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逃げるが勝ち

『共に過ごす一週間ですが、王太子という立場上、王城を長く開けるわけには行きません。お茶の時間を一緒に過ごすのは、いかがでしょうか?』


 数日前に届いたノア王太子からの手紙を読み、アイシャの口から不気味な笑い声がもれる。


 どうやら、アイシャの読みは当たっていたようだ。


(これならアナベル様を連れて行くことも可能よね。だって手紙には、一人で来いとは書いてないものぉ~♪)


 船上でのアナベルとの約束を思い出し、アイシャは、一人ほくそ笑む。


(さぁ、私とノア王太子殿下の仲を思う存分ひっかき回してくださいな)


 アイシャは、不気味な笑みを浮かべながら、協力者であるアナベル宛てに手紙を書き始めた。





「アイシャ様、本当によろしいのでしょうか?

わたくしはノア王太子殿下から招待されているわけではありませんのよ」


 アイシャはリンベル伯爵家の馬車に乗り、向かいに座るアナベルと共に王城へ向け進んでいた。


「問題ありませんわ。ノア王太子殿下からの手紙には一人で来いとは書いてありませんでしたから」


「はぁ、まぁ……、書いていなくとも、王太子殿下からの誘いに無関係な令嬢を連れて行こうなんて考えるのはアイシャ様くらいですわ。普通は、ノア様と二人きりになりたいものですから」


 そんな会話を交わしながら馬車は進み、王城の門扉に着く。先に馬車から降りたアイシャに例の侍従が恭しく礼をとった。


「アイシャ様、お待ちしておりました。王太子殿下が庭園にてお待ちでございます。ご案内致します」


 久々に再開した侍従は、夜会の時のように取り乱すこともなく、いつもの冷静な態度に戻っていた。


 あの時は、急に手を握られ涙していた姿に正直引いてしまったが、今日は正常運転で一安心だ。


 そんなことを、頭の中で考えていると、踵を返した侍従が、歩き出してしまう。その様子を目にとめたアイシャは、慌てて侍従に声をかけた。


「お待ちになって。今日は、お友達を連れて参りましたの」


「はっ?? あのぉ、王太子殿下のお客様はアイシャ様のみと伺っておりますが、お友達とは――――っこ、これは、リンゼン侯爵家のアナベル様でございますか!? 大変、失礼致しました。直ぐに確認を取りますので