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家族の愛

「アイシャ様! 今日は一日、大忙しですわよぉ~」


 朝早く、専属侍女アマンダに叩き起こされたアイシャは、寝起きの頭でボンヤリと考える。


 今日って……、何かあったかしら??


「もぉ、アイシャ様ったら。そんなポカンとした顔しませんの。もうすぐ次期侯爵夫人となられるお方が、それでは嫁ぎ先で馬鹿にされますわ! 明日は、キース様とアイシャ様の婚約披露パーティーではありませんか。明日に向けて、今日一日かけて、貴方様をピカピカに磨きあげねばなりませんのよ! あぁぁぁ、時間がいくらあっても足りない。さっさと起きて下さいませ!」


 せっかちなアマンダに急かされ、ベッドから起き上がったアイシャは、寝起きで働かない頭を無理やり動かし、立ち上がる。


 すっかり忘れていた……、明日は、婚約披露パーティーじゃないの!


 一週間前にもナイトレイ侯爵家にて最終打ち合わせをしたというのに、アイシャの頭を占めるのは、『リアム』のことばかり。これでは、自分を幸せにすると誓ってくれたキースにも顔向け出来ない。


 未だにアイシャの心は揺れている。婚約披露パーティーが近づけば近づくほど、アイシャの心は揺れ動く。事あるごとに、自分に背を向け去っていったリアムの後ろ姿を思い出し、心が揺れる。


『あの時……、リアムに助けられた時。好きだと言ってくれた彼の手を取っていたら、今でもリアムは自分の隣に居てくれただろうか』と、後悔の念がアイシャの心に押し寄せ、身動きが取れなくなる。


 本当、自分の性格が嫌になる。

 こんなにウジウジとした性格していたかしらね?


 恋を知るまでは、こんなんじゃ無かった。

 自分の趣味に生き、夢を実現するために無我夢中で突き進むことが出来た。


 やっぱり一人で生きていく道を模索した方が良かったのではないかしら?


 結局、私は優しく包んでくれるキースに甘えているだけなのよ。キースを好きかと問われると、たぶん違うのだろう……


 今さら、キースとの婚約をなかった事に出来る訳もなく、そんな事をグルグル考えてしまう毎日に嫌気がさし、婚約披露パーティーが近づけば近づく程、アイシャは現実逃避に走っていた。


 もう逃げられない………

 アイシャ、覚悟を決めなさい!


 アイシャは、憂鬱で動きたくないと訴える身体を無理矢理動かし、侍女アマンダに促されるまま、浴室へと向かった。





 メイド総出で、身体の隅々までピカピカに洗われたアイシャは、私室にてアマンダに髪を丁寧にすいてもらっていた。花の香りを放つ香油を塗られ、丁寧にすかれた髪は陽の光を浴び美しく輝く。甘く、爽やかな香りを鼻腔いっぱいに吸い込めば、モヤモヤとした気持ちも何だかスッキリしたように感じる。


「アイシャ様、少しスッキリされましたか? 最近、ずっと眉間にシワ寄せて、ため息ばかりついておられて、心配しておりましたの。ここ一ヶ月準備でお忙しくされていましたし、疲れが出たのかもしれませんね」


「確かに、忙しかったわね。頻繁にナイトレイ侯爵家へも通っていたから、正直しんどかったわ。お母様直伝の鬼の花嫁修行もあったしね。本当、わたくし、よく耐えたわよ」


「そうですねぇ。奥様の怒声が響かない日はございませんでしたもの。そんな日々も終わりかと思うと、何だか寂しいです」


 ちょっぴり瞳に涙を浮かべたアマンダを励ますように言う。


「なに言っているの! 明日、婚約披露パーティーだけど、結婚はまだまだ先よ。これからもよろしくね」


「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 婚約しても結婚はまだまだ先なのだ。


 まだまだ先、気楽に行こう……


「アイシャ様、準備が終わりましたので、わたくしはこれで失礼致します。奥様より伝言がありまして、温室でお待ちとのことです」


「わかったわ」


 アマンダの言葉に気を引きしめる。婚約発表を明日に控え、最後の喝が入るのだろう。なんだかんだ言って、母には感謝しているのだ。右も左もわからない、ガサツなアイシャを、立派な淑女に育て上げるのは、困難の連続だっただろう。母がいなければ、明日の婚約披露パーティーで、確実に恥をかいていた。侯爵家に嫁入りする娘として相応しくないと、烙印を押される事態になっていただろう。


(さてと……、こんな情けない顔をしていたら、お母さまに怒られるわね)


 アイシャはもう一度気合を入れ直すと、母の待つ温室へと向かった。




 

