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?指輪

 冒険者の中には、専売特許の能力を持っている職業や種族が存在する。

 例えば俺が組んでいるパーティの中だと、僧侶はアンデットの浄化が出来るし、盗賊の俺なんかは罠解除、解錠、隠し扉の発見と色々出来る。

 稀少な種族でまだお目に掛かった事は無いが、竜人なんかはブレスを吐く事も出来るらしい。

 もちろん、そういう能力がある方が強いという事は無く、戦闘においては戦士や魔法使いなどの方がエキスパートである。それでも、専用能力を持つというのは少なからず誇りに感じるのは当然の事だろう。


 たまに、その能力を誇示する冒険者も居たりする。


「冒険者の皆さーん! 今日も鑑定したい物があれば請け負いますよー!」


 最近冒険者の酒場で"商売"を始めた人間の男のビショップが、まさにその一例である。

 奴は商店の鑑定料の半額で鑑定すると触れ込んで、既に何度か仕事をこなし報酬を受け取っている。


「何でも鑑定しますよー! 鑑定スキルを持ってるのに非協力的でケチなビショップなんかより、俺に任せて下さーい!」


 その発言に、酒場内の他のビショップ達が鋭い視線を向けているが、奴はお構い無しだ。逆に感心する。


「またやってるんですね、あのビショップ」

「うーん、ああいうの良くないと思うんだけど……」


 うちのパーティの僧侶と戦士は、まあ真面目というか潔癖というか、ちょっと小狡い程度の事にも嫌悪感を示す事が多い為、苦い顔をしている。


「ま、私は頼む気は無いけど、持ってる能力使って仕事するのは別にいいんじゃない?」


 魔法使いは良く言えば中立、悪く言えば自分に関わりが無い事には無関心である。実にシンプルで、俺はこっちの考え方の方が好きだ。

 冒険者は綺麗事で成り立つ稼業では無いので、俺も利益が有れば何でも利用する。


「金欠の中で装備を集めなきゃいけなかった駆け出しの頃なら、俺は利用してただろうな」


 今だって別に裕福な訳では無いが、ダンジョン二階をある程度踏破した俺達は、金銭的にも多少の余裕が生まれた。稀にそこそこ価値のある戦利品を拾う事もある。

 だから、今更信用の欠片も無い冒険者にアイテムを預ける馬鹿な真似はしない。

 事実、あのビショップに依頼しに行くのは、貧相な装備の駆け出し冒険者ばかりで、ベテラン冒険者は気にも留めていない。


 だが、俺の常識的な意見は、何故か戦士の気に触ったらしい。


「駄目だよ! アイテムの鑑定は商店の仕事で、冒険者が横取りしてはいけないんだから!」

「そりゃただの受け売りじゃないか。俺達だって金品のやり取りを全部が全部、商店を通してる訳じゃ無いだろ? アイテムを預ける、鑑定する、金銭を山分けする。個々のやり取りを別々に考えたら、何一つ後ろめたい事は無いんだよ」

「それは屁理屈でしょ!」


 もちろん、冒険者の暗黙のルールを無視すると厄介事に巻き込まれやすい。屁理屈と言えば、その通りだ。

 だが、少し危なっかしいくらい真面目なうちのリーダーは、もう少し白黒付けない灰色の世界を知った方がいいのだ。

 まあ、挑発した時に見せる膨れっ面が面白くて揶揄っている部分もあるが。


 そこでふと、もう少し揶揄いたくなって一つ思い付きを提案した。


「なら、戦士の尊敬するビショップの姉ちゃんにも意見を聞いてみたらどうだ? 鑑定のおねだりじゃなく、世間話するくらいは付き合ってくれるだろうよ。ま、自分の方の意見に賛同して貰える自信が無いなら、この話はここで終わりだがな」

「むぅ、聞いてみるから待ってて!」


 本当に乗せやすくて面白い。

 俺は、エルフのビショップの元へ向かう戦士の背中を笑いながら見送った。以前は戦士を庇っていたパーティの他の仲間も、もはや慣れたやり取りにあまり文句は言わなくなっている。




 戦士はしばらくエルフと話し込んでいる様子だったが、何らかの答えを得られたらしく、俺達の席へ戻って来た。少しばかり気落ちしている様子を見るに、戦士の期待していた答えでは無かったようだ。


