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?ポーション

 冒険者の集う酒場の一角で、初めてのダンジョン探索から帰還した私達駆け出し冒険者チームの四人は、祝杯を済ませて戦利品の山分けを始めた。

 戦利品とは言っても、ダンジョン一階を数部屋回って得ただけのささやかな金品だ。それでも、駆け出し冒険者には貴重な品である。


「とりあえず、お金は四等分でいいよね」

「そうだな……はぁ。一人あたり100Gじゃ、まだまだ馬小屋生活は抜け出せなさそうだ」

「まあまあ、お金はおまけですよ。それよりアイテムをどう分けますか?」

「装備品は、職業に適した物を優先的に配りましょうか」


 ちなみに私達のパーティは、人間の女戦士の私、ノームの男僧侶、獣人の女魔法使い、ハーフリングの男盗賊というオーソドックスな編成である。


「じゃあ、『杖』は魔法使いさん、『ローブ』は僧侶さんに渡しますね。あとは……」

「俺は盗賊だから、その『マップスクロール』を持っとくよ。あんたは前衛なんだから、そのポーションを持ってってくれ」


 盗賊の意見は至極真っ当で、誰も反対はしなかった。

 私は残り物の戦利品の薬瓶を渋々と受け取ると、ガックシと頭を項垂れた。


「うぅ〜、ポーションって言っても未鑑定じゃないですか、これ。お店で鑑定して貰うお金も無いのに、毒薬とかだったら目も当てられません……」


 未識別アイテムは、商店に依頼すれば鑑定して貰える。しかし、その鑑定料は駆け出し冒険者には目が飛び出るほど高い。装備品ならばともかく、薬瓶一つに出せる金額ではないのだ。


「ごめんね、戦士さん。この分配が一番妥当なのは確かだし、戦士さんだけ戦利品無しってわけにもいかないから」

「うっうっ、ありがとうございます魔法使いさん。私もちゃんと納得してますし、その気持ちだけでも嬉しいです」


 これ以上ゴネても仕方ないので、私は薬瓶をしっかり受け取って腰袋に片付ける。

 こうして酒場に集まった目的も済んだのでお開きにしようとしたところで、盗賊が何かを閃いたようにポンと手を打った。


「ああ、鑑定といえば上級職のビショップなら、確か鑑定も出来たよな?」

「確かに出来るが、駆け出しパーティが上級職をスカウトするのは無理だぞ?」


 盗賊の提案を先回りするように、僧侶は釘を指す。その通りだ、上級職の冒険者など声を掛けるのもおこがましいだろう。

 だが、盗賊は首を横に振り否定すると、話を続けた。


「違う違う! んとな、これは酒場で情報仕入れてる時に聞いたんだが、あの隅っこのテーブルで本読んでるエルフの姉ちゃんいるだろ?」


 盗賊の指差した先を見ると、酒場の喧騒に似つかわしくない佇まいで静かに読書をしているエルフがいた。




 その姿は思わず息を飲む程美しく、一瞬、全ての音が消え去ったような錯覚を覚えた。




「……い、おいっ! 聞いてるか戦士さんよ?」

「え? あ、ごめん、聞いてなかった」


 どうやら私は本当に周りの音が聞こえなくなっていたようで、盗賊の呼びかけでハッと我に返り、慌てて謝罪した。


「はぁ、もう一回言うが、あの姉ちゃんがビショップなんだよ。んでな、顔に似合わずあのエルフの姉ちゃん、大の女好きらしく、気に入った女にはいろいろと工面してくれるって噂があるんだ」

