛かりに繋がる可能性が有る。引き受けて貰えて安心した。




 それから数日後、調査から帰還したジーク達の顔色は悪かった。


「何かあったみたいですね、酷い顔色です。報告は明日でも良いので、今日は休まれては?」

「いや、なるべく早く今後の話をしたい。調査報告を聞いてくれないか、君の意見が欲しい」


 何やら随分と切羽詰まった様子だ。いったい何事かと思っていると、ジークは普段の温厚さを忘れたかのように道具袋をテーブルの上に放り出し、どかっと椅子に腰を下ろして頭を抱えた。

 私は道具袋を手元に引き寄せると、袋口を開けて中身を覗き込んだ。中には幾つかの石と、ある物が入っていた。

 その中身の正体に気付くと、私は気分が悪くなった。


「これ、指輪の方は全部『冒険者の指輪』ですね。こんなに沢山、いったい何処で……」

「地下道だ」


 そんな場所は聞いた事が無かった。

 私が首を傾げると、ジークと同行した妖精の忍者のニンベルが淡々と説明してくれた。


 まず一階で見つけたのは、過去に五階でも発見された事が有る『カードキースキャナー』だったそうだ。

 もちろん以前は無かった物である。これだけで、一階もやはり異世界化している事が分かった。

 ジーク達は『カードキー』を持っていたので使ってみた所、地下へ向かう昇降機が見つかったそうだ。

 因みに五階で見つかった方も昇降機だったらしい。その時は六階が行き先だったが、目ぼしい調査結果は得られなかったと聞いている。


 新しい道が開けたジーク達は、地下へ降りて探索を進めた。

 しばらく地図の作成をしながらあまり強くないモンスターを討伐していると、トンネルのような横穴が見つかったらしい。

 その先の長い長い一本道をしばらく進み、ようやく抜けた先には装飾の施された広い部屋があったそうだ。そして、そこには山のように積み上がった宝石があり、その中に大量の『冒険者の指輪』が埋もれていたのだそうだ。

 ちなみに、死体は見つからなかったらしい。


「で、その部屋の奥に頑丈な鉄扉があったんだけど、あたしでも開けられなかったわ」

「ニンベルさんでも開けられない鍵なんて、一流の職人が細工した物くらいですよね? そんな高価な鍵を使わなければならない場所など限られていますよ。それこそ、国家機密を扱う書庫などくらいです」

「流石ソフィアちゃん。察しの通り、その鍵には王国の紋章が刻まれていたわよ」


 ジークが頭を抱えているのはこれも原因らしい。気持ちは痛い程よく分かる。


「つまり、王国関係者、それも国家機密を保管するような厳重に施錠された部屋に出入り出来る人物が、冒険者失踪の容疑者という訳ですか。しかも、新人冒険者をパーティごと攫える実力があり、昇降機を使う為の『カードキー』も持っていて、更にはその使い道までも知っている人物という事ですね? いやはや、そんな方が居るならば、他にも色々な情報を握っていそうですね」


