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予想外の襲来

 アイシャはリンベル伯爵家へと迎えに来たナイトレイ侯爵家の馬車に乗り、キースの暮らす王都にある侯爵邸へと向かっていた。


 王都の中心部から少し離れた丘の上にあるナイトレイ侯爵邸は、王都にあるのが信じられないほどの広大な敷地を有している。


 馬車がナイトレイ侯爵邸の門扉から入り、どれくらいの時間が経ったのだろうか。綺麗に整備された木々の間を抜け進む馬車は、未だに邸宅に到着していない。王都に広大な敷地を有しているナイトレイ侯爵家は、アイシャが想像する以上に、高い地位にいるのだろう。王直属の側近でもある騎士団長を家長とするだけのことはある。


(やっぱり、早く婚約解消してもらった方が、ナイトレイ侯爵家にとっても良いわよね)


 車窓から、木漏れ日注ぐ木々を眺めながら、そんなことを考えていたアイシャに声がかかる。


「アイシャ様、まもなく、エントランスに着きますので、ご準備を」


 馬車がゆっくりと停止し、外側から扉が開かれ御者の手を借り降りたアイシャは、思わぬ歓迎を受けることになった。


「まぁ! アイシャ様、お待ちしておりましたわぁ~」


(えっ……、誰?)


 アイシャの目の前には、大勢の使用人を従え優雅に微笑む、大層美しい令嬢が立っていた。美しいストレートの青髪に、水色の瞳のご令嬢は、白く、美しい顔をほんのりと紅に染め、アイシャを見つめている。着ている花柄のデイドレスも相まって、微笑み佇む令嬢は、まるで精巧に作られた人形のように可憐で、美しかった。


(これは、キースの本命のご令嬢様の登場ではないの?)


 キースの側をウロつく煩いハエ(アイシャ)を追い払いに来たというわけだ。


(それにしても、なんて可愛らしいご令嬢なの! ぜひ、お友達になりたいけど、無理よね……)


 目の前に立つご令嬢の美しさに、見惚れていたアイシャの沈黙に耐えかねたのか、青髪の令嬢が口を開く。


「まぁ、アイシャ様、緊張なさっているの? どうしましょう? あっ! そういえば、まだ名乗っていませんでしたね。わたくし、マーサ・ナイトレイと申します。以後お見知りおきを」


 花柄のデイドレスの裾を両手でつまみ、礼をする令嬢の美しい所作に見惚れながら考える。


――――マーサ・ナイトレイ………、ナイトレイ!?


「えっ!? キース様の姉君で、いらっしゃいますか?? ご挨拶が遅れて申し訳ありません。まさか、キース様の大切な姉君とは露知らず」


「えっ? 姉君? ぷっ――――っふふふ……」


 目の前の可憐な令嬢が、目に涙を溜め、お腹を抱え笑っている。その姿を見つめ、アイシャの頭の中で疑問符がクルクルと回る。


(私、何か変なこと言ったかしら?)


「アイシャ様、ごめんなさいね。まさかキースの姉と間違えられるとは思っていなくて。わたくしは、姉ではなく、キースの母です」


「えっ……、えぇぇぇぇぇぇ!!!! お母さま!?」


 あまりの衝撃に、よろめく。


 目の前の女性は、どう見積もってもキースより二、三歳上くらいにしか見えない。仮にナイトレイ侯爵がロリコンだとしても、目の前のご婦人の若さは尋常ではない。


「アイシャ様、何か変な事を考えていますね? ちなみに夫とわたくしは同じ年でしてよ」


「え、え、え、……、嘘でしょ」


 幼い頃に出会ったナイトレイ侯爵の顔を思い浮かべ、困惑する。


(あのクマみたいな侯爵と、同い年……、ありえない……)


「アイシャ様って面白い方ね。思っていることが、全て顔に出るんですもの。その分だと、社交界の噂はアテになりませんわね。キースに無理を言って、アイシャ様とお話をする機会を作ってもらって良かったわ。さぁ、行きましょう!」


 放心状態のアイシャの腕を、満面の笑みを浮かべたマーサがつかむ。


(あぁ、マーサ様って意外と力が強いのね。さすが、武闘派ナイトレイ侯爵家の奥様だわ)


 放心状態のアイシャは、ハンターに捕まった獲物の如く、がっちりとマーサに腕を組まれた状態で連行されることとなった。





「わたくし、アイシャ様にお会い出来ることを、とても楽しみにしておりましたのよ~」


 マーサにガッチリと腕を組まれ、豪華なエントランスを抜け連れてこられたのは、色とりどりの花々が咲き誇る庭園が見渡せるサンルームだった。開け放たれた窓からは芳しい花の香りが風にのり、鼻腔に届く。『いい香り〜』なんて、マーサから視線を外していなければ、平常心を保つことも出来ない。


 目の前では、人形かと思うほど可愛らしいご婦人がニッコニコ顔でこちらを見つめている。胸の前で手を組み、顔をコテンと傾けて微笑むマーサの姿は、拝みたくなるほど可愛らしく、変な意味で胸がドキドキしてくる。


(私、歓迎されているのよね?)