「へぇ、優しいエルフさんなんですね」

「いやいや、優しいなんてとんでもない。噂じゃ何人もの女を手籠に……」


 盗賊は何かを言い掛けたが、ふと悪巧みを閃いたようにニッと笑うと身支度を整えて席を立った。


「戦士さん、あんた芋っぽいけど素材は悪くねぇ。あのエルフに上目遣いでおねだりすりゃ、アイテムの一つくらいはタダで鑑定してくれるかもしれないぜ」


 そう言い残すと、盗賊は酒場から立ち去っていった。

 僧侶と魔法使いは呆れたように息を吐くと、二人揃って私の肩をポンポンと叩いた。


「戦士さん、ああいう奴の話は鵜呑みにしちゃだめだからな」

「うーん……。でもやっぱり、鑑定出来るならしておきたいです。私、ダメ元でエルフさんにお願いしてきます!」

「え、ちょっ!?」


 二人が何かを心配してくれているのはわかった。パーティを組んだばかりだが、皆良い人達なのだ。

 だからこそ、前衛職の私は皆を守りたい。

 回復薬一つで戦況が変わる事もあるのが冒険者なのだから、未鑑定品のまま次の探索に行くのは自分が納得出来ないのだ。

 その決意を胸に、私は美人エルフのビショップの元へ向かい、声を掛けた。


「初めまして! 私、新しく冒険者になった戦士です! あのっ、アイテムを鑑定して頂けないでしょうか?」


 ちょっと不躾だったかもしれないが、人に頼み事をする時は下手な小細工などせずにそのまま伝えろ、というのが実家の両親の教えだ。なので、私はこのやり方しか知らないのである。


 ビショップは読んでいた本に栞を挟んで静かに閉じると、座ったまま私を見上げた。

 間近で見ると、よりハッキリと分かる美貌に眩暈がした。世の中には、こんなに美しい人がいるのか。


「……鑑定なら、私のような素人よりも商店にお願いした方が良いのではなくて?」


 想像よりも低く涼しい声に、私はヒュッと喉が鳴った。もしかしたら、読書を邪魔されてちょっと怒っているのかもしれない。


「あ、あの、私本当に冒険者になりたてで、まだ鑑定料も用意出来ないんです。なのでその、ほんと勝手なお願いなのは分かっているんですが……ダメ元でお願いしに来ました……。その、ごめんなさい」


 勢いで頼み込んでしまったが、話しながら冷静に考えると、とんでもなく自分勝手な頼みだったという実感が徐々に湧いてきて、最後の方は声が小さくなっていった。最初の勢いはどこへ行ってしまったか、気恥ずかしさと居た堪れなさでいっぱいである。

 これ以上言っても断られるだけだろうど、ビショップに背を向けて戻ろうとしたところで、急に手を掴まれた。


「待って」

「えっ?」


 思わず振り向くと、ビショップは困ったように眉尻を下げた表情を浮かべながらも私の手を握り締めながら、話をしてくれた。


「冒険者はね、皆商店にお世話になるでしょう? だから、彼等の仕事はなるべく奪いたくないのよ。私みたいなビショップは鑑定の仕事を減らしてしまうから、代わりに使わなくなった鑑定済のアイテムを少し安く流したりして関係を保っているの。だから、何でもかんでも鑑定してあげるわけにはいかないのよね」


 ああ、やはりこの人は凄く優しい人だったのだ。一瞬でも怖いと思ってしまった自分が恥ずかしくなる。


「冒険者と商店の関係なんて考えもしませんでした……。本当に自分本位なお願いをしてしまってごめんなさい」

「ふふ、分かってくれて嬉しいわ。じゃあ、今回だけ特別って事で、上目遣いでお願いしてくれたら鑑定してあげますよ」

「へ?」


 どうやら盗賊の話が聞こえていたらしい。目の前のビショップは、先程の真面目な表情からうって変わって楽しげな様子だ。

 ただ、冗談ではなく本当に鑑定してくれるつもりのようで、私がお願いするのをじっと待っている。このチャンスを逃す手は無い。


「えっと、上目遣いってのがよく分からないので、教えて貰えるならやってみます」

「うふふ、簡単よ。そこにしゃがんで、私を見上げる姿勢になってお願いしてくれればいいわ」


 私は教わった通りにその場でしゃがむと、ビショップの顔を見上げてお願いの言葉を述べた。


「ビショップさん、アイテムを鑑定して下さい」


 お願いを言い終えると、ビショップの楽しげな表情が更に強くなった。美人の眩しい笑顔を直視出来ず、私は少しばかり目を逸らした。


「ふふ、大変満足です。では、未鑑定品を預かってもいいかしら?」


 どうやら先程の頼み方で良かったらしく、約束通り鑑定をして貰える事になったようだ。

 私は腰袋から薬瓶を取り出すと、ビショップへ差し出した。

 ビショップは薬瓶を受け取る際に、一瞬ピクリと何かに反応したように見えたが、すぐに鑑定を開始した。


 それからは手際良く瓶を調べたり、中の液体を布に一滴含ませて擦ったり、魔法陣にかざしたり、臭いを嗅いだりいろいろしていたが、素人には何をしているかさっぱり分からなかった。


