?剣
長期のダンジョン探索を終えて街へ帰還すると、その足で宿屋へ直行しパーティの皆を労った。疲労の溜まった仲間をあまり拘束しないよう軽めの食事と酒を奢り、そのまま解散すると宿の部屋へ向かう。
実のところ、今回の探索は費やした期間の割に成果は少ない。不足の事態が起きたせいだ。
「うーん、どうやって探索しようかな」
ベッドに腰掛けて、先程分配を終えた戦利品をぼんやり眺めながらダンジョン攻略の方法を考えてみるが、良い案は浮かばない。
「……そういえば、戦利品の中に未鑑定品がいくつかあったな。この時間なら、彼女はまだ酒場にいるだろう。少し相談してみるか」
そんな言い訳混じりの言葉を吐いてひと山の道具を担ぐと、宿屋を出て冒険者の酒場へ向かった。
夕食時の為か、酒場は酔いの回った冒険者達の喧騒で賑わっていた。
そんな喧騒の片隅にある定位置で、まるでそこだけ時間の流れが異なるかのように優雅に、彼女は食事をとっていた。彼女も酒が入っているのか、少し紅潮して楽しげな雰囲気を漂わせている。
彼女は僕の姿に気付いたようで、軽く微笑んでくれた。
「ジークさん、探索から戻られていたのですね」
「やあ、ソフィア。僕らは先程戻って来たところだよ。仲間は先に宿で休んで貰っている」
軽く挨拶程度の会話だけ交わすと、給仕にエールとナッツを注文し、ソフィアの食事が済むまでのんびりとナッツを摘んだ。
「ご馳走様でした。さて、探索帰りすぐなのに私の所に来たのは、余程期待出来るアイテムでも見つかったのですか?」
食事を終えるとソフィアは冗談めかしく笑った見せた。アイテムの鑑定が目的ではないと、とっくに見透かされているのだろう。
「はは、今回は四階のフロアしか探索出来なかったからガラクタしか無いだろうけど、一応頼むよ」
僕が抱えて来た未鑑定品の山を渡すと、ソフィアはすぐに鑑定を開始し、その手を止める事なく会話を続ける。
「最奥の間から遺産を持ち帰った最強パーティが、今更四階の探索ですか。何か新しい発見でもありましたか?」
「いや、逆かな。新しい発見が無い事を確認する為に、四階を隅々まで調べて来た」
聡明な彼女でも、流石によく分からないといった表情だ。
僕はエールを一口飲むと、話を続けた。
「本当は六階の最奥の間に転送しようとしたんだ。けれど出来なかった」
「どうしてですか?」
「どういう訳か、六階の全域が禁呪エリアになってしまっていた。ならば五階と思ったのだけど、そちらは全域がダークゾーンになっている様子だった」
「なるほど、それで四階も何か変化が起きているのではないかと調べていらっしゃったのですね」
「流石ソフィアは話が早い、その通りだ。まあ、四階は特に変化も無く無駄足だったけどね」
異常が無い事を確認する為に必要だったとはいえ、とっくに探索を終えている中階層を調べるのはなかなかの精神修養だった。
僕が苦笑して見せると、ソフィアは少し沈黙した後、鑑定を終えた盾を無言で差し出して来た。
意図を図れず、差し出しされた盾に指輪をかざしてみると、『鋼鉄の盾+2』と識別された。
「……なんだろう、この数字は?」
「よく分からないんですよ。私はとりあえず『強化値』と呼んでいます。この『強化値』が付いていると、本来の性能より強くなるみたいですね」
そんな装備など、今まで無かったはずだ。
最奥の間まで到達した僕達のパーティは、自惚れなどでなく最上位冒険者だろう。その僕達ですら見た事が無いのだ。これも異変の一つなのだろうか。
「……ソフィアは、この『強化値』を既に知っているみたいだったけど、いつから?」
「私もここ数日で流れて来た噂を聞いたくらいで、実物は昨晩、新人冒険者の子に見せて貰ったのが初めてですよ。あ、新人ちゃんの話しますね。聞いてくださいね、聞いてくださるんですね。ありがとうございます」
「え? あ、うん、うん?」
* * *
酒場の片隅の席で本を読みながら、可愛い戦士ちゃんの話を盗み聞きするのがあの日の出会いからの日課である。エルフは聴力に優れており、離れた席に居ても声を拾うのは容易である。
