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裏切りの果て【グレイス視点】

――――やったのよ。私からヒロインの座を奪った、あの女の一番大切なものを奪ってやった。


「……はは…はははは…………」


 血濡れた短剣を手に、笑いが込み上げる。


「グレイスお嬢様、満足頂けましたか?」


「――――満足? そうね…………」


 壊れたように笑い続けるグレイスの背後にセスが近づき、全てから守るように彼女を抱き締め、グレイスの視界をセスの手が塞ぐ。


「ゆっくりお休みなさい……」


 その言葉を最後に、グレイスの意識はブラックアウトした。




 湿気を帯びた空気に、時折り血生臭い匂いが漂う地下牢に閉じ込められて、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか。簡易的なベットがあるだけの空間。窓もなければ、明かりすらない闇で過ごす日々は、時間の感覚までグレイスから奪い去った。今が昼なのか、夜のなのかもわからない。


 唯一外に出られるのは、裁判に立つ時だけ。


 美しく輝いていたピンクブロンドの髪はガサガサとなり、陶器のように艶めいていた肌は、栄養が足りていないのか、カサつき薄汚れている。誰もが振り返る美貌は見る影もなく、グレイスの姿は、まるで老婆のように変貌していた。


 始めは、抵抗する気力もあった。しかし、過酷な地下牢での生活は、グレイスから戦う気力を削いでいった。


――――明日、私の死刑が執行される。


 つらつらと述べられた罪状は、ほとんど覚えていない。


 どうでも良かった。これで全てから解放されると思えば、死刑も悪くない。


 乙女ゲームのヒロインであるはずの『私』がこの世界から消え去る。


 グレイスの脳裏に、アイシャが言った最後の言葉が浮かぶ。


『貴方は白き魔女でも、ヒロインでもない。ただのグレイスよ。私達が生きている世界は乙女ゲームの世界なんかじゃない!』


 あの娘が言ったように、この世界は乙女ゲームの世界ではなかったのかもしれない。もう疲れた………


 長きに渡る地下牢での生活に、気力も体力も底を尽きたグレイスは、考えること放棄する。遠くの方から聴こえる叫び声に、この断末魔を聴くのも最後かと思うと、笑いが込み上げてくる。


『明日の私も、あんな叫び声を上げるのかしらね……』と考え、自嘲的な笑みを浮かべたグレイスは、ゆっくりと瞳を閉じた。





 ガラガラガラガラ…………


「……うっ…んぅ……眩しい………………」


「グレイスお嬢様、目を覚まされましたか?」


「――――えっ!? セスなの?」


 板張りの簡素な座席に横たわっていたグレイスは、聴き覚えのある声に身体を起こす。目の前には、ニッコリと笑うセスが座っている。


 これは……、夢なの?


 自分の置かれた状況が飲み込めず、グレイスは辺りを見回す。狭い箱型の空間に向かい合わせの座席が二つ。窓はないが、ガタガタと揺れる振動に、グレイスは簡素な馬車に乗っていると理解した。


「お久しぶりですね。地下牢生活はいかがでしたか? 最下層の生活も、なかなかのものでしょう?」


「セス、貴方が私を処刑場まで連れて行くのね。さぞかし、私を憎く思っていた事でしょう。平民出の女に、貴族のお坊ちゃんが、顎で使われていたのですもの。最期に、罵声でも浴びせに来たのかしら?」


「いいえ。違います……」


「じゃあ、何よ! (みじ)めに死んでいく私を笑いにでも来たの!!」


「それも違います……」


 目の前に座るセスの顔つきが変わり、心底おかしいとでも言うように、ケタケタと笑い出す。


「何が違うって言うのよ!? 手枷に足枷までつけた私を処刑場まで連れて行くのでしょ!!」


「処刑場まで連れて行く必要なんてありませんよ。貴方を地下牢から勝手に連れ出したのは、私ですから」


 セスは私を救い出してくれたの?


 最後まで私の味方でいてくれたセス。

 ドンファン伯爵を殺した後も、手足となり働いてくれたセス。


 セスの言葉に、グレイスの心が期待で震えるが、次に続いた彼の言葉に、心が急速に冷えていく。


「あぁ。勘違いしないでくださいね。私は貴方を救い出した訳ではありません。ノア王太子との密約通り、戦利品を頂いたまでです」


 ノア王太子との密約?

 どういう事なの? 戦利品ってなによ?


「ふふふ。貴方はずっと私が忠実な執事だと思っていたようですが、私の本当の主人(あるじ)は、ノア王太子ですよ。今までの貴方の計画は全て筒抜け、まんまと罠にかかったのは、グレイス、貴方だったという訳です。白き魔女ですか? さきよみの力などない癖に、ドンファン伯爵に踊らされ、罪を重ねていく貴方は実に愚かで、美しかった」


 狂気を(はら)んだ目をして饒舌(じょうぜつ)に語り出したセスに恐怖を覚える。


「今まで言うことを聞いていたのも、わたくしを(あざむ)くため? わたくしを陥れるため、ノア王太子と結託(けったく)していたと」


「えぇ。そうです。全ては、貴方を手に入れるためにね」


 不気味に笑うセスを見つめ、グレイスは得体の知れない恐怖に背を戦慄かせる。


 セスは、私をどうする気なの?


 耐えきれないほどの恐怖感から逃げ出したくて、グレイスは後ずさろうと身動ぐが、狭い馬車の中、それも叶わない。


「私が恐ろしいですか? 恐怖に見開かれた瞳のなんと美しいことか」


 グレイスの簡素なワンピースの胸元が、セスの手で引き裂かれる。


「グレイス、貴方は今日処刑された。もうこの世に貴方はいない……、手に入れた戦利品を私がどう扱おうが構わないでしょう? この世から消え去った貴方が頼れるのは私しかいない。貴方の全ては私だけのものだ」


 仄暗い感情を宿したセスの瞳に、怯えた目をしたグレイスが写る。


 私は死んだ……

 そう……、私は彼の瞳の中でしか生きられない。


 硬い背もたれに背中を押し付けられて、セスに唇を貪られる。痛みを凌駕するほどの熱が、グレイスの思考を停止させる。黒い炎を(はら)んだ瞳に見つめられ、グレイスの心の奥底に(くすぶ)り続けた欲望があふれ出す。


 あぁぁぁぁ、ずっと欲しかったセス……、何度、誘惑しようとも決して手に入らなかったセスが、私を貪る。


 官能に支配された脳が、鮮明な記憶を呼び覚ます。


『セス・ランバン』


 彼こそ、前世死ぬ間際まで攻略に苦戦した隠しキャラではないか。なぜ、今まで忘れていたのだろう……


 悪役令嬢に付き従う忠実な執事だった『セス・ランバン』


 あんなに熱中してやり込んだ乙女ゲームの中で、セスだけは最後まで攻略出来なかった。


 あぁぁ、やっと彼を攻略出来たのね。やはりこの世界のヒロインは、『私』なのね……


 セスに囚われて過ごす未来。

 これが、ヒロインとして転生した『私』のエンディングなんだわ……


 去来した幸福感を胸に、セスから与えられる甘美な愛撫に、グレイスは身を委ねた。



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