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あふれ出す想い

 呆然と立ち尽くすアイシャへと、リアムがゆっくりと近づいて行く。


「アイシャ、無茶し過ぎだ」


 目の前のリアムは、辛そうに顔を歪めると、立ち尽くすアイシャの肩を引き寄せ抱きしめた。


 何も考えられなかった。


 言葉を紡ぐことも出来ず、声にならない吐息だけが、空中へと霧散していく。リアムに捨てられてからの数ヶ月、辛く苦しい日々の中、何度も考えた疑問や恨み言は、彼の瞳を見た瞬間に頭の中から消えていた。リアムの温もりと懐かしい匂いに包まれ、アイシャの瞳から涙があふれ、頬を伝い落ちていく。


 リアムが好き……


 ただただ、時間が止まればいいと思っていた。


「アイシャ、すまなかった。君がこんな無茶をしたのも、全て私のせいだ。グレイスの後を追っていくアイシャを見た時、生きた心地がしなかった。本当に間に合って良かった」


 グレイス……


 その言葉がアイシャの中のドス黒い感情を呼び覚ます。


『バシンっ!!』


 アイシャはリアムの胸を押しのけると、手を振り上げ、彼の頬目掛け思い切り振り下ろした。耳障りな破裂音が、空虚な空へと響き、消えていく。


「なんで、よけないのよ!!!!」


 涙でボヤけて霞んだ視界に写るリアムを睨み、アイシャはありったけの力を込め、彼の胸を叩く。


「貴方だったら、簡単によけられるじゃない!!」


 悲鳴をあげる心のままに、もう一発リアムの頬を打つ。それでもリアムは抵抗すらしない。

 

 そんなリアムの態度にアイシャの怒りが爆発した。


「何なのよ……、貴方にとって私は何なのよ!! (もてあそ)んで、私の心をズタズタにしておいて、助けるなんて。貴方は何がしたいのよ!!!!」


 とうとう力尽きたアイシャは、その場へとへたり込み、地面に両手をつき泣きじゃくる。


「アイシャ、本当にすまなかった。君に何も言わず婚約者候補を降りたことも、グレイスと婚約したことも。散々、苦しめてしまった。社交界でのアイシャへの誹謗中傷の原因を作ったのも私だ。君を傷つけ、苦しめることもわかっていた。でも、やり遂げないといけないんだ。未来のために……」


「なんの未来があるって言うのよ!! 貴方に捨てられた私になんて、なんの未来もないわよ! リアムにとって私は、踏み台でしかないんでしょ。せいぜい、グレイス嬢と幸せな未来を築けばいいじゃない。捨てた女なんか助けないで、見殺しにすれば良かったのよ!!!!」


 傷ついたような顔をして、アイシャの肩を掴み言葉を紡ぐリアムの胸を力任せに叩き続ける。


「見殺しになんて出来るわけない!! 今でも、こんなに愛しているのに……」


「――――えっ!? 愛している?」

 

 リアムの言葉に、アイシャの動きがとまる。放心状態のアイシャを抱き寄せ、リアムが言葉を紡ぐ。


「アイシャ、愛しているんだ。貴方と過ごした客船での最後の夜、言ったことは全て本心だ。私は本気でアイシャとの未来を考えている。君と結婚する未来を。そのためには、ノア王太子とキースにアイシャを諦めてもらうしかないと話したね」


 船上最後の夜、リアムとアイシャの結婚には、王家とナイトレイ侯爵家の許可が必要であると聞いた。そして、今の状況では二家が二人の結婚を認める事はないだろうとも。しかし、ノア王太子とキースが婚約者候補から降りさえすれば、その二家からの結婚の許可は必要なくなる。だからこそ、リアムは二人を説得すると、アイシャに言ったのだ。


「私はアイシャと客船で別れてすぐ、王城へ向かった。そしてノア王太子と会い、取り引きをすることになったんだ。ノア王太子が婚約者候補を降りる代わりに、私がグレイス・ドンファン伯爵令嬢と婚約すると」


「何よそれ……、じゃあ、リアムはノア王太子との取り引きでグレイス嬢と婚約したって言うの? 意味が分からないわ。私と結婚するために、どうしてグレイス嬢と婚約しないといけないのよ。リアムが言っている事も、ノア王太子の要求も意味不明だわ。いったい貴方達は何がしたいのよ!」


