久しぶりの女子会
(本当に本当にごめんなさい。天敵ノア王太子の元へ、一人残して来てしまって……)
心の中でアナベルに平謝りしつつ、ノア王太子の魔の手から逃げるべく、アイシャは先を急いでいた。
(私を匿えるとしたら王妃様かクレア王女殿下の所しかないわね)
王妃様の居場所が分からない時点で却下だが、クレア王女の居場所ならわかる。
師匠やリアムとの剣の練習に毎日通いつめた王城内。練習前にクレアとお茶をしながら女子トークに花を咲かせたことが思い出される。
今の時間なら私室にいる可能性が高い。彼女なら親友の頼みをきっと聞いてくれるはず。
鬼気迫る勢いで王城内を歩くアイシャを遠目から侍女や侍従が心配そうに見つめていたが、そんな事に構っていられる余裕は、今のアイシャにはない。
前だけを見つめ、足早に歩く。
(何としてでもノア王太子に取っ捕まる前にクレア様に会わねば)
必死に歩いたおかげか、数分後には、クレアの私室前に到着したアイシャは、ひとつ深呼吸をし気持ちを落ち着かせると、扉をノックした。
♢
「はい。どちら様でしょうか?」
扉から出てきたクレア付き侍女に、急ぎ取り継ぎを依頼すると、直ぐに室内へと通してもらえた。
「クレア様、御寛ぎのところ大変申し訳ありません。急な訪問に対応頂きありがとうございます」
「アイシャ! そんな堅苦しい挨拶は不要よ。一年ぶりね!! 夜会では、結局会えず仕舞いだったし、貴方も色々と面倒事に巻き起こまれているようで大変ね。確か今日はノアお兄様に会いに来たのではなくって?」
「それがですね……、諸事情ございまして、ただ今ノア王太子殿下から絶賛逃走中ですぅ」
「はぁ~? 貴方、何やらかしたの!?」
結局、事の顛末を全てクレアに話すことになってしまったアイシャは、それを聞いたクレアから、お叱りを受けることになってしまった。
「アイシャ、貴方良い度胸してるわね。ノアお兄様との二人きりのお茶会にアナベルを連れて来て、しかも彼女とお兄様との婚約が反古になった理由を説明しろと突っかかり、二人を残して逃げて来たなんて……、貴方、何やってんのよぉぉ!! お兄様が来たら引き渡そうかしら」
「クレア様! それだけはご勘弁を!!」
アイシャは恥も外聞も捨て、クレアに泣きつく。
「はぁぁ、わかってるわよ。貴方を匿ってあげるから少し落ち着きなさい。本当アイシャって、昔から後先考えず突っ走るわよね」
呆れた様子のクレアがひとつため息をつき、アイシャへ座るように促す。なんだかんだと言っても、最終的にはアイシャを見捨てないクレアに、心の中で手を合わせる。
(持つべき友は、絶対的な権力を持つ王女殿下に限るわね)
そんな失礼なことを考えていたアイシャに、クレアが話しかける。
「ひとまず、お兄様との件は置いておいて。それよりもアイシャ貴方、社交界で大変な噂になってましてよ。お兄様のみならず、ナイトレイ侯爵家のキースとウェスト侯爵家のリアムからも婚約を申し込まれているんですって!? それは本当なの?」
「えぇ。まぁ……、私の知らない内にお三方が婚約者候補になっていたと申しますか。完全に不可抗力ですけど」
「まぁ、そうなの。確かにアイシャじゃ、あの三人を相手に、上手く立ち回るなんて無理ね。どうせ、訳もわからないうちに、表舞台に引きづり出されていたってところかしら」
「はぁ、まぁ、その通りでございます」
見事に今の自分の置かれた状況を言い当てたクレアに、アイシャは感心してしまう。
(昔から、クレア様は賢かったのよね)
アイシャとクレアが初めて出会い、大問題を引き起こしたお茶会以降、クレアの評判はうなぎ登りだ。わがまま王女から、聡明で、思慮深い王女へと転身を果たし、今ではエイデン王国内のみならず、他国からも婚約話がひっきりなしに来ているとか。
アイシャにとってクレアは、破天荒な自分を理解してくれる貴重な存在なのだ。今や、親友という言葉では言い表せないほどの強い絆で、二人は結ばれている。だからこそ、リアムとのことを一番に報告したくて、アイシャは、クレアの私室へと向かったのだ。
「それで、アイシャは誰と婚約を結ぶか、決心がついているの? あの社交界の様子だと、誰とも婚約しないというわけにもいかないでしょ? そんな事をしたら、槍玉に上がってしまうわ」
「えぇ、承知してます。母からも言われました。誰とも婚約を結ばなければ、わたくしの評判は地に落ち、リンベル伯爵家の家名にも傷をつけると」
