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心に巣食う狂気【ノア視点】

「では、クラレンス辺境伯領での橋崩落事件が起こる数週間前に、ドンファン伯爵家と繋がりのある商会が大量の火薬を入手しているが、この事実は知っているか?」


「いいえ。当家と関わりのある商会は多くございますゆえ、どんな取引をしているかまでは把握し切れていないのが現状でございます。火薬を入手したのも、何処ぞの取引先から注文が入ったのかもしれませんな。売り渡してからの火薬が何に使われたかまでは、商会も把握してませんでしょう。もし仮に売り渡した火薬が橋の爆破に使われたとしても、買い手が商会に橋を爆破したいから火薬を注文したいなんて言いませんでしょう。売った物が犯罪に使われたとして、その責任を売り手にまで求めるのは、いささか無理があるのではありませんか?」


 小馬鹿にした様な物言いをするドンファン伯爵を、ノアは冷めた目で見つめる。


 やはり認めはしないか……


 数日前に、ドンファン伯爵の子飼いから入手した帳簿を見つつ、これだけでは罪を認めさせるのは難しいと判断した通りの展開になっている。


 リッツ伯爵家とダントン子爵家の婚約話にしても、ダントン子爵がドンファン伯爵から脅され、ロイをリアナに焚きつけたと暴露しない限り、裏でドンファン伯爵が暗躍していた事実を立証する事は難しい。


 橋の崩落事件に関しても犯人が捕まっていない現状では、いくらでも言い逃れは出来てしまう。


 グレイスが白き魔女では無いと立証出来ないのが現実だった。


(これ以上の立証は、難しいか……)


 グレイスの婚約者となり、ドンファン伯爵の裏の顔を探ってきたリアムも限界だろう。ドンファン伯爵の子飼いを(そそのか)し、得た証拠を全て吟味したが、裏帳簿やドンファン伯爵に弱みを握られた貴族の証文、奴隷取引、違法麻薬の斡旋(あっせん)の証拠を突き付けた所で、全ての罪を子飼いに押し付け、トカゲの尻尾切りをされてしまえばお終いだ。

 

 しかも、子飼いの男は、リアムに渡した証拠以外にも、ドンファン伯爵の関わった罪の証拠を隠し持っている様だが、後々、それを使いドンファン伯爵を裁く事が出来ても、グレイスが白き魔女を(かた)った証拠にはない。グレイスを罪に問う事は、難しい。


『グレイスお嬢様は、アイシャ・リンベル伯爵令嬢に並々ならぬ憎悪を燃やしておいでです。それこそ、この世から消えて仕舞えば良いと考える程に』


 セス・ランバンの言葉が、ノアの脳裏に(よみがえ)る。


 こちらから罠を仕掛けるしかないのだろうか。アイシャが危険にさらされる事になっても……


 最悪の事態を想定して、ノアの心臓が軋む。


「確かに、ドンファン伯爵の言う通りではあるな。私が述べた事は、推察の域を脱しない。グレイス、貴方が白き魔女を騙り、裏でドンファン伯爵が暗躍している証拠はない」


「では、ノア王太子殿下は、わたくしを白き魔女と認めてくださるのですね!!」


 グレイスが満面の笑みを浮かべ、声を張り上げる。


「いや……、今の段階では、貴方を白き魔女として認める事は出来ない」


「何故ですか? 貴方様は怪しいと言うだけで、証拠もないのに人を罰するのですか? わたくしの力は本物でございます。わたくしこそ、本物の白き魔女でございます!!」


 目の前のグレイスが涙をはらはらと流し、訴える。その様子に周りの出席者達が響めき出す。


(流石に、こちらの不利であるか……)


 心の中は真っ黒でも、憐憫(れんびん)を誘う演技は、お手の物か。数々の男共を(たら)し込んで来ただけの事はある。国の重鎮と言えども、グレイスの演技に騙され、援護する者も現れよう。


 やはり、仕掛けるしかないのか……


「――――では、一つ提案がある。私は自分の目で見たものしか信じぬたちでな、もし貴方が私の前で『さきよみの力』を披露し、それが現実となったなら、貴方が本物の白き魔女と認めよう。グレイス、貴方にそれが出来るかな?」


 グレイスが黙り込む。


 さて、彼女はどう出るか……


「わかりました。出来るかは分かりませんが、やって見ます。少しお時間を頂けますか?」


「時間は幾らでもある。貴方の予知のイメージが湧くまで、待とうではないか。ただし、不正を防ぐためドンファン伯爵との接触は、貴方の予知が終わるまで絶たせてもらう。貴方の身は王城で預かり、ドンファン伯爵にはお引き取り願うが良いか?」


「もちろんでございます」


 近衛騎士に連れられ、グレイスが退出して行く。その背を見つめ思う。


『願わくば、私の大事な人が巻き込まれる事態にならないように』と。





 グレイスが貴賓室へと籠ってから数日後、執務室で仕事を片付けていたノアへと一通の手紙が手渡された。王家の紋章が刻印された封筒と便箋は、予知のためグレイスへとノア自ら手渡した物だ。決して偽装が出来るものではない。


 仕事の手を止め、椅子から立ち上がったノアは陽の光が差し込む窓際へと向かい、届けられた封筒の封を切り、便箋を取り出し開く。


『アイシャ・リンベル伯爵令嬢は、愛する者の手で死を迎えるだろう。これは避けられぬ運命である』


 侍従を通しグレイスから届けられた手紙を読み、深いため息をこぼす。


(やはりグレイスは、アイシャを殺すつもりか……)


 ノア自身が仕掛けた罠だったとしても、大切な女性が標的にされた事実に、心にわずかな動揺が走る。


 アイシャが危険に晒されるとリアムが知ったら、彼はどう出るのか……


 アイシャとリアムの仲を裂き、悪女と婚約させた上、愛する女性を危険にさらす可能性を秘めた罠をグレイスに仕掛けたと知ったら、リアムは激昂するだろう。


 リアムはただひたすらにアイシャの幸せを願っている。たとえ自分の想いが報われないとしても。


(私は、最期まで愛し合う二人に酷い仕打ちをするのだな……)


 リアムに対するアイシャの想いに気づいた時に、己の中に生まれた狂気。どんなに想いを寄せても、アイシャとは結ばれないと思い知ったあの時、自分は何を思った?


『なぜ、自分だけが我慢しなければならないのか』


 王族でなければ、王太子という立場でなければ、そして、アイシャの愛する人が、己の治世では欠かせない存在となる神童、リアムでなかったなら。考えれば考えるほど、己の置かれた立場や、報われることのない想いに、憤りだけが心の中に蓄積していった。


 結局のところ、愛する二人を引き裂くことでしか、己の心に積もった怒りを収めることが出来なかったのだ。そして、暗く濁った心を慰めることが。


(私は、弱いな……)


 愛するアイシャと引き離されてなお、アイシャのことを想い、泥を被り続けるリアム。きっと、リアムは、アイシャが幸せであれば、己がどうなっても構わないと思っているのだろう。たとえ、アイシャと結ばれる未来がないとしても、彼女が幸せであればそれでいいと。


(愛する女性の幸せを願い、身を引くなんて芸当……、私には出来ないな。きっと私は、一生リアムには勝てない)


 リアムの様にはアイシャを愛せない自分に、自嘲(じちょう)するしかなかった。


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