 庭の一画にある小さな温室。ここは、母自ら手入れを行い、色とりどりの花が年中咲く、母自慢の温室だ。温室の扉を開けるだけで、芳しい花の香りが鼻腔をくすぐり、気持ちも華やぐ。


 扉を抜け、温室内を歩いて行けば、椅子に腰掛けた母が、ゆったりとお茶を飲みながらアイシャを待っていた。


「お母様、遅くなりました」


「アイシャ、明日の準備はあらかた済んだみたいね。座って」


 目の前の椅子に腰掛けると、母、手ずからお茶を入れてくれる。辺りを見回すが、人払いをされているのか給仕をする侍女すらいない。


「えぇ、滞りなく。あとは、明日のパーティーを待つばかりです」


「そう……」


 沈黙が流れる。


「アイシャ、以前に貴方に言った言葉を覚えているかしら? 貴方が、高貴な御三方から求婚されて、婚約者を選ばざる負えなくなった時、わたくしは貴方に、誰を選ぶかは自ずとわかるものだと。心が訴えてくるものだと」


「はい。覚えております」


「――――、貴方の心にいる殿方はいったい誰なんでしょうね?」


「えっ!? …………」


「アイシャ。わたくし達家族は、貴方がこの先どんな選択をしようとも、貴方の味方です。心のままに生きなさい。貴方の幸せが、私達家族の幸せなのだから」


 テーブルに置かれたアイシャの手に手を重ねた母が、アイシャの手を優しく握る。


 お母さまは、私の心にキースがいないと気づいているのだろうか?


 ずっと心に居座り続けるリアム……


 小さな頃から、ずっと私の側に寄り添い助けてくれた存在。なぜか、気づいたら彼を目で追っていた。


 リアムだけが特別な存在だった。


「アイシャ、泣かないで……」


 後から後から流れる涙を、母に拭われる。


「お母さま……、ごめんなさい……」


「いいのよ。貴方の思うまま生きればいいの」


 泣きじゃくるアイシャをいつまでも、母は抱きしめてくれた。





 ひとしきり泣きじゃくって落ち着きを取り戻したアイシャは、真っ赤に目を腫らし、リンベル伯爵家の廊下を私室へと向け歩く。


『さて、使えるものは、権力でも財力でも何でも使って婚約話をなかった事にしましょう。ふふふ、こんな時、王妃の妹で、公爵家出身で良かったと思うわ』


 母は、あぁ言っていたが今さら婚約話を断る事なんて出来るのだろうか?


 それにキースにも申し訳ない。


 誠心誠意謝る他ない。他人任せではダメだ。自分の心の弱さが招いた事なのだから、責任は自分で取らなければならない。


 結局、家族にも迷惑をかけてしまった。


 とにかく明日、朝一でナイトレイ侯爵家へ向かい、自分の正直な気持ちをキースに伝えよう。


 それでダメなら、甘んじて罰を受けよう。それがせめてもの償いになるのなら……


 私室の扉を開け、部屋へと入ったアイシャは、ソファへと向かう。キースから貰った婚約指輪を見つめ、そっと指から外し、ジュエリーケースの中へと収める。


 これも返さなきゃね。


 指に馴染んだ指輪を外すのは、ちょっぴり寂しい気もするが……、そんな気持ちを隠すように、アイシャはソファから立ち上がると、ジュエリーケースを手に持ち、机へと向かう。そして、気づいた。物書き机の上に見慣れないピンク色の封筒が置かれている。


 手紙? 何かしら?


 アイシャはピンク色の封筒を手に取り封を開けると、中の手紙を取り出した。


『初めましてかしら? わたくし、ドンファン伯爵家のグレイスと申します。貴方の大切な殿方の婚約者と言えば、おわかりになるかしら。わたくし、とても傷つきましたの。婚約者のリアム様と貴方が恋仲だったなんて。ひどい仕打ちだと思いません? わたくしと婚約しておきながら他の女を愛していたなんて……

だから、憎い貴方にゲームを仕掛ける事にしましたのよ。貴方一人で、街の外れにある朽ち果てた屋敷にいらっしゃいな。貴方は、リアム様が死ぬ前に屋敷に到着することが出来るかしら? この手紙を貴方が読む頃には、リアム様は死にかけているかもしれませんわね。屋敷でお待ちしております』


 手紙がヒラヒラと舞い、床に落ちる。


 リアムが死ぬ……


 クレア王女の言葉が、クルクルと頭を巡り、アイシャは力なくその場へと崩折れた。


『アイシャよく聞いて! 例え、リアムが危険に晒される事になったとしても、助けに行かないで』


 乙女ゲームに存在しない『アイシャ』は、この世界から淘汰される運命なのだろう。


 これが乙女ゲームの矯正力なのかもしれない……


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