 私が結論付けると、この場にいる全員が一斉に溜息を吐いた。

 結局のところ、私の意見が欲しいというのは、この国家機密を知った私達の身の振り方の相談だろうか。


「私が持ち掛けた調査依頼のせいで皆さんの立場が危うい状況になってしまったようで、申し訳ありません。何か対策を立てねばなりませんが、情報が足りませんね」

「いや、僕達の事は気にしなくていいよ。けれど、冒険者が事件に巻き込まれている以上、僕もこの件を放って置くつもりは無い」


 正義感の人一倍強いジークは、我が身より冒険者が巻き込まれたこの事件に憤りを感じているらしい。ならば、私がすべき事は容疑者を絞り込む事だ。

 今手元に有る情報は何か、そこから特定出来る情報は何かと頭を回す。


「……そう言えば、ニンベルさんは地下の地図も作成されていたと言いましたね。それを貸して頂けますか?」

「ん、いいわよ。ジークちゃん、貸してあげて」


 ニンベルの要求を聞いてジークが鞄から地図を取り出すと、私に預けてくれた。

 私はそれを受け取ると、テーブルの下の道具箱を漁り目的の物を探した。


「因みに念の為の確認ですが、地図の縮尺は冒険者の標準規格ですよね?」

「当然でしょ。私の地図は冒険者一の正確さなんだから」


 その言葉は誇張などでは無く、ニンベルの地図は高額で転写依頼をして来る冒険者が居る程の代物である。

 だからこそ出来る検証がある。

 私はテーブルの上の食事を隣の空きテーブルに避けると、道具箱から取り出した折り畳まれた紙を大きく広げた。


「これは、王国周辺の地図か」

「そうです。これは、ニンベルさんの地図と同じ縮尺で書かれた、かなり精度の高い地図です。この上に、ダンジョンの位置を重ねて方角を合わせたニンベルさんの地図を起き、先程の話にあった部屋にピンを刺します。後はピンを抜いて、ニンベルさんの地図はお返しします」


 これで、王国周辺地図の上に残ったピンの穴から、地下の部屋と地上の位置関係が分かるはずだ。


「地下の部屋の位置に穴が空いているのは、王城の庭園の中腹ですね。そして、そこから扉のあった方向の先にあるのが……。はぁ、ここになってしまいますか」

「王国騎士棟。なるほど」


 以前から、騎士団周りには少し不穏な動きを感じていたが、杞憂であって欲しかった。しかし、事ここに至って騎士団が無関係と考えるのは不可能である。


「冒険者の登録は、騎士団の管轄です。きっと、登録したばかりの冒険者の情報なんて、簡単に手に入った事でしょうね」


 吐き捨てるように零した私の言葉に頷くと、皆無言のまま怒りを滲ませた。今この瞬間、騎士団と冒険者の間に存在していた信頼関係が完全に瓦解したのだから、当然だろう。


「国家機密に関われる騎士は極一部だ。今回の冒険者失踪事件の容疑者は、王国騎士団長か王国騎士団副団長のどちらかだろう」

「もう一人、疑わなければならない人物がいますよ。騎士団長に命令を下す事が出来る唯一の人物。この国で、一番偉い人です。やれやれ、このままこの件に関わり続けたら、果ては打ち首でしょうね」


 最悪の想定をしておかなければ、知らず知らずのうちに断頭台の階段に足を乗せてしまう。引き返すなら、多分ここが最後の一線なのだろう。

 しかし、ジークに立ち止まる選択肢は無いらしく、他の心配をしていた。


「王が犯人ならば、糾弾するには大義名分が必要だ。冒険者が失踪した程度では国家を揺るがす事件として追及するのは不可能だろう。だから、その可能性はあまり考えたくなかった」


 ジークの言い分はもっともだ。断罪出来ぬ相手に怒りの矛先を向けても、解決には繋がらない。だが、大義名分が有れば話は別である。


「有りますよ、大義名分」

「は?」


 私は、ジークから預かった袋から青い粒状の不純物が混じった水晶を取り出すと、テーブルの上にコロンと転がした。


「この石は、『冒険者の指輪』が埋もれていた場所から持って来た物ですね?」

「あ、ああ、そうだね。初めて見る宝石だから、ソフィアに鑑定して貰う為に持ち帰ったんだ」


 流石はジーク、的確な判断力である。こんな物見たくはなかったが、おかげで重要な情報を得られた。非常に重大な事実が。


「この石は、『メデューサクォーツ』という物です」

「聞いた事も無い宝石ね。価値はどの位なの?」


 ニンベルの問い掛けに、私は少し不快感を覚えた。だが、知らなければ軽口を挟むのも仕方がないだろう。見た目は普通の水晶なのだから。


「この石に価値など有りません。値を付けてはならいのです。何故ならこの石が、失踪した冒険者の成れの果ての姿なのですから」

「ななな、何言ってんの!?」


 この場に居る皆の動揺が伝わって来る。

 当然だろう。これが元冒険者などと言われても、すぐに飲み込むのは難しい。私も実物をこうして目の当たりにするまで、本の中だけにしか出て来ない空想の宝石だと思っていたのだから。

 だが、『冒険者の指輪』と一緒に転がっていたという証言が、嫌でもこれが本で見た通りの石である事を裏付けてしまう。

 私は、『メデューサクォーツ』について知っている事を説明した。


「皆さんは、神話生物の『メデューサ』をご存知でしょうか?」

「確か、石化能力を持った怪物だったと記憶している。……まさか!?」

「その通りです。石化というと石像化のようなイメージを抱くと思いますが、宝石化も石化なのですよ。『メデューサクォーツ』は、メデューサに見つめられた者の、生命の残滓なのです」


