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破滅の足音【グレイス視点】

『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎えるだろう。これは避けられぬ運命である』


 これで邪魔者は消え去り、わたくしはヒロインとして、大好きな乙女ゲームの世界に返り咲く。


 ノア王太子から『さきよみの力』を披露するように言われたグレイスは、内心マズい事になったと思っていた。なにしろ、ドンファン伯爵の身内だけに行ってきた予知とは訳が違うのだ。己を疑っている相手に行う予知は危険が伴う。しかも、王族相手だ。予知が『インチキ』だと露見すれば、極刑は免れない。


(でも、今までだってドンファン伯爵が上手くやっていたじゃない。今回だって、きっと上手くいく)


 グレイスは、不安を打ち消すように笑みを浮かべると、豪奢なソファへと腰かけ、ワインを一口飲むと、王城で捕らえられている間に考えた『アイシャ抹殺計画』のシナリオを頭に思い浮かべる。


 アイシャを始末出来る予知をしたのは我ながら上出来だったと思う。邪魔者を排除しつつ、白き魔女としての力も示す事が出来るなんて、一石二鳥のアイディアだ。


(後は、ドンファン伯爵に命じ、さっさとアイシャを殺して仕舞えばいいだけ。いつものように……)


 しかし、アイシャだけを殺すとなるとドンファン伯爵側に疑いを掛けられる可能性が残る。そこで登場するのがリアムだ。

 

『リアムとグレイスの婚約が決まったことで、リアムに捨てられたアイシャは、性格に難ありのアバズレ令嬢と社交界で噂されている。リアムを恨んでいたアイシャは、恨みを晴らそうと彼を呼び出す。しかし、返り討ちに合い、彼の持っていた剣で刺され倒れるアイシャ。しかし、最後の力を振り絞り立ち上がったアイシャは、彼女が死んだと思い背を向けていたリアムに短剣を突き刺す。そして二人は絶命しました』とさ。


――――なんて、シナリオはどうかしらね?


 我ながら良い策じゃない。

 私が目指すハーレムエンドに赤髪のリアムがいないのは寂しい気もするが、仕方ない。


 リアムは、今でもアイシャを愛している。


 ヒロインであるわたくしに(なび)かない男なんて、死んで当然よ。


 最押しのキース様もノア王太子もアイシャさえ死ねば、目を覚ます。本来あるべき姿に戻った乙女ゲームで、彼らが私に夢中にならない筈がない。


――――だって、この世界のヒロインは『グレイス』。私なんですもの。


 静まり返ったドンファン伯爵邸に、グレイスの不気味な高笑いが響く。ひっそりと静まり返った伯爵邸の違和感に、悦に入ったグレイスは気づかない。己のお気に入りの奴隷たちですら、側に侍っていないという事実に。


 真っ赤なワインを一口あおり、ゴクっと飲み下せば、口内に独特の苦味が広がり、胃が熱く燃え上がる。徐々に酩酊していく脳は、グレイスを心地よい夢の世界へと(いざ)なう。


 悪役令嬢アナベルと婚約したノア王太子も真実の愛に目覚め、ヒロインであるグレイスを愛するようになる。アナベルを追放し、グレイスが王太子妃となり、(かたわ)らに愛人としてキースを(はべ)らせる未来が始まる。


(あぁぁぁぁ……、あのスチルが見られないのは、少し残念だわ)


 玉座に座ったノア王太子の膝に座り、右手をキースに、左手をリアムに取られ口付けを受ける美麗なシーン。


 金、青、赤の攻略対象者に(かしず)かれたグレイスの恍惚(こうこつ)とした表情。あのシーンを再現出来ないのは非常に残念ではあるが、本来あるべき乙女ゲームの姿に戻すには、必要な犠牲だ。


 ソファから立ち上がったグレイスは、ふらつく足はそのままに扉へと向かう。


 さぁ、最後の仕上げをしよう。


 静まり返った廊下へと出たグレイスは、夢心地のまま、ドンファン伯爵の執務室へと歩みを進めた。





「それで、お前はどんな予知をノア王太子の前で披露したんだ?」


 豪奢な椅子に座り執務机に頬杖をついたドンファン伯爵が、グレイスを睨む。仄暗い瞳を己へと向けるドンファン伯爵の様子に。わずかな違和感を覚える。


(――――あら? この男はどうしちゃったのかしら?)


 いつもの舐め回すような卑しい目つきは鳴りを潜め、暗く(よど)んだ瞳をグレイスへと向けるドンファン伯爵。目の下の(くま)は濃く、今までの傲慢で自信に満ちた姿は見受けられない。


 別人の様に変貌したドンファン伯爵の姿を見て、嫌な予感がグレイスの脳裏をかすめる。


 何か、マズい事でも起きたのかしら?


