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手紙【キース視点】

 婚約披露パーティーを明日に控え、仕事を早めに切り上げたキースはリンベル伯爵家へと向かっていた。


(アイシャは、今頃何をしているのだろうか?)


 明日の準備で、大忙しに違いない。『緊張もしているだろうから、癒しになれば』と思い、花屋で買った小さな花束を見つめ思う。


(やっと、アイシャと婚約出来る……)


 アイシャに婚約指輪を贈ってから一ヶ月。準備に時間がかかるとは言え、婚約披露パーティーなどやめて、さっさと正式に婚約だけでも結べばいいのにと、何度思ったことか。まだまだ結婚までの道のりは長いが、婚約者となれば、名実共に、ずっとアイシャの側にいられる。


 キースは浮き足立つ気持ちのまま、リンベル伯爵邸へと急ぎ馬を走らせた。





 リンベル伯爵邸の門扉をくぐり、厩番に愛馬を渡すと、その足でエントランスへと向かう。勝手知ったる伯爵邸だ。いつものように取り次ぎを頼むことなくエントランスへと歩みを進め、邸内へと入って直ぐ、異変に気づいた。


 何かあったのか?


 エントランスの扉は開け放たれ、ひっきりなしに使用人がバタバタと動き回っている。


 こんなに騒がしいリンベル伯爵邸は見たことがなかった。本来であれば、キースがエントランスへと現れれば、すぐに家令が現れ、アイシャの元へと案内をしてくれる。しかし、今は、誰一人として、キースの来客に気づく者がいない。いいや、気づいているのかもしれないが、キースに構っていられる余裕がないという感じだ。


 慌ただしく動く使用人を眺め、嫌な予感が胸を騒つかせる。


 焦る気持ちを抑え、アイシャの居場所を聞くため、ちょうど扉から出てきた使用人を捕まえる。


「失礼。アイシャ嬢はご在宅かな?」


「あっ! キース様、お待ちくださいませ。ただ今、旦那様にお取り継ぎ致します」


 程なくして、使用人の案内のもと、キースは主人の執務室へと通された。執務室では、リンベル伯爵と夫人、そして兄のダニエルが沈鬱(ちんうつ)な面持ちで話をしている。


 アイシャがいない……

 まさか、彼女に何かあったのか?


「アイシャは、どちらにいらっしゃいますか!?」


 嫌な胸騒ぎを覚え、キースはリンベル伯爵へ問いかける。キースの剣幕に息を飲んだ伯爵が、大きなため息を一つ吐き、キースへと近づくと、一枚の紙と封筒、そしてアイシャへと贈った婚約指輪を手渡された。


「これは……、いったい……」


「アイシャが、いなくなった」


「えっ!? どういう事ですか!!」


 激情したキースを宥めるように事の顛末を話し出した伯爵の冷静な声が、事の重大さを物語っていた。


 リンベル伯爵に手紙を見るように促され、キースは視線を落とす。渡された青い封筒の表書きには、アイシャの字で名前が書かれており、自分に宛てた手紙だとわかる。震える手で手紙の封を切り、中身を取り出し、流麗な文字で書かれた本文を読み始めた。


『キース様、婚約を前に勝手をするアイシャをお許しください。貴方様が、この手紙を読む頃には、わたくしは、この世にいないかもしれません。自身の運命に逆えず命を落とすとわかっていても、愛する人を助けたいのです。キース様、今まで本当にありがとうございました。貴方様がいたからこそ、私は傷ついた心を癒すことが出来ました。貴方様と一緒なら幸せな未来が築けると思い、本気で結婚を考えていたのも事実です。しかし、私の心の片隅には、ずっとリアム様がいました。リアム様がこの世から消えてしまうと考えた時、彼を見捨てる選択だけは、出来ませんでした。勝手をするアイシャをお許しください』


 キースの手から手紙が滑り落ちる。


 アイシャは、リアムを助けに行ったのか? 彼女の命が尽きるかもしれない……


「伯爵! アイシャは、どこに向かったのですか!?」





 漆黒の闇の中、キースは馬を全速力で走らせる。


 どうか、間に合ってくれ!


 キースが街外れの廃屋に着いた時、辺りの異様な雰囲気に疑問を抱く。王太子付き騎士団の面子に、街の憲兵、それに王家の諜報部の気配までする。


 この廃屋の中はどうなっているのだ。


 はやる気持ちを抑え、騎士団の顔見知りを捕まえ、状況を確認する。すると、ある人物の大捕り物が行われる計画があり、合図と共に乱入する手筈となっていると言う。


 アイシャからの手紙とは別に、リンベル伯爵から見せられたもう一つの便箋には、『一人で廃屋に来い』と書かれていた。グレイスは、リアムを人質にアイシャを誘き出し、彼女に危害を加えるつもりなのは間違いない。しかし、ノア王太子側の人間に包囲された廃屋の現状と、グレイスがアイシャに宛てた手紙の内容とでは、あまりにも状況が、かけ離れている。


 まさか、裏でノア王太子とリアムが動いているのか? 白き魔女を騙ったグレイスの罪を暴くために。


 それにアイシャは利用された。


 アイシャの命よりもグレイスの罪を暴く事の方が大切なのか!!


 二人に対する怒りと、アイシャの安否がわからない焦燥感に支配され、騎士団員の静止を振り切りキースは駆け出す。


 アイシャに何かあれば、ノア王太子だろうとリアムだろうと絶対に許さない!


 どうか無事でいてくれ……



 朽ち果てた扉を蹴破り、ボロボロの廊下を抜け、真っ暗な室内の中、明かりの見える方へ向かい走る。


「――――アイシャ!! 無事か!?」


 剣を抜き、走り込んだ室内では、リアムに抱きしめられたアイシャがいた。


 無事だったか……


「キース様――――っ!? あの…………」


 キースの声に振り向いたアイシャが動く。こちらへとアイシャが一歩踏み出した時、異変が起こった。


「死ねぇぇぇぇ!!!!!」


 甲高い叫び声と共に、短剣を握ったグレイスが、アイシャへと突進していく。


――――っ間に合わない! アイシャァァァ!!!!


 一瞬の出来事だった。


 アイシャを抱きしめたリアムの脇腹に短剣が突き刺さり、リアムの着ていた白シャツが血濡れていく。そして、足元に血溜まりが広がり、生気を失ったリアムが力なく床に膝をつき、崩折れた。


「…リアム…ねぇ…リアム…………」


 床に倒れ動かないリアムを抱え、アイシャが叫ぶ。


「イヤァァァァァァァ…………」


 その時だった。


 アイシャの身体が青白くキラキラと輝き出し、わずかだった光の粒があっという間に広がり、動かないリアムを包み込む。


『最後の白き魔女は、青白く輝く光の粒に包まれ消えていった』


 キースの脳裏に、ナイトレイ侯爵家に伝わる悲しい伝承が巡る。


「アイシャ、ダメだ!! その力を使っては――――」


 キースの叫びがアイシャに届くことはない。ゆっくりとアイシャがリアムの上へと崩れ落ちていく。その光景を見つめることしか出来ない己の不甲斐なさに、キースは慟哭するしかなかった。


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