 あまりに友好的なマーサの態度に、『裏があるのでは?』と、疑心暗鬼になる心に、気持ちも沈む。リアムに裏切られてからというもの、好意を素直に受け取ることが出来ず、自己嫌悪に陥ってしまう。


「アイシャ様、緊張なさらないで。わたくし、アイシャ様にお会いして、お礼を言いたかったのです。ずっと――――」


「お礼ですか? わたくしは、何も……」


「いいえ、アイシャ様には感謝してもしきれないの。でも、その前に謝らせて。うちのバカ息子の幼少期からの行い、母として、わたくしが至らなかったばかりに、アイシャ様の身体も心も傷つけてしまい、本当にごめんなさい」


 その場に立ち上がり、深々と頭を下げるマーサに、慌ててアイシャも立ち上がる。高位貴族の、しかも侯爵夫人に頭を下げさせるなんて、とんでもないことだ。なんとか頭を上げてもらおうと、手を伸ばすが、彼女は頭を下げ続け、言葉を紡ぐ。


「バカ息子が、か弱い女性に剣を容赦なく打ちつけていたと聞いた時は、あまりの事に卒倒してしまいましたの。それなのに貴方様は、そんなキースを許し、助言まで授けてくださった。アイシャ様のおかげで、夫と息子の長年のワダカマリも解け、今では良好な関係を築いております。全てアイシャ様のおかげなのです」


 目の前の可憐なご婦人が、目に涙をいっぱい溜めて、微笑む。その様があまりに美しくて、アイシャは言葉を失う。言葉を発しないアイシャに、マーサはさらに畳みかける。


「わたくし、アイシャ様の婚約者候補にキースが名乗りを挙げたとき誓いましたの。必ずやナイトレイ侯爵家にアイシャ様をお迎えしようと。社交界で色々と囁かれている噂、あんなもの嘘八百だと分かっておりますわ。自身を害したキースをも許す、寛大で崇高な精神を持つアイシャ様が、男を誑かすアバズレなわけありませんもの!」


「お、お待ちください。身にあまる評価を頂き、嬉しい限りではありますが、社交界での噂の真偽は別として、私と関れば、ナイトレイ侯爵家の家名にも傷がついてしまいます。キース様のお名前にも」


「何を言いますか。ナイトレイ侯爵家の家名に傷がつく? そんなの屁の河童ですわ。ナイトレイ侯爵家の者は皆、アイシャ様の味方でございます。もちろん、キースは貴方様のことを誰よりも愛しく思っております。キースは、今まで色恋に全く興味がなく剣一筋でしたが、それもアイシャ様という女性が幼少期からいたからですわ。憎しみと愛は紙一重と言いますでしょ。あの子の長年の想い、受け取っては頂けないでしょうか?」


(こ、これは……、ナイトレイ侯爵夫人直々の、キースと婚約しろ攻撃かしら?)


 マーサの圧に、アイシャの腰が引ける。予想外の熱烈歓迎ぶりに困惑し、どう断りを入れようかと悩んでいると、お茶会の席にキースが乱入して来た。


「母上! 俺はアイシャと二人で会うことを許可した覚えはありませんよ。アイシャ、遅くなり申し訳ありません。母がアイシャをエントランスで勝手に迎えていると知り、慌てました。訪問時間は、午後だったはずでは?」


「えっ!? お迎えの馬車も、時間通りでしたが?」


 見上げた先に見たキースの顔が強張り、眼光鋭くマーサをキースが見据える。


「母上、謀りましたね?」


「お黙りなさい! 母に向かって謀ったとは何事ですか!! わたくしは、アイシャ様が家で伏せっていると聞いても、ウジウジと手をこまねき行動を起こさない貴方を心配し、一計を案じたのです」


「母上、それが余計なことだと言っているのです!」


「なんですって!? キース、そこになおりなさい!! 今やアイシャ様の婚約者候補はキース、ただ一人という絶好の機会をものに出来ていないのは、誰ですか! ナイトレイ侯爵家の次期当主としても恥ずかしい。少しは男女の駆け引きも学びなさい!」


 立ち上がりキースを睨みつけ、叱るマーサの迫力に圧倒される。可愛らしい女性だとばかり思っていたが、キースを説教する姿は、さすがナイトレイ侯爵夫人だと思わせるだけの貫禄があった。


「しかし……、母上が俺だけでなく、アイシャまで騙したことに、変わりありませんよ。俺は良いですが、アイシャには、きちんと謝って下さい。いきなりナイトレイ侯爵夫人に、事前の説明もなく出迎えられれば誰だって驚き、緊張もします。それに、母上は他人に容赦ありませんから」


「まっ!! 失礼な……」


 マーサの説教にも動じないキースの姿もまた、ナイトレイ侯爵家の次期当主としての貫禄を兼ね備えている。どちらも一歩も引かない言い合いを続ける二人を眺め、アイシャは恐るおそる声をかける。


「あのぉ、わたくし大丈夫です。女同士、楽しいお話も出来ましたし、キース様も落ち着いてくださいませ」


 目の前の親子ゲンカに居たたまれなくなり助け舟を出したアイシャだったが、次に続いたマーサの言葉に、墓穴を掘ったことに気づいた。


「まぁ~、なんて良い娘なの! 直ぐにお嫁に来てもらいたいわぁ。ナイトレイ侯爵家は男ばかりで嫌になっちゃう。アイシャ様、明日にでもナイトレイ侯爵家にいらっしゃい。大歓迎だわぁ~」


「母上、いい加減になさいませ! アイシャが困惑しますから!!」


 しびれを切らしたキースが、背後に控えていた屈強な使用人へと指示を出す。指示を受けた使用人は機敏に動き、マーサの両脇を抱え、あっという間に連れ去る。


(前にも似たような光景を見たような気が……)


 既視感を覚えつつ、マーサをニコニコ顔で見送るキースを見て、アイシャはコソッとため息をついた。

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