戦士ちゃん達はまだまだ駆け出しで、今もダンジョンの一階を攻略中らしいが、少しずつ冒険にも慣れて来ているようだった。
アイテムの鑑定も、あれっきり頼まれていない。何とかお金を貯めて、装備品を優先的に商店で鑑定するよう工夫しているようだ。
成長を喜ぶ反面、またおねだりして欲しいなぁ、と少し寂しくも感じてしまう。
あぁ、貢いであげたい。
「うぅ、何でこの剣だけあんなに鑑定料高いの? このままじゃ、いつ使えるか分からないよぅ」
「それだけいい武器の可能性が高いから、俺らとしても協力してやりたいんだがな」
「ありがとう、盗賊さん。でも、全員のお金集めても鑑定料の二割にも満たないから、仕方ないよね」
どうやら戦士ちゃんは、一階で拾える中ではかなり良い剣を手に入れたようだ。だが、常に金欠の新人では何日もダンジョンを探索しないと捻出するのは難しいだろう。
可哀想ではあるけど、しばらくは冒険者に支給される初期装備でも充分戦えるので、コツコツ頑張るしか無いだろう。
「ハハっ、いっそまたビショップの姉ちゃんにお願いしてみたらどうだ?」
「ムリムリ! あの時ちょっと怒られちゃったし、それに美人さん目の前にするとドキドキして上手く話せないし」
「そうよ、盗賊さん。戦士さんウブなんだから、あんまり揶揄うんじゃないよ」
おやおや、風向きが変わって来たぞ?
「いやいや、イケるって。前は上目遣いでおねだりしたら成功したみたいだけど、今回は高価だからもっと大胆に……」
そこで私は慌てて耳を塞いだ。どんなおねだりをしてくれるか聞いてしまっては、楽しみが減ってしまう。
流石に思い切り耳に手を当てていては不審な目で見られてしまうため、本をテーブルに広げて両手で頬杖をつき、指先で耳を塞ぎながら読書を始めた。
いつ声を掛けてくれるかとワクワクしながら待っていたが、いっこうに来る気配が無い。流石に痺れを切らして顔を上げててみると、既に戦士ちゃん達の姿は無かった。
どうやらいつの間にか、店を出て行ってしまったようだ。
なまじ期待値が高まっていたせいで落胆が大きく、本気で泣きそうだった。
本の続きを読むような気分では無くなり、ボトル酒を注文してちびちび飲みながら、テーブルの下から道具箱を取り出して整理を始めた。活力が無く、ぼんやりしたい時に行う作業である。
こうして無為な時間を過ごし、冒険者達がほとんどいなくなって酒場が静かになった頃、一人の冒険者が酒場に入って来た。
珍しい時間に来店する人も居たものだと入口を見た瞬間、衝撃が走った。なんと、戦士ちゃんが剣を抱えて一人で戻って来たのだ。
戦士ちゃんは私の姿に気が付くと、少し困ったような照れたような様子で笑みを浮かべ、こちらへ近付いて来た。
「あら、貴女はこの間の子ね? こんな時間に夜遊びかしら」
私は何とか平静を装い、なるべく緊張させないように冗談めかして声を掛けた。これで少しは先輩冒険者らしく見えるだろう。
そう油断したのが良くなかった。
戦士ちゃんは突然私の手を掴むと両手で包むように握りしめ、恥じらいで少し潤んだ瞳で真っ直ぐに私を見つめて来た。
「ヒェッ!?」
思わず漏れ出そうになった声は何とか喉奥に留めたが、どういう状況か分からず頭が回らない。これが仲間の入れ知恵なら、恐ろしい不意打ちである。
「あ、あのっ! け、剣を、鑑定してくれませんか!」
「任せて」
耳を真っ赤にしておねだりする戦士ちゃんの姿に完全に冷静さを失った私は、即答で、何なら食い気味に返事をしてしまった。
「えっ、ほ、本当ですか!? うぅ、ビショップさん優し過ぎます。ありがとうございます、本当に……」
素直に喜ぶ姿も可愛い。これ以上は心臓が持たないと判断した私は、静かに深呼吸して気持ちを落ち着かせ、早々に本題に入った。
「本当は駄目だけど、特別サービスですよ。さあ、鑑定したい物はどれですか?」
「特別サービス……」
