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親友との訣別【キース視点】

――――まさか、親友と同じ女性を好きになるとは思わなかった。


 騎士団兵舎裏の森の中、赤髪のアイツが夕陽を背に剣を振る。


 あれはいつだったか……

 あの時も隠れて、夕陽を背に剣を握る奴と、夕陽に照らされ短剣を握る彼女をジッと見つめていた。

 美しい金髪が風になびき、陽の光を受けキラキラと輝く。強い意志を宿したコバルトブルーの瞳を見つめ美しいと感じたのは、いつだったか……


 リアムとアイシャが剣を交わす。

 夕陽に照らされた二人の表情を物陰に隠れ、ジッと見つめていたあの頃。


 ボロボロになったアイシャをリアムが抱き上げ芝生の上にソッと下ろし、奴が何かを耳元で囁くと、それに屈託なく笑う彼女。そんな二人のやり取りを見つめ、胸がドス黒い感情で埋め尽くされていった。


 憎っくきアイシャにリアムまで奪われたと憎悪を燃やし、彼女を助けるリアムをも恨んでいたあの頃。このドス黒い感情は、親友を奪ったアイシャに対するものだと思っていた。


 でも、今ならわかる。

 あれは、お互いを信頼し、強い絆で結ばれた二人に対する嫉妬心だったと。紛れもなくリアムに嫉妬していたのだと……


 あの頃から俺はアイシャを憎む心の奥底で、愛しいと思う気持ちを眠らせていたのかもしれない。


 物陰に隠れ、剣を振るリアムをジッと見つめていたキースが、ゆっくりと奴に近づく。


「久しぶりだな」


「キースか。お前がこんな辺鄙な所に来るなんて珍しいな。確か、副騎士団長補佐になったんじゃなかったか? 色々と忙しいだろうに……」


「お前こそ最近は騎士団にも顔を見せていなかったよな? もう辞めたかと思っていたよ」


 剣を握る手を下ろしたリアムの、何の感情も読み取れない瞳と、憎悪を燃やしたキースの瞳が、かち合う。


「なぁ、久しぶりに手合わせしないか?」


 キースは、持っていた模擬刀のうちの一本をリアムへと投げ渡す。


 投げられた模擬刀を無言で掴んだリアムは、自身の剣を鞘に納めると脇に投げ、渡された模擬刀を構える。数メートルの間をあけ、リアムとキースが対峙する。


 仕掛けたのは、キースが先だったか。剣と剣が打つかる甲高い音が辺り一帯に響き渡った。


 どやら、奴の腕も鈍っていないようだ。受けた剣の重さに、リアムの本気を感じる。


 撃ち込まれた剣の衝撃を力任せに跳ね返したキースは、一瞬よろめいたリアムの胴体目掛け剣を払う。しかし、ひらりと宙を舞ったリアムを捉えることは出来ない。


 虚しく宙を切る剣。


 すかさず伸びてきた剣先を辛うじて交わしたキースは、飛び退きリアムと距離をとる。


 一進一退の攻防に、時間だけが過ぎていく。


 呼吸が乱れ、じっとりと流れる汗と暑さに体力が徐々に削られていくのを感じる一方、リアムもまた息が上がり、肩で呼吸をしていると、キースは気付いていた。


 場に流れる空気感から、お互いに限界が近づいていることを悟る。


 あと一撃……


 間合いをジリジリと詰めながら、相手の隙を伺う。


 一瞬、リアムが剣先を下げたのを見て、一気に間合いを詰めたキースが、渾身の一撃を振り下ろした。


 キィィィ――――ッン!!!!


 模擬刀が宙を舞う。


………俺の負けか?


 見上げた先に、リアムの顔が見える。


「どうやら引き分けのようだ」


 倒れたキースの目の前に、折れた模擬刀を見せ、リアムが屈み込む。


「相変わらず、真っ直ぐな剣技をする。昔と変わらない……、正々堂々というか、バカ正直というか」


「そういうお前は、相変わらず嫌な攻め方をする。姑息というか、卑怯というか。俺は、ああいう攻め方は好かん」


 過去一度も、キースがリアムに勝てた事はなかった。


 いつも飄々とし、リアムが真面目に剣を練習するところなど、キースは見たことがなかった。それなのに騎士団の模擬試合では簡単に勝ち進む。


 当時はリアムこそ剣の天才だと思っていた。


 嫉妬もしていたのだと思う。何でも卒なくこなし、前を行くリアムに嫉妬し、追いつきたいと足掻いていた。しかし、リアムも陰で努力を重ねていたのだと、今ならわかる。練習を怠った者に、あんな剣(さば)きが出来るはずがない。


 差し出された手を掴み、起き上がる。地面に胡座(あぐら)をかき座ったキースの隣にリアムも、足を投げ出し座る。


「アイシャと婚約するのか? 夜会の招待状が届いた」


「あぁ……」


 長い沈黙が落ちる。


「アイシャを幸せにしてやってくれ。彼女が傷つくことがないように、守り抜くと誓ってくれ」


 何だよ…それ……

 アイシャを幸せにしてくれだと……

 お前はアイシャを愛しているのではないのか?


「お前はそれでいいのか? お前だって、アイシャを愛しているんだろう?」


「……あぁ。たまらなく好きだよ。誰にも、キースお前にも渡したくないと思う程に愛している」


「なら、どうして……、そんな無責任なこと、言えるんだ!」


 絞り出すように言ったキースの言葉に、リアムの瞳が揺れる。感情の読み取れない瞳に一瞬だけ宿った強い光に、キースは息を呑む。


「アイシャは、私にとって特別な存在なんだよ。私の人生を変えたのは間違いなく彼女だ。貴族の(しがらみ)に囚われ、夢を諦めかけていた私に言った彼女の言葉が全てを変えた。アイシャの柵に囚われない自由な考え方や、夢を実現させるために行動出来る強さに惹かれたのだと思う。そしてあの屈託のない眩し過ぎる笑顔に」


 一瞬だけリアムの瞳に宿った強い光が消えていく。全てを諦めたかのような『無』へと。


「私は、彼女の笑顔を己の手で奪ってしまった。許される事ではない。今、アイシャはキースの側で、昔みたいに笑っているのだろう?」


 アイシャは俺の側で笑っているのだろうか?


 無理をして微笑むアイシャ。彼女の心には、今でもリアムがいる……


「あぁ。アイシャは俺を愛してくれている」


「――――そうか」


 前を見据えたリアムの瞳からは、何の感情も読み取れない。まるで全てを諦めたかのように、淡々と語るリアムに苛立ちが募る。


「……なぜ、何故なんだリアム!! お前は本当にそれでいいのか!? 俺にアイシャを奪われて、それでいいのかよ!!!!」


 心の中で燻り続けた怒りが噴き出し、キースはリアムの胸倉を掴み立ち上がる。


「お前のアイシャへの想いは、そんなものなのか!! 俺に奪われてもいいのかよぉぉぉ……」


「奪うだけが愛じゃないだろ。アイシャの幸せを願い、身を引く愛もあるんじゃないのか」


 リアムがキースの手を掴み引き剥がす。


「キース、アイシャを頼む」


 踵を返し、リアムが立ち去る。段々と小さくなるリアムの背を見つめ思う。


 俺はリアムのようには思えない。愛する女性の側にいてこその愛ではないのか……


 やるせない気持ちを胸に、リアムに背を向けたキースは歩き出す。『俺は、ずっとアイシャの側にいる』と心に誓いながら。


 

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