「そうねぇ。王太子と侯爵子息二人から同時に婚約を打診されるなんて、前代未聞だわ。王家からも侯爵家二家からも、正式な発表がなされていない今、噂の域を脱していない段階だけど……、噂好きの貴族達からしたら格好のネタよね。社交界では伯爵令嬢のシンデレラストーリーとして、貴方が誰と結ばれるか賭けをしている輩もいるとか、いないとか」
自分の想像の範疇を超えて、時の人となってしまった現実に、アイシャの背を冷や汗が流れる。
「それで、アイシャは誰と婚約するか決めているの? お兄様なんて超優良物件よ。顔良し、頭良し、腹黒さもバッチリ。もれなく『わたくし』という可愛い妹付きだなんて、最高よ!」
「はは、ははは……、ノア王太子殿下はパスですぅぅぅ」
「何よ! お兄様の何が嫌なのよ!?」
「嫌というか、苦手といいますか……、実は、心に決めた方がいますの。だからノア王太子殿下との婚約は無理です。あのぉ、そのぉ……、リアム様と恋仲になりまして」
「はっ!? いつの間にそんな事になったのよ!!!!」
その後、興奮しきりのクレアにアイシャは、リアムとの船旅での出来事を全て聞き出されてしまった。
「さすがリアムね。女心をばっちりとつかむ演出に、貴方の不安感を見事に取り去った言動は、見事ね。初心なアイシャならイチコロだわ。まぁ、三人の中では、誰よりもアイシャと一緒にいた時間が長かったわけだし、有利よね」
「はぁ、そんなものですか??」
「恋を知ったばかりの貴方を掌の上で転がすなんて、お手のものよ。社交界での人気ぶりを考えても、女の扱いは慣れているでしょうしね。まぁ、あの三人が相手じゃアイシャは可哀想よ。未婚の令嬢のやっかみが半端ないわよぉ」
「えっ?? そんなにですか? リアムの社交界での女性関係って?」
「あんまり男女の恋愛に興味がなかったアイシャは知らないわよね。リアムにキース、そしてアイシャの兄上のダニエルにノアお兄様………、あの四人は、社交界の寵児と呼ばれていて、未婚の令嬢だけじゃなく、既婚女性をも虜にする男達なのよ。なんでもそれぞれにファンクラブが存在するとか」
確か、デビュタントの夜会で友人令嬢の一人が、そんなことを言っていた。あの時は、話半分に聞いていたが、どうやら、あの話は真実だったらしい。
「その中でもリアムは、男女問わず交友関係が広く、話上手で、紳士的な振る舞いで落とした令嬢は数知れず。遊びでもいいから関係を持ちたいと思っている令嬢がたくさんいるらしいわ。リアムなら結婚出来るかもしれないと、夢見る令嬢は多いのよ。まぁ、他の三人が、あれじゃねぇ。興味がない令嬢には冷たいキースと、シスコンのダニエルと、殿上人のノアお兄様じゃ、下位貴族の令嬢じゃあ、夢も見られないじゃない。だから、一番人気はリアムなのよ」
「マジですか……、リアム様は誰か特定の方と噂になった事があるのですか?」
「それが不思議な事に、アイシャの名前が浮上するまで噂になった女性は一人もいないわ。あんなにプレイボーイ的な噂が流れるのに不思議よね。まぁ、アイシャの話からもリアムはずっと貴方に恋していたのでしょうね」
「左様ですか……」
(リアムはずっと私を愛してくれていた)
クレアの言葉に、アイシャの心が温かい感情で満たされていく。これが、愛されているという喜びなのかもしれない。
「わたくしは、貴方がリアムが良いと言うなら応援するわよ。お兄様が選ばれなかったのは残念だけど、貴方が幸せなのが一番だもの」
リアムのプレイボーイぶりには少々不安は残るが、噂になった女性はいないとのことだし、きっと大丈夫だ。
(私はリアムを信じるわ!)
「ありがとうございます。クレア王女殿下。リアム様のプレイボーイぶりは、ちょっと心配ですが、彼の言葉を信じて婚約を結ぼうと思います」
侯爵子息であるリアムの隣に立つのは、大変な勇気がいることだ。多くの令嬢のやっかみや、嫌がらせを受ける可能性だってある。しかし、リアムと一緒なら絶対に乗り越えられる。
(リアムへの恋心を自覚した今の私なら頑張れる。彼との幸せな未来の為に、私も強くならなくちゃ。誰に何を言われても強くいられる自分に……)
「アイシャ、わたくしはいつでも貴方の味方よ。今後、困った事があれば何でも相談してちょうだいね。貴方が思っている以上に、貴族社会は汚い世界だから」
アイシャはクレアの言葉に、頭を下げる。貴族の結婚とは、なんて面倒なのだろうと思いながら。