 リアムの意味不明な言動に、色々な事が起こり過ぎて疲弊したアイシャの頭は、さらに混乱する。嫌々と頭を振るアイシャを宥めるように、リアムの手がアイシャの背を優しく叩くが、そんなモノは何の慰めにもならない。


「まぁ、今の話だけでは意味不明な行動にしか思えないだろう。アイシャは、グレイスが巷で『白き魔女』と言われていることは知っている?」


「えぇ。さきよみの力があるとか……、その白き魔女の恩恵を受けるためにリアムは、グレイス嬢と婚約したんでしょ。私を捨てて!!」


「くくっ、違うよ………、グレイス嬢のさきよみの力はかなり怪しい点が多い。しかし、確固たる証拠がない現状では、彼女が白き魔女ではないと言えない。グレイスのさきよみの力がインチキだとしても」


「えっ?? グレイス嬢は白き魔女ではないの?」


「あぁ。白き魔女ではないと思う。彼女が行った『さきよみの力』は、あまりにも出来過ぎている。そして、ドンファン伯爵の近しい貴族の間でしか予知を行っていない。裏工作なんて幾らでも出来るものばかりなんだよ」


「でも、確か幼い頃に村で起こった天変地異を予言した事があったとか?」


「あぁ。ドンファン伯爵家へ養女として入る前に予知した出来事は、裏工作なんて出来るレベルのものではない。しかし、養女になってからの予知に関しては全て裏工作が出来る程度のものばかりだ。私が推察するに、グレイスは幼少期には確かに『さきよみの力』があったのかもしれない。しかし、現在はその力は失われていると考えている」


「では、社交界で噂されているような力をグレイスは持っていない」


「ノア王太子もそう考えているのだが、確固たる証拠がない。それを掴むために、私はグレイスと婚約したんだ。彼女が『白き魔女』では無いという証拠を掴み、ドンファン伯爵の悪事を暴くことが出来れば、ノア王太子は私とアイシャの婚約を認めると約束した。私はアイシャと結婚するために、ノア王太子の仕掛けたゲームに乗った。アイシャを傷つけ、苦しめると分かっていたが、君とどうしても結婚したかった」


「うそ、そんな事って……、何で、何で、もっと早くに教えてくれなかったのよ!」


 もっと早くに知っていたら、こんなに苦しまなかった。リアムを恨む事も無かったのに……


「そうだな……、もっと早くに伝えておくべきだった。アイシャを危険に晒さないために、私から遠ざけようとした事が、そもそもの間違いだった。アイシャが、私から離れさえすれば、グレイスやドンファン伯爵が、君に危害を加えることはないと考えて、何も伝えなかったことが仇になった。まさかグレイスがアイシャに仕掛けてくるなんて思いもしなかった」


 リアムの腕がアイシャの存在を確かめるかのように、強く強く彼女の身体を抱きしめる。わずかな痛みと、熱いほどの彼の体温に、アイシャの心も熱くなる。


「君がゴロツキに襲われているのを見た時、生きた心地がしなかった。もう、あんな無茶はしないでくれ。あと少しで全てが終わる。だから信じて待っていて欲しい」


 リアムがもう一度、アイシャを強く抱き締める。


(私はリアムをもう一度信じる事が出来るの? あんなに辛く苦しい思いを与えたリアムを信じる事など出来るの?)


 アイシャの脳裏を、夜会で見たグレイスとリアムのキスシーンがクルクルと回る。


(リアムは、他の女とキスをしても平気なの? 目的のためには手段を選ばないの?)


 アイシャの心がドス黒い感情に支配され、熱く燃え上がった心が、急速に冷えていく。


「――――もう、今の私は貴方を信じてあげられない。ごめんなさい………」


「それでも、私はアイシャを愛している」


 泣きじゃくることしか出来なくなったアイシャを抱くリアムの腕に力がこもる。しかし、その背に腕を回すことだけは出来なかった。


「アイシャ!!」


「キースなの……」


 放心状態のアイシャの耳に背後から迫る馬の足音と、自分の名を呼ぶ声が聞こえる。それと同時に、消え去った温もりに視線を上げたアイシャの瞳に、その場を走り去るリアムの背が写る。


 ただボンヤリとその場へと座り、泣き続けるアイシャを背後から優しく抱き締める力強い腕と温もり。それを感じた途端、アイシャの意識が遠のく。


(あぁ、全てを投げ出したい……)


 一連の出来事に、とうの昔に限界を迎えていたアイシャは、背後の温もりに身を任せ意識を手放した。


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