戦士ちゃんはまだ照れ臭そうな様子で、おずおずと剣を差し出して来た。
私は剣を受け取ると、素材、強度、切れ味を確かめる検査道具一式を取り出した。
武器の鑑定は、見た目である程度絞れるのであまり難しく無い。だから、すぐに終わるはずだった。
実際、その剣の種類はすぐに判明した。だが、攻撃力が自分の知識と合わないのである。
そこでふと、最近出回り始めた珍しい武器の噂を思い出した。恐らく、これがそうなのだろう。
とにかく、何かしらの鑑定基準が必要だ。私は類似する強度と切れ味を持つ他の剣を基準に攻撃力を割り出し、本来の同武器よりどの程度強いのかを計算してみた。その差分さえ決まれば、鑑定は終了である。
「……はい、鑑定出来ましたよ」
自分で鑑定したものの、その結果に少し頭を抱えたくなった。だが、新人冒険者を前に慌てる訳にはいかない。
当然ながら、気持ちが顔に出やすい剣士ちゃんは、物凄い戸惑いっぷりだった。
「えっと、何だろうこれ? これは『ロングソード』で合ってるんですよね?」
「ええ、合っていますよ」
ダンジョン一階で手に入る剣の中では一番強い剣である。これだけでも、彼女が今腰に下げている『ショートソード』より、随分強くなるだろう。
問題は、その過剰な強さである。
「この名前の後ろに付いてる『+9』って、何でしょうか?」
「……『強化値』かしらね。その武器持つ基準値より、これだけ強いという指標になります」
「『強化値』ですか。えっと、つまり強い剣なんですよね?」
「ええ、強いですよ。安心して使って下さい」
ダンジョン三階まで通用します。一階で手に入って良い武器では無いですよ。
そう言いたかったが、その言葉は飲み込んでおいた。いくら強くても、それを過信してダンジョン深く潜れば全滅は免れないからである。
その後、戦士ちゃんは何度もお礼を述べて酒場を去っていった。その姿を見送ると、私はじっと手を見た。
……色々と驚いたけど、とりあえず、戦士ちゃんが握り締めてくれたこの手はもう洗わない事にしよう。
* * *
ソフィアは一通り満足するまで話し終えると、酒を含んで喉を潤した。
僕は今の話を聞いて、何と返せば良いのだろうか。分からない。
迷った結果、雑多な情報には触れず、本題にだけ拾う事にした。
「三階まで通用する『ロングソード』か。『強化値』というのは馬鹿に出来ないな」
「本当に、私の戦士ちゃんは強運の持ち主ですね」
せっかく触れないようにしたのに、話を戻されてしまった。これ以上聞き流すのは、逆に不自然だろう。
「その新人冒険者の子に、随分入れ込んでいるんだね」
「えへへ、分かっちゃいますか? いやぁ、なるべく表に出さないようにしているのですけどねぇ、えへへ」
どこがだ、などと安易な指摘はしない。彼女が今を楽しんでいるならば、良い事である。
「何だったら、そちらのパーティに入るかい? それなら……」
「ジークさん。私はもうダンジョンに行く気は無いですよ」
余計な事を言ってしまった。この話題は、まだ駄目だったようだ。
今日はもう、ダンジョンの話題を避けた方が良さそうだ。
本当はダンジョン攻略のアドバイスを聞きたかったが、日を改める事にして席を立った。
「……すまない、酒が回ったようだ。今日はもう宿屋に戻るとしよう」
「あぁ、そうそうジークさん。暗所を探索するなら、一番危険なのは不意打ちと罠なので、獣人の鋭い感覚や忍者の勘が欲しいところですね」
彼女は本当に聡明だ。まるでこちらの考えを見透かすように、一番欲しいアドバイスを最後にしっかりとしてくれた。
「……なるほど、五階の探索の参考にさせて貰う。ありがとう」
明日は獣人侍のノブさんにでも声を掛けてみよう。忍者の知り合いは居ないが、少し情報を集めてみても良いかもしれない。
「では、僕は宿屋に戻るよ。……あぁ、それと、手は洗った方がいいよ」
「良い夢を」
ソフィアが少しばかり頬を膨らませ、手を胸の前で大事そうに抑える姿を尻目に、僕は酒場を後にした。