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夜のしじま

――――っいやぁぁ、リアム行かないで……


 夢と現実の境が分からなくなる。


 背を向けたリアムの腕に絡みつく手。ピンクブロンドの髪の女の口角が上がり、リアムの頬へと手を伸ばす。地面へと崩折れ、リアムへと手を伸ばすアイシャを嘲り笑う女。リアムの唇がゆっくりとグレイスの唇に近づいていく。


(イヤよ、やめて!! 彼はわたくしの――――)


 重なった二人の唇を見た瞬間、地面が波打ち、崩れ落ちる。身体が落ちていく。必死に手を伸ばしても、二人に届くことはない。声にならない叫びをあげた時だった。バチりと目が開き、見慣れた天井がアイシャの視界に飛び込んでくる。イヤな汗を大量にかいたせいで、寝間着がグッショリと濡れていた。泣いていたのか、寝起きだからなのか、わからないが、目元が腫れぼったい。


 悪夢から解放されたと言うのに、アイシャの心臓は早鐘を打ち、夢の中の光景が頭にこびりついて離れない。


(眠れそうにないわ……)


 リアムに捨てられる夢を、何度も繰り返し見ては、真夜中に飛び起きる。そんなことを繰り返していれば寝不足になり、日中もボーッとしては、キースに心配される日々を、アイシャは送っていた。

 

 アイシャの手の怪我はとうの昔に治り、普段通りの生活に戻っていたが、日中の彼女の様子がおかしな事を心配したキースは、アイシャをナイトレイ侯爵家から解放する気はない。


(本当、迷惑ばかりかけて、何をやっているのよ)


 落ち込みそうになる気持ちを振り払うため、ベッドの縁に腰掛け、頭を振る。

 

(寝られそうにないし、気分転換に隣の部屋へ行こう。喉も渇いたし、確か……、隣の部屋に水差しを置いてくれていたはず)


 ベッドから立ち上がったアイシャは、続き部屋への扉を静かに開けると、居間の中を覗き込む。


(キースは、居ないわね? 居間の扉越しにキースの寝室だなんて、本当嫌になっちゃう)


 この部屋が夫婦のプライベート空間だと、知らされてからアイシャの気持ちは落ち着かない。特に何かあったわけではない。しかし、誰にも邪魔されずに、行き来が出来るという状況は、精神衛生上よろしくない。


(こんな状態だから、緊張して眠りも浅くなるのよ! 変な夢を見るのは、全部キースのせい!! さっさと、リンベル伯爵家へ帰った方がいいわね!)


 そんな八つ当たりをキースにしつつ、扉を開け、居間へと入ったアイシャは、ソファに座りコップに注いだ水を一気にあおった。





「アイシャ、寝られないのか?」


 突然、背後からかけられた声に驚いたアイシャは、肩を震わせ、慌てて振り向く。ソファに寄り掛かり天井をボーッと見上げていたアイシャは、背後にキースが立っていたことに気づいていなかった。


「キース様、ごめんなさい。うるさかったかしら? 起こしてしまったみたいね」


「いや、違う。うるさくなんて、なかったよ。――――最近、寝られていないだろう? よくここで、一人ボーッとしていたよな。今みたいに。ずっと声をかけられなかったが、日中の様子が、あまりにも辛そうだったから」


 横に座ったキースに顔を覗き込まれ、心配そうにアイシャを見つめる瞳とぶつかる。


(キースには、全てバレていたのね)


「大丈夫よ。ちょっと繰り返し悪夢を見ているせいで、深く寝られていないだけ。心配かけて、ごめんなさい」


「ひとつ聞いてもいいか? あの日、アイシャが町でゴロツキに襲われた時、アイシャを助けたのはリアムだったのか? アイシャが剣を嗜んでいるとは言え、ゴロツキ三人は一人では倒せないだろう」


 キースは知っていたのね。あの場にリアムが居た事を……


「えぇ。私を助けてくれたのは、リアム様でした。ゴロツキ三人を倒したのも」


「俺が駆けつけた時、気を失ったアイシャの側に落ちていた短剣。あれは、俺とアイシャが騎士団で戦っていた時に持っていたものだろう?」


「はい。リアム様に剣を師事していた時に、もらいました。それを護身用に持っていただけですわ」


 心にわずかに走った痛みを無視し、ただの護身用の短剣だと言い募る。


「あれは、リアムが幼少期に愛用していた短剣だった。あの短剣はアイシャにとって何よりも大切なものだったんだね」


「いえ……、そんなことは――――」


「三日三晩、目を覚さなかった間中、ずっと離さなかったんだよ。その短剣を……、アイシャはリアムを愛しているんだね。今もそれは変わらない?」


 どうしても頷くことが、出来なかった。

 

 肯定も否定もせず、ただ前を見据え、なにも言葉を発さないアイシャをキースが抱き寄せる。


「――――泣いているのも気づいていないんだね」


 泣いている?


 それが全てを物語っていた。今でもリアムを愛していると……


「アイシャの心からリアムを追い出すのは難しい。でも、俺はあきらめない。貴方の心にリアムが住みついていても、アイシャが俺の側にいてくれるならそれで良い。今はそれで構わない。だから、もっと俺に寄りかかれば良い。泣きたければ、泣けばいい。全て受け止めるから……」


 限界だった……

 

 ぎゅっとキースに肩を抱き寄せられ、張りつめていた緊張の糸がプツンっと切れる。頭が真っ白になり、なにも考えられない。


(いいや、もうなにも考えなくていいんだ……、キースに寄りかかったっていい。泣いてもいいんだ……)


「悲しかった。辛かった。苦しかった……、全て忘れてしまいたい……」


「忘れてしまえばいい」


 涙で滲む視界いっぱいに、キースの顔が迫る。


「俺に全て委ねてしまえばいい」


 しゃっくりを上げる吐息ごと、アイシャはキースに唇を奪われていた。深くなるキスに頭の中が真っ白になり、意識が混濁していく。定まらない視界の先、キースが柔らかく笑った気がした。


 それが夢だったのか現実だったのかさえ、わからない。


 翌日、陽の光に包まれた寝室のベッドの上、久々にスッキリ目覚めたアイシャは、昨夜の出来事を思い出し、悶絶することとなる。


(キスしたとこまでしか、記憶がないよぉぉぉぉ……、どんな顔して、キースに会えばいいの!!)


 ベッドに突っ伏しジタバタするアイシャを見て、専属侍女がニヤニヤしていたなんて、まったく余裕のなかったアイシャは気づかない。もちろんナイトレイ侯爵夫人に報告済みだなんてことも。



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