「はい、おしまい。これで鑑定済になったから、確かめてご覧なさい」


 程なくして鑑定が終わったらしく、瓶の栓を閉じて私に返してくれた。

 私が『冒険者の指輪』をかざしてみると、先程までは『?ポーション』と識別されていたアイテム名が『傷薬』に変わっていた。


「って、え? ただの傷薬?」

「……まあ、ダンジョン一階の戦利品なんてこんなものよ」


 露骨にがっかりしていたのがバレてしまったらしく、ビショップに気を使わせてしまった。私は慌てて取り繕う。


「あ、ほら、ガラス瓶じゃなくてこんな綺麗な模様の陶器に入ってるもんで、ちょっと期待しちゃっただけです! 傷薬代も馬鹿にならないので普通に嬉しいですし、鑑定して貰えて凄い助かりました!」

「そうね、綺麗な小瓶だわ。ねぇ貴女、このアイテムは何処で拾ったのかしら?」

「えっと確か、スケルトンが落とした物だったかな?」


 私が入手先を教えると、ビショップは少し考え込むように瓶を見つめていたが、何かを思い付いたのかテーブルの下から木製の道具箱を取り出した。そして、道具箱からガラス瓶に入った『傷薬』を三つ取り出して、テーブルに並べた。


「私ね、こういう陶器の小瓶を集めるのが好きなの。もし良かったら、この『傷薬』三つとそれを交換出来ないかしら?」


 その提案に、私は驚いた。

 いくら綺麗な容器だからと言っても、『傷薬』は『傷薬』でしかない。当然効果は同じだし、商店に持ち込んでも価値は変わらない。

 つまりビショップの提案は、『傷薬』一つと『傷薬』三つを交換するだけで、ビショップ側に何のメリットもないのである。


「タダで鑑定して貰った上にそんな交換を受けてしまっては、申し訳なさで今晩眠れなくなっちゃいますよ! 交換は全然問題ないので、一つだけにしましょう!」

「んもう、私がこの条件でいいと言ってるのに」

「だめだめだめ! そんな詐欺みたいな条件飲んだら、お父ちゃんとお母ちゃんに顔向け出来ませんから!」


 必死の抵抗に観念してくれたのか、ビショップはようやく一つずつの交換で納得してくれた。


 私は『傷薬』を受け取ると、もう一度お礼を伝えて元のテーブルへ戻った。僧侶と魔法使いはずっと待ってくれていたらしく、「おかえり」と何だか微妙な表情で出迎えてくれた。


「ただいま。やっぱり優しい人だったよ。頼んでみたら今回だけサービスで鑑定してくれたんだ、素敵だよね。まあ、中身は普通の『傷薬』だったけど」

「……あのやり取りで、報告それだけかい」


 何の事だろうか? 確かに少し長く話し込んでしまったけれど、他に伝える事は特に無いはずだ。


「んん? あとは、間近で見ると凄い美人だったくらいかな?」

「……あんたきっと、大物になるわね」


 魔法使いが呆れたようにこぼすと、僧侶も同意するように深く頷いた。

 そのまま何とも腑に落ちないままに解散となり、私達は酒場を後にしたのだった。




* * *




「可愛すぎませんか、あの子」


 今しがた女戦士が出て行った酒場のドアを眺めながら、私はポロッと本音をこぼした。どうせ今酒場に残っているのは勝手知ったるベテラン冒険者数人だけなので、取り繕う必要は無い。