「ビショップの姉ちゃんは何て?」

「……ちょっとお小遣い稼ぎするくらいなら気にしなくて良い、だそうで。あと、真っ向から注意して変な恨み買わないようにねって、気を遣ってくれた」


 戦士は唇を尖らせて不満気な、気に掛けて貰えて嬉しそうな微妙な表情で答えた。それを聞いて、魔法使いが戦士の頭を撫でる。


「はは、真っ当なアドバイスじゃない。確かに、他所の冒険者とのゴタゴタは避けて欲しいわ」


 魔法使いの意見に皆が深く頷くと、戦士も余計な揉め事に首を突っ込まないように気を付けると約束してくれた。

 やはり憧れの先輩冒険者の意見は聞き入れられ易いようなので、今後も色々と焚き付けてみる事にしよう。


「あ、でも、もしあのビショップがお小遣い稼ぎの域を超えて欲を出したら、痛い目を見るかもって言ってたよ」

「強欲は身を滅ぼす、世の常ですね」


 僧侶の言葉は一般的な教訓でしか無い。強欲な奴が、そのまま大富豪になる事もあるのが世の中というものだ。

 しかし、あのエルフが痛い目を見ると断言したのが恐ろしい。

 先見の明と人心掌握に優れていると噂される彼女が、お気に入りの戦士の気持ちを汲もうと行動したら、あのせこいビショップはどうなってしまうのか。


 一瞬エルフと目が合った気がして、俺は慌てて目を逸らした。

 背中を、冷たい汗が伝った。




* * *




 酒場で商売を始めたビショップが店を去り、冒険者が少なくなった頃に、数名の中堅ビショップが私の元に集まって来た。


「ソフィアさん、あのビショップどうしますか?」

「僕らまで商店に目を付けられるのは困ります」


 やはり同じビショップの立場だと無視する事も出来ず、神経質になっているようだ。


「気にしなくても、素人が考えるあの手の商売はすぐに破綻しますよ」


 私は活動歴が長い為、似たような小狡い冒険者は何度も見て来た。その末路も含めて。

 しかし、そんな悠長に待ってられないと言うように、愚痴合戦は続く。


「私はパーティ外の冒険者に鑑定を強要されました。あいつより腕がいいだろ、金は払うからやれって」

「何だそりゃ、ふさけてやがる! 俺も文句を言いに行くから、そんな事言う野朗の名前を教えろ!」


 気の弱そうなビショップが冒険者の横暴を泣きながら告白した事で、他のビショップも熱くなり始めた。このままだと、更なる揉め事に発展してしまいそうだ。

 それにしても、最近冒険者が増えた為か、鑑定の例一つ見ても暗黙のルールが通じない事が増えているようだ。少し、教材が必要かも知れない。


「なるほど、あのビショップだけならば放って置いても良いですが、皆さんにも悪影響が出ているならば手を打ちましょうか。私の戦士ちゃんも気にしていましたからね」


 それから私は、今日の戦士ちゃんの可愛さについて小一時間語り続けた。取るに足らないビショップの話より、こちらの方が話していて楽しい。しかも今日は聞き手が多いので、ついつい饒舌になってしまう。


「という訳で、私が以前教えたビショップと商店の関係をしっかり覚えていて、心配して私に相談して来たんですよ。素直で可愛いでしょう?」

「……そうですね。ただ、その話もう三回聞きました」

「……あの、そろそろ対策について話を進めたいです」


 いつの間に時間が過ぎたのか、気が付くと酒場の閉店時間が迫っていた。もっと話していたかったが仕方がないだろう。

 私は道具箱を取り出すと、未鑑定品の指輪を一つ取り出した。


「どなたか、この指輪の鑑定をあのビショップに依頼して下さい。その後起きる事は私が預かりますので、依頼するだけで良いです」


 私が差し出した指輪を誰が受け取るか、この場に集まっている皆で顔を見合わせていたが、最終的に一番憤慨していたビショップが受け取った。


「俺がやります。それで、依頼料は?」

「成功報酬で、25万Gを提示して下さい」


 その金額に、皆がどよめいた。中堅冒険者には、少し刺激が強すぎたのだろう。


「あのビショップが提示した、商店での鑑定料の半額に従った金銭ですよ」

「つまり、本来なら50万G……。これは一体?」

「ふふ、魔法の指輪ですよ。知らない冒険者からの鑑定依頼を皆さんが断り易くする為の魔法が掛かっています。あのビショップは、悪いですがちょっと利用させて頂きますね。あ、危ないので間違っても自分で鑑定しちゃダメですよ」