 メデューサは美しい女性が神の怒りに触れ、怪物にされてしまった存在だ。それ故に、美への執着や渇望がメデューサの能力に現れているという。だからこその、宝石化能力なのである。


「でも、宝石化も石化なんでしょ? だったら、石化解除の魔法で治せるんじゃないの?」


 ニンベルの問いに、私は首を横に振った。


「残念ですが、神話生物の能力は神すらも殺せるものです。人の力ではどうする事も出来ません」


 私が淡い期待をばっさり切り捨てると、またも場の空気が重くなってしまった。

 気持ちは分かるが、無理なものは無理である。私だって、この事を報告して落ち込む戦士ちゃんを思うと辛いのだ。

 だからせめて、石にされた冒険者の為にも事件を解決しなければならない。


「重要なのは、冒険者失踪事件に関わっている国の中枢人物が、怪物メデューサと行動を共にしていると予想される点です。ジークさんが地下道の一本道で遭遇しなかったという事は、メデューサの居場所は閉ざされた扉の先しか考えれない為です。そしてこれこそが、国の根幹を揺るがす事態であり、如何なる相手でも断罪出来る大義名分と言えるでしょう」


 言うべき事は全て話した。後は冒険者としてこの事件にどう立ち向かうかである。

 ジークの表情は既に決意に満ちており、今後の行動を纏めているようだ。その表情を見て安心したようで、彼の仲間達も静かに次の言葉を待っている。


「ただ闇雲に事件を解決するだけでは、国の混乱に繋がるな。これは協力者が必要だ。騎士団の内情を調べてくれる協力者と、場合によっては次の王座に着く代表者も必要だ。騎士団の協力者は心当たりが有るので、僕に預からせて欲しい。次王は国民の投票で決める手も有るが、これも騎士団に任せれば良いだろう。それと、冒険者には一階の昇降機付近に近寄らぬよう注意喚起をしなければならないな。まったく、やる事が山積みだ。悪いが皆、協力してくれ」


 ジークの申し入れに、皆迷う事なく団結の意志を示した。

 そのカリスマ性には毎度舌を巻く。彼が先頭に立って率いる限り、冒険者の未来は明るいだろう。




* * *




 ジークの長い話が終わってからずっと、酒場内の騒めきが収まらない。

 当然だろう。冒険者が攫われて秘密裏に化け物に殺されていた上、その手引きをしたのが国の重鎮の誰かだというのだから。

 だが、今誰よりもショックを受けているのは、新人の面倒を見ていた僧侶だろう。ダンジョン内で消息を絶った時点で生存は絶望的なのは分かっていたが、余りにも惨い末路に私でも胸が痛んだ程だ。


「……大丈夫かい?」

 

 苦悶の表情を浮かべる僧侶に掛ける言葉も見つからず、ありきたりな言葉を投げるくらいしか出来なかった。

 僧侶はしばらく沈黙した後、袖で目元を拭い、顔を上げてジークの元へ行き声を掛けた。どうやら話の中で出ていたダンジョン一階の要注意区域について、真剣に確認しているようだ。

 きっと、同じ犠牲者を出さないように、これからの新人冒険者に教えるつもりなのだろう。


 しばらく話し込んでいたジーク達の元に、他の冒険者も話を聞こうと次々と集まって来た。こうなるとジーク一人では説明し切れないだろう。

 どうするのかと様子を見ていると、ジークの隣に居た例のエルフのソフィアがうちのリーダーを呼び出し、何やらコソコソと話し始めた。


 何故かリーダーが赤面しているが、まさかこんな状況で呑気に口説いているのか?