「ソフィアさん、あんまり新人からかっちゃダメっすよ」


 隣のテーブルで酒を飲みながら顛末を見守っていた獣人侍のノブが、呆れたような様子で注意してきたが、不本意極まりない。


「何を言いますかノブさん、私はいつだって真剣ですよ。今日だって冒険者の心構えを説いて、若人を正しく導いたではないですか」

「……右も左もわからない新人に私欲全開で上目遣いでお願いさせといて、よくそんな綺麗事が言えましたね。流石っすわ」


 痛いところを突かれてしまった。確かにあれは言い訳のしようも無い。


「だ、だってしょうがないじゃないですか。純朴で明るい女の子、私のドストライクなんですから。今日初めて酒場で見て、ずっと目が離せなかったくらいドストライクだったんですから。まさか向こうから話しかけてくれるなんて思わなくてびっくりしてしまいました。これだけでも幸運でしたけれど、でもでも、チャンスがあれば見たいでしょう、上目遣いおねだり」

「そっすか」

「あぁん、冷たい。もうちょっと興味持って聞いてくださいよ。まだまだ話し足りないんですから」


 私はあの戦士ちゃんの魅力とか、これからしたいあれやこれやを閉店時間まででも話したいのだが、生憎と今日はそういう話に乗ってくれる人が店内にいない。

 このままリビドーを発散出来ずに、あの上目遣いを思い出しながら悶々とした夜を過ごす事になりそうだ。


「あっしが気になったのは、『傷薬』の交換の話です。いくらお気に入りの子だからって、新人冒険者に貢ぐような真似は良くないんじゃないすかね?」

「私はいくらでも貢いじゃいたいですけど、ちゃんと断れる芯の強さも堪らなかったですね。しかも、『お父ちゃんとお母ちゃん』ですって。何ですかあれ、何ですかあれ、悶え死ぬかと思いましたよ」


 思い出すと頬が緩々に緩んで溶け出してしまいそうになる。最上位核爆魔法にも匹敵する破壊力だ。

 しかし、ノブはもう相槌も打ってくれない程に興味を無くしている。仕方ないので、戦士ちゃんの話は一旦横に置いて真面目な話をする事にした。


「実のところ、今回は貢ぐとかではなく、この小瓶を回収しておきたかったんですよ」

「あぁ、ソフィアさんがそんな物の収集癖があるとは知らんかったっすよ。結構女の子らしい一面もあるんすね」


 それは戦士ちゃんに説明する為に使った方便で、別にそんな趣味は無い。誤魔化されていてくれるならそれでもいいが、ベテラン冒険者のノブには本当の事を話しておいた方がいいだろう。


「ノブさん、これから話す事は、信頼出来る方以外には漏らさぬようお願いします」


 私の前置きに事情を察してくれたのだろう。ノブは酒を置くと、椅子を寄せて小声でも話せる位置まで来てくれた。こういうところはまさにベテランである。


「この小瓶、王国騎士にだけ配られるものなんです。そして、中身が『傷薬』のものは見習い以外は持ちません。正式な騎士は、もっと品質の高い薬を持ちますからね」

「……あの新人の嬢ちゃんは、ダンジョンでスケルトンが落としたと言ってましたね。つまり魔物が見習い騎士から奪ったか、あるいは見習いがダンジョンで死んで魔物化したかってところでしょうか」


 本当に察しが良くて話が早いので助かる。

 だが、今回に限ってはノブの推測は正しくなかった。


「本来ならそんなところですが、それならばこんな場所でコソコソと話さず騎士団に報告すれば終わる話です」

「確かにそうっすね」

「結論から言うと、見習い騎士は騎士寮から出る事は固く禁じられています。ダンジョンに居るはずがないんですよ」

「そうなると、脱走か人攫いくらいしか考えられませんが」


 私は頷いて見せた。私もそのどちらかだと考えている。

 脱走ならばそう何人も出来るものではないから、今回偶然が重なり、スケルトンから見習いのポーションが回収されたのだろう。

 問題は後者だ。


「脱走ならば然程問題ではありません。問題は人攫いだった場合です。怪しまれずに王国騎士寮に侵入して、見習いとはいえ戦闘訓練を受けている者を連れ去れる者など、いったいどれ程いるのでしょうね」


 私が騎士団に報告せずに秘匿したい理由が伝わったようで、ノブは頭を抱えて考え込むように項垂れた。


「まぁ、私はここでのんびり倉庫係しながら、戦士ちゃんと仲良くなる事に全力を尽くしますので、厄介事はベテラン冒険者達で何とかして下さいね」

「ははっ……、出来ればこの陶器入りの『傷薬』が、今後ダンジョンから見つからない事を祈りますよ」


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