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セス・ランバンの思惑

「何なのよ!! あの女は!!!! 私はこの世界のヒロインよ! モブでもないくせに……、キースもリアムも、私を差し置いて、アイシャ、アイシャって!! あぁぁぁぁ、ムカつく!!!!」


 部屋から聴こえてくるグレイスの金切り声に、セスの口元に浮かんだ笑みが深くなる。


(どうやら、計画は上手くいっているようだ)


 もうすぐ己の手の中へと堕ちてくるであろう少女のことを思えば、セスの笑いは止まらない。漏れそうになる笑いを堪え、荒れ狂うグレイスの奇行を影からつぶさに観察する。


 ドンファン伯爵といい、グレイスといい、血の繋がりはないはずなのに、どこか似たところを感じるのは、二人が根っからの悪だからなのだろうか。


 王城から遣わされた使者がもたらした命令書に、荒れ狂ったドンファン伯爵の奇行を思い出し、セスはそんなことを考える。


(王太子殿下も、酷なことをなさる)


 真の主人(あるじ)である王太子の顔を頭に思い浮かべ、苦笑をもらす。


 セスがドンファン伯爵家で執事見習いとして働きだしたのには、ある特殊な経緯がある。ランバン子爵家の長子であるセスは、伯爵家如きの執事として働く必要など全くないのだが、ランバン子爵家は、一般的な子爵家とは立場が異なる。


 ランバン子爵家は王家の諜報活動を一手に担う、裏の顔を持つ。もちろん、王家にはお抱えの諜報部隊も存在するが、時の王がランバン子爵家当主と『血の契約』を交わす事でのみ得られる情報は、多岐に渡り、治世をも左右する力があると言われている。

 

 しかし、ランバン子爵家当主は、主人(あるじ)となる王を、仕えるに足る者として認めなければ、『血の契約』を交わす必要はない。代々の当主の中には、時代の王と契約を交わさなかった者もいるらしい。その時の王は、ランバン子爵家に見捨てられ、早々に失脚したと伝えられている。


 情報を制する者が、世界を制す。それを示す良い教訓でもある。


 セスは、王命にて、ドンファン伯爵家へ執事として潜入し、内部情報を探るよう、当主である父から命じられていた。昔から黒い噂の絶えないドンファン伯爵の弱味を握り、奴を手駒とするための布石を打つ潜入だった。長子として、次期ランバン子爵としての力を試すための任務でもあったのだろう。

 

 執事見習いとして潜入し、着実にドンファン伯爵の信頼を得ていったセスは、裏界隈のボスとの伝令役を頼まれるまでになっていた。あれから数年が経ち、執事見習いからドンファン伯爵家を取り仕切る執事へと昇格した頃、ある小さな村に住むグレイスという少女が『白き魔女』かもしれないという情報を耳にした。


 伝説的な白き魔女の噂など眉つばモノだと思い、放置していたセスだったが、何処で耳にしたのかドンファン伯爵が、彼女を養女にすると騒ぎ出した。噂の真相がどうであれ、ドンファン伯爵にとっては、利用価値のある良い獲物だったのだろう。グレイスという少女が、奴の毒牙にかかろうと所詮は他人事。あの時までは、憐れな少女に何の感情も抱いていなかった。


――――そう、ドンファン伯爵と共に訪れた小さな村で、グレイスに出会うまでは。


 グレイスを見て衝撃を受けた。ピンクブロンドの髪に、エメラルド色の瞳の少女は、みすぼらしい格好をしているにもかかわらず、絵画の中から飛び出してきた女神かと見紛うほどに美しかった。


 一目惚れだった。


 ドンファン伯爵の卑しい笑みに晒されて、エメラルド色の瞳が不安で揺れる。母親らしき女の影に隠れ、今にも泣き出しそうな顔でドンファン伯爵を見つめるグレイスの姿を目で捉えた時、セスは二度目の衝撃に襲われた。


 あぁぁぁぁ、あの少女を支配したい……


 セスの中の凶器が、目を覚ました瞬間だった。


 『愛と凶器は紙一重』か……

 もうすぐ、グレイスの恐怖に歪む顔を見ることが出来る。


 信頼していた私に裏切られたと知った時、彼女は私を詰るのだろうか?

 私に囚われ、一生私だけに支配されると知った時、彼女は恐怖に怯えるのだろうか?


 ノア王太子と『血の契約』を交わした。グレイスの人生をもらい受ける代わりに……


 あの男は、狡猾な側面を持つ。ウェスト侯爵家のリアムがリンベル伯爵家のアイシャに想いを寄せているのを利用して、グレイスの白き魔女としての真価を探るためだけに、グレイスの婚約者に据えた。


 グレイスへの執着をノア王太子が知っていたかどうかは分からない。しかし、結果として奴は『血の契約』を結ぶことに成功した。


(王になるには、運も必要か……)


 あの男は、次期王としての狡猾さも、運の強さも兼ね備えている。この国の未来は安泰だろう。しかし、ノア王太子の黒く濁ったあの瞳は、己の欲と同類のモノ。あの瞳の奥に見え隠れするモノは、醜い嫉妬心と支配欲。奴もまた、こちら側の人間だということだ。


――――手に入らないなら壊して仕舞えばいい。


 そんな欲望が見え隠れする狂気的な瞳。果たして、あの瞳を向けられているのは誰なのか。


(まぁ、グレイスさえ手に入れば、ノア王太子の治世がどうなろうと、私には関係ない)


 怒り狂っていたグレイスを思い出し、笑いが込み上げてくる。

 

 アイシャが一人で町に出掛ける日時を掴み、その情報をグレイスに流した。奇しくも、裏界隈のボスとリアムが密会する日と重なるなんて、運命の悪戯としか言いようがない。


 グレイスの怒り狂った叫び声を聞く限りだと、アイシャをゴロツキに襲わせる計画は失敗したようだ。もしかしたら、リアムかナイトレイ侯爵家のキース当たりが助けに入ったのかもしれない。


 アイシャにも色々と影の者がついているようだし、グレイスが考える計画など、所詮は穴だらけ。上手く行くはずもない。


 さて、今後グレイスの立場は着実に悪くなって行くだろう。ドンファン伯爵の命も風前の灯火だ。


 あとは、転落したグレイスが、己の手の中へと堕ちてくるのを待つのみ。


『チリンチリン』


 グレイスがセスを呼ぶベルの音が、静まり返った廊下に響く。


(今は忠実な執事を演じてあげよう。貴方が、私の手に堕ちるまでは……)


 今後の展開を想像し、黒い笑みを浮かべたセスは、グレイスの部屋の扉をノックした。


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