「ノア王太子に披露した予知ねぇ……、実現するのは簡単よ。いつものように、裏界隈のボスを使って、ゴロツキを数人手配すれば簡単に達成出来る予知よ。アイシャ・リンベル伯爵令嬢とリアム・ウェスト侯爵令息を痴情のもつれに見せかけて殺害すれば終わりよ。晴れて、わたくしは『白き魔女』として認められるわ。二人を殺すだけなんて、簡単でしょ?」


「な、なんて事をしてくれた!! まんまとノア王太子の策略に乗せられおって」


 激昂したドンファン伯爵が執務机を叩き、立ち上がるとわめき散らす。


「グレイス! お前は何もわかっていない!! よりによってノア王太子の近しい人物の予知をするなど、捕まえてくれと言っているようなものだ。しかもアイシャとリアムを殺すだと……、お前は馬鹿なのか!!」


「お、お父さま、何を言っているの。今までだって、今回の予知より難しい案件を成功させてきたじゃない」


「今までの予知とは、訳が違う。王族を相手にするんだぞ!! ノア王太子は持てる権力を総動員してアイシャの守りを固めるだろう。そんな女をどうやって殺すと言うのだ。よくも二人を殺すのは簡単な事だと言えたな! 今や、子飼いのゴロツキですら自由に扱えんと言うのに。私達の悪事が王族に知れ渡った今、逃げねば命も危うい。お前の白き魔女ごっこには付き合いきれん!!」


「ちょっ、ちょっと待ってよ……」


「うるさい、うるさい!! 白き魔女と言う情報に踊らされ、お前を養女に迎えたのが、そもそもの間違いだった。私は隣国に逃げる。勝手にすればいい。お前との親子関係も、すでに解消した。お前はドンファン伯爵家の娘でも何でもない。白き魔女でもないお前は、役にも立たん。早々に、この家を出て行け!!」


「なんですって!!!! 今さら私を捨てるって言うの! 散々、白き魔女の恩恵を受けて、甘い汁を(すす)って来たじゃない。勝手な事言わないでよ!!」


「私はお前に騙されたのだ。どうせ、幼い時にした予知だって、上手く裏工作していただけだろう。初めから『さきよみの力』など無かった癖に、上手く騙してくれたもんだ。お前さえいなければ私の人生は順風満帆だった。さっさと荷物をまとめて屋敷から出て行け」


 私を使い散々甘い汁を啜った癖に、今さら捨てるなんて許さない。


 この世界の支配者はヒロインである私よ!


 悪役令嬢に操られる下っ端の癖に、ヒロインである私に逆らおうなんておこがましい。私の意思を実行出来ない雑魚なんて乙女ゲームの世界に要らないわ……


 ワゴンに置かれた果物用のナイフが目に付く。グレイスはワゴンに近づきナイフを手に取ると、歩き出す。背を向け窓辺に立つドンファン伯爵は、ゆっくりと近づくグレイスに気づかない。あたかも、初めからこの世界にグレイスが存在して居なかったかのように振る舞うドンファン伯爵の姿に、ドス黒い感情がグレイスの心を満たしていく。


 グレイスこそが、この世界のヒロイン。


 この世に生を受けた時からグレイスの心の中で居座り続けていた凶器が、噴き出した怒りと共に、目を覚ます。


 この世界に不要なのはドンファン伯爵、貴方よ!


 グレイスはドンファン伯爵の背をめがけ、思い切りナイフを振り下ろした。






「お呼びでしょうか? グレイスお嬢様」


「セス、この男の後始末はお願いね。あと、やって欲しい事があるの」


 執務室の惨劇を見ても眉ひとつ動かさないセスの態度を見て、昂ったグレイスの心が凪いでいく。


 最後に私の味方になってくれるのはセスだけ……


 グレイスはしたためた二通の手紙をセスへと渡す。


「わたくしが指示を出したら、この手紙をアイシャ・リンベル伯爵令嬢とリアム・ウェスト侯爵令息に届けて欲しいの。ふふふっ……、貴方も知っているでしょ。町外れにある隠れ家。愛し合う二人の最期には相応しい場所ではなくって?」


 何もない朽ちかけた屋敷。ヒロインの座を奪ったあの女の最期には、相応しい場所だ。


「……セス、貴方までわたくしを裏切らないでね」


「かしこまりました。グレイスお嬢様」


 グレイスは、(かしず)くセスの手を取り、彼の麗しい手の甲へと口づけを落とした。


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