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結末【リアム視点】

「リアム様、悪く思わないでくださいな。貴方が、この世界のヒロインであるわたくしではなく、アイシャなんていうモブですらない女を選んだのが、いけないのです」


 この女はいったい何を言っているのだ?


 ヒロインだとかモブだとか先程から意味不明な事を言っている。


 とうとう追い詰められて、頭までおかしくなったのか?


 予定通り、街外れの廃屋までやって来たリアムは、セスの指示でゴロツキに扮した憲兵に、椅子に後ろ手で縛られ、遅れてやって来たグレイスと対峙していた。


「惨めなものね。あんな手紙に踊らされて、こんな街外れの廃屋まで来るなんて。よっぽど、あのアイシャとかいう女が大切なのねぇ~。あの女にも、手紙を出してあげたわ。リアムの命が惜しかったら、ここまで来るようにってね。さて、貴方の愛するアイシャは、来てくれるかしら?」


 アイシャは、ここには来ない。


 明日、アイシャはキースと婚約する。

 彼女はキースを選んだのだ。そんな幸せ絶頂の彼女が、私を助けに来るはずがない。


――――いや、来て欲しくない。


 グレイスの罪を暴くためには、本人の自供と決定的証拠が必要となる。


『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎える。これは避けられぬ運命である』


 この予知を実現させるために、グレイスはアイシャと私を殺そうとする。その瞬間こそ、グレイスの罪を暴く決定的証拠となる。


 グレイスの罪を確固たるものにするには、アイシャがこの場に登場しなければならないと、頭では理解していても、彼女を愛する私の心が叫ぶ。


 危険に(さら)したくないと。


 しかし、一方でアイシャがキースではなく自分を選び、ここへ現れて欲しいと願う、浅ましい気持ちが心の奥底にあるのも事実だった。


 相反する気持ちを抱え、アイシャを想う。


――――彼女はどんな選択をするのだろうかと。




 


「その汚い手をリアム様から外してくださるかしら。お約束通り、来ましたわ」


――――っアイシャ!!


 耳に馴染んだ声が突然響き、リアムは目を見張る。


(まさか……、そんな事って……)


 暗がりからゆっくり歩み出たアイシャは、リアムの身体に素早く視線を巡らせると、安堵(あんど)の表情を浮かべ、そのままグレイスに視線を定める。


(短剣……、今でも持っていたのか)


 見覚えのある短剣を手に立つアイシャを見つめ、抑えられないほどの喜びが、リアムの心の奥底から湧きあがる。


 アイシャは、キースではなく私を選んでくれたのか? 彼女の心には、今でも『私』がいるのだろうか?


 昔と変わらず丁寧に磨き上げられた短剣を今でも大切に持っている事こそが、彼女の本心ではないのか!


 アイシャとの未来は(つい)えていない……


「グレイス様、お約束通り一人でこの屋敷にやって参りましたわ。リアム様を解放なさいませ。貴方の目的は、わたくしでございましょ?」


「ははははははは……」


 グレイスの高笑いが室内に響き、とち狂った女の意味不明な戯言が始まった。


「愛する二人は、ここで死ぬ運命なの。ヒロインたる白き魔女が予知したのだから、運命が(くつがえ)る事はない。さて、どちらから殺して欲しい?」


 狂気を孕んだ目をしたグレイスが、短剣を握りリアムの首筋に刃を当てる。ひんやりとした刃の感触にも動じることはない。


 椅子に縛られた時から、縄は簡単に外せるようになっている。この女が行動を起こした瞬間に取り押さえる準備は出来ている。


 アイシャだけは、絶対に守る……


 そんな決意の元、グレイスの動きに全神経を集中させ注視するリアムの耳にとんでもない言葉が降ってきた。


「――――この世界は、貴方が言う乙女ゲームの世界なんかじゃない。貴方の『さきよみの力』がデタラメなら、白き魔女なんて、この世界に存在しない」


 乙女ゲームとは何だ?


 聞き慣れない言葉に、リアムの頭の中は疑問符でいっぱいになる。しかし、そんなリアムを置き去りにアイシャの言葉は続く。


「アイシャという存在が、この世界にいる事が、乙女ゲームの世界とは違うことを示している。貴方の企みは成功しない……。貴方は『白き魔女』でも、『ヒロイン』でもない。ただのグレイスよ。私達が生きている世界は乙女ゲームの世界なんかじゃない! グレイス! 現実を見なさい!!」


 アイシャはグレイスの言っている意味不明な言葉が分かるのか?


 首筋に当てられていた短剣が力なく落ち、頭上から降ってくる呪詛(じゅそ)のような言葉の羅列がリアムの耳に不気味に響く。


「貴方も転生者……、なんて事なの……、なんて事なの……、全ては仕組まれていた」


――――転生者?


 アイシャは、この世界とは別の記憶を持っているのか? そして、グレイスも……


 二人は、この世界の結末を知っている?

 だとしたら、グレイスの『さきよみの力』は本物だったのか?


 グレイスは、本物の『白き魔女』なのだろうか?


――――いいや、違う!


 本物の『白き魔女』はアイシャだ。

 アイシャこそが、本物の『白き魔女』なのだ。


 グレイスの『さきよみの力』が本物だとしても、この女は()()()()にいてはならない。


 アイシャの害となる女は……


 心の中の仄暗い感情が溢れ出す。


――――抹殺すべきは、グレイス。


 その時、耳をつん裂く叫び声と共に、グレイスがアイシャ目掛け突進していく。


 瞬時に身体が動き、背後からグレイスの足を払い引き倒したリアムは、なおも抵抗し暴れるグレイスを後ろ手に拘束し、ゴロツキに扮した憲兵に引き渡した。


――――終わったか。


 これで、グレイスも言い逃れは出来ないだろう。侯爵子息及び、伯爵令嬢殺害未遂の現行犯だ。『さきよみの力』もペテンだったと証明され、今までの罪も暴かれれば、極刑は免れまい。


 この世界からグレイスは消え去る。


 リアムは呆然と立ち尽くすアイシャへ向け、ゆっくりと歩みを進め、想いのまま彼女を抱きしめた。


「無事で良かった。本当、昔から無茶ばかりする」


「リアム……」


 アイシャは、キースではなく私を選んでくれた。


 ただただ嬉しかった。この場にアイシャが居るという事実が。


「アイシャ!! 無事か!――――リアム……、お前………………………」


 突然乱入して来た、沢山の憲兵の中にキースの姿を見つけ、リアムの心が急速に冷えていく。


 あぁ……、ここまでか……………


 アイシャはキースに助けを求めていたのだな。婚約者となるキースに。


 私の想いは届かない……


 アイシャを解放し、(きびす)を返し立ち去ろうとしたリアムは、ある異変に気づいた。


 なぜ、グレイスが野放しになっている?


「死ねぇぇぇぇ……」


 甲高い叫び声と共に髪を振り乱したグレイスが短剣を手に迫る。


 反射的に、アイシャを背後から抱き締めていた。


 痛みはない。ゆっくりと視界がブラックアウトしていく。


――――アイシャは無事だっただろうか?


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