「危険な物なんですか!?」


 その言葉を聞いた瞬間、指輪を受け取ったビショップから、皆一斉に距離を取った。

 指輪を持っているビショップも、それ以上触れていたくないと皮の小物入れに指輪を仕舞って、腰袋に放り込んだ。


「どんな企てなのか知りませんが、こんな高額報酬の条件、怪しまれて断られませんか?」

「その時は皆に聞こえるように、こう言えば良いのですよ。『鑑定スキルを持ってるのに非協力的でケチなビショップ』とね」


 その光景を想像しただけでも少しは溜飲が下がったのか、ビショップ達は愉しげに顔を綻ばせた。依頼を断られた場合は対応に即効性は無くなるのだが、まあ彼等が不満を解消出来るならば、それで良いだろう。




* * *




 今日の探索もなかなかの収穫だった。剣士の強い剣と、魔法使いが覚えた範囲魔法のおかげで戦闘も安定している。そろそろ三階に進んでも問題無いだろう。

 そんな事を考えながら、戦利品の山分けを済まそうと冒険者の酒場へ入ると、何やら空気がおかしい。普段は酔っ払い共が喧しい店内が、妙に静まり返っているのだ。


 何があったのかと店内を見回すと、すぐに理由が分かった。例の鑑定屋ビショップが、他のビショップに取り囲まれているのである。どうやらついに、揉め事に発展したようだ。

 そこでハッとしてあのエルフのビショップを探すと、我関せずといったように本を読んでいる。その様子に、何故だか少し安堵してしまった。


 給仕の案内で席に着き、酒と料理を注文すると、さて何事だと皆で人集りの方の様子を伺った。


「何度も言ってんだろ、依頼した指輪を返せって言ってんだよっ! ありゃ、預かり物なんだ!」


 激怒しているビショップの言い分からすると、もしかして鑑定依頼を受けたアイテムを盗んだんだろうか。だとしたら、盗賊の俺でも呆れて物も言えない。

 だが、問い詰められているビショップの様子がどうにもおかしい。蒼白になった顔で震えながら俯き、掠れた声で謝罪の言葉を繰り返しているのだ。


「どうしたんだろうね?」


 剣士には何が起きているのかよく分からないようだが、俺は職業柄、聞き耳を立てるのは得意なので、そのボソボソと呟く謝罪の内容を拾ってみた。


「……ははーん、成程な。あのビショップ、呪われたアイテムの鑑定をしくじって外れなくなったらしいぜ。ハハっ、間抜け過ぎんだろ」

「呪いかぁ、怖いね」


 俺達のパーティはまだ呪われた装備にお目に掛かった事は無いので、恐れるのも無理は無いだろう。だが、普通ならそこまで危険な物ではない。


「呪い自体は大して厄介じゃないんだ。商店に行けば無料で解呪して貰えるからな」

「そうなんだ。だったらすぐに行けばいいのに」


 そう、普通は厄介な物ではない。状況が厄介事を作り出してしまったのだ。


「無理なんだよ。解呪したアイテムは砕け散るって聞いた。あの馬鹿なビショップが鑑定を商売にしちまった以上、アイテムの返却か弁償かを選ばなきゃならねぇ。しかもこんだけ大衆の前だ、言い逃れも出来ないだろうな」


 返却が出来ない以上、後は弁償するしかない。だが、あの青ざめたビショップの様子を見るに、すぐに払える金額では無さそうだ。

 いったいどれだけ高価な指輪なのかと伺っていたら、ひっくり返りそうな金額が告げられた。


「だったら弁償しろ! 分かってんだろうな、50万Gだぞ!」


 ……指輪一つで50万!?


 その額を聞いて、静まり返っていた酒場がどよめきに溢れた。

 当然だろう。商店の上級装備一式をパーティ全員分揃えられる金額である。それが指輪一つで賄えるなんて、普通は信じられない。

 指輪の正体も気になるが、それよりもまずはこの状況にどう落とし前を付けるのかだ。あのビショップが払えるとは思えない。


 結局のところ、追い詰められた奴が取る手段は多くない。開き直るか、逃亡かだ。

 奴は、両方を選んだ。


「は、はは、最初から怪しかったんだ! 同業者のビショップから鑑定依頼、おまけに報酬25万Gだと!? 俺を嵌める気だったんだろ! 分かった、分かったよ、鑑定で商売するのは辞めてやる。これで満足か、クソがっ!! でも金は払わねーぞ! 弁償なんて知った事か、呪い解いてオサラバだ、クソがっ!!」