 その可能性が無いとも言い切れず、怪訝な視線を向けていると、今度はリーダーから私達のパーティ全員に召集が掛けられた。


「あなた達に待機して貰ってて正解でしたね。今回の件の個別説明は、私やジークさんだけでは大変だろうと思い、皆さんにも手伝って欲しかったのですよ」


 いきなりの相談に、やる気を見せるリーダーと僧侶、嫌そうな顔を浮かべる盗賊で反応が分かれた。因みに私は盗賊と同じ反応だ。


「皆さんに協力して頂けるなら、ジークさんが信頼される友人として、他の冒険者にご紹介させて頂きますよ」


 私や盗賊が簡単に手伝わないのは最初から読まれていたようで、ソフィアはとんでもない条件を付け加えた。

 リーダーはジークと友人になれると素直に喜んでいるが、友人として紹介するという言葉の本質は、パーティの仲間に等しい関係であると紹介するという事だ。

 最強パーティを率いるジークの友人と周知されれば、余計な諍いに巻き込まれる事もほとんど無くなり、報酬付きの依頼も持ち掛けられる事が多くなる。冒険者としての格が一気に上がるのだ。

 当然、それを理解している盗賊は迷う事無く飛び付いた。

 私は目立つのは嫌で少し逡巡したが、これを断るなら冒険者など辞めた方が良いレベルの条件だと分かってはいるので、結局は従った。


「ふふ、ありがとうございます。では早速皆さんを紹介するので、お名前を教えて頂けますか?」


 冒険者は基本的に信頼できる相手以外には名を明かさない。他人の名を騙り悪事を働く者が居るからである。

 逆に言えば、誰もが知っている冒険者ならば成りすますのは不可能である。だから有名冒険者は、名前で呼ばれるのだ。


「あの、私達みたいなのが名を知られても大丈夫なのでしょうか?」

「あらあら、そんな心配は不要ですよ、魔法使いの子猫ちゃん。あなた達のパーティは、もうとっくに有名なんですから」

「そうなんですか!?」


 驚きの声を上げたのは、リーダーだった。

 勿論私も、そんなに有名になっているとは知らなかった。あちこちの冒険者と交流しているうちに、広く知れ渡ったのだろうか。

 ソフィアの横に座っている侍マスターの獣人のノブが、何故か頭を抱えて同情気味にリーダーを見ていたのは見なかった事にしたい。


 結局、私達は皆で名を明かし、後の事はソフィアに任せた。




「皆さん、聞いて下さい」


 ソフィアの一声で、騒然としていた酒場がシンと静まり返った。以前も似た光景を見たが、彼女の声は叫ぶでもないのによく通り、一瞬で場を支配する。


「冒険者の今後の活動に関わる質問を、ジークさん達だけで全てお答えするのは時間が掛かってしまいます。ですので、ジークさんの信頼する彼女達のパーティにも聞いて下さい。既に必要な事項は伝えてあります」

「おお、あの嬢ちゃん達か。それなら気軽に話を聞けるから助かるぜ」


 話を聞いていた冒険者の一人がそう呟くと、周囲の冒険者達も同意の声でザワザワし始めた。どうやら本当にそこそこ有名らしい。


「彼女達は既に通り名が付く程には有名な方達ですが、声を掛ける時に名前を知らないと不便かと思いますので、この場で紹介しますね」


 通り名!?

 そんな物が付いているなど初耳だ。いや、引き篭もりの私以外は既知の事なのだろうか。

 仲間の様子を伺ってみると、盗賊以外は唖然としていた。どうやら、知らなかったのは私だけではないようだ。

 それから、私達の預かり知らぬ通り名と共に、順番に名を紹介された。


 『(ゆかり)を結ぶ者』戦士、フィロ。

 『冒険者の相談役』僧侶、ノーエン。

 『秘匿を映す魔眼』魔法使い、クロエ。

 『情報万屋』盗賊、リンギット。


 他の三人の通り名は得心がいくが、私の通り名の理由がさっぱり分からない。何なのだ、その背中がむず痒くなる呼び名は。

 大勢に注目されているのもあり、私は居た堪れなさで一杯になった。




 後で、由来を知っていそうなリンギットに聞いてみた所、私が纏めている冒険者のプロファイル帳に悪癖や性癖に至るまで細かく記されているという噂が一人歩きしているせいである事が分かった。ついでに、フィロには『みんなのアイドル』という別の通り名がある事も教えてくれた。

 リーダーについては兎も角、私の方の通り名はいい迷惑である。そんな細かな情報まで記してある冒険者は、全体の二割程度しか無いというのに。


 私は謂れのない噂を忘れる為に、さっさと床に就いた。

 本当に疲れる一日だった。

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