「あ、馬鹿、逃げる気か! 金払え!」


 まだ話は終わっていないという依頼者のビショップを振り払い、逆ギレしたビショップはそそくさと逃げ出そうとした。

 こうなるともはや収拾がつかない。

 喧嘩好きな野次馬のブーイング、ビショップの怒号、酔っ払って騒ぎたい奴、その仲間を抑える者達の声など、混沌とした騒ぎが巻き起こる。

 うちのテーブルも、剣士が慌てふためき、僧侶が頭を抱え、魔法使いが喧しさに苛立っている。


 もはやなるようになれ、と考えた矢先、その喧騒は強制的に中断された。


「そこのビショップさん、お待ちなさい」


 今まで無視を決め込んでいたエルフのビショップが、逃げ出そうとするビショップに声を掛けたのである。

 その声は優しげなのに、まるで冷たい突風が空気を貫くように、過熱した空間を一瞬で凍り付かせた。いや、突然訪れた沈黙に、凍り付いたような錯覚をしたと言った方が正しい。


 そうして皆が固まっている間に、エルフは入り口近くまで逃げていたビショップの元へ歩み寄り、その手を取った。

 いったい何をするつもりかと、ビショップもギャラリーも固唾を飲んで見守っている。あのエルフは、完全にこの場を制圧してしまったらしい。


「ビショップさん、貴方、この指輪が何かご存知ですか?」


 綺麗な顔して、とんだ皮肉を言うもんだ。分からないから鑑定に失敗して、呪いまで受けたんだろうに。

 だが、いくら皮肉を言われても、この場の支配者に歯向かう事は出来なかったようだ。ビショップは、無言で首を横に振るしか出来なかった。


「やはりそうでしたか。不用意に歩いていたので、もしやと思ったのです」

「……どういう意味だ?」

「生命、反転、混沌の神、供物。こういう物は、刻まれたルーンを読み解くだけで、鑑定しなくても分かるのですよ。これは、身に着けて行動するだけで命を奪う、『死の指輪』です」

「し、『死の指輪』……!?」


 聞いた事も無いアイテムだが、とりあえず相当物騒な指輪なのだけは分かった。

 そんな物を身に付けてしまった上に呪いで外せなくなったビショップは、離れていても聞こえる程に震えて歯をカチカチと鳴らしている。哀れなものだ。


「すぐに解呪を依頼したいですが、こんな物を装着したままでは商店に着く前に命を落としてしまいますね。どなたか、商店へ行ってボルタさんを呼んで来て下さい。貴方ももう安心してね、ボルタさんは解呪のプロですから」


 エルフの言葉がとどめになり、あれ程元気に馬鹿騒ぎしたビショップは、気力を失ったようにその場にへたり込んでしまった。心が折れる音というのは、本当に聞こえるようだ。


 エルフの呼び掛けに「私が行きます」と真っ先に店を飛び出し商店へ向かったのは、うちのリーダーの剣士だった。多分、純粋にあのエルフの役に立ちたかったのだろう。


 俺はもう、揶揄い混じりにあのエルフへ剣士をけしかける真似はしないと決めた。

 ただの勘でしかないが、この騒動を仕掛けたのはあのエルフだ。

 騒動の最中には無関係を装い、満場一致で悪者になったビショップの身を唯一彼女だけが案じ、慈愛の言葉で心を折る。

 ついでに、鑑定を請け負うリスクを知らしめ、安易に鑑定の依頼や請け負いをしてはならないという前例を見せると同時に、アイテムに関してはやはりプロである商店に任せた方が安全だという意識を植え付けた。

 こんな芸当が出来る奴に、目を付けられたくない。




 結局セコい商売をしたビショップは、命拾いした代わりに指輪代の借金を背負い、立て替えた商店に返済まで無料でアイテムを譲る契約を結ばされた。まあ、頑張れば半年くらいで返済出来るだろう。

 うちの剣士は、騒動を一瞬で解決したエルフにますます傾倒するようになった。


 そして俺は。


「察しの良い盗賊さん。指輪の件は、誰にも内緒ですよ」

「ヒッ」


 すれ違いざまに耳打ちでこっそりと釘を刺され、ついでに後日、剣士との仲を取り持つ協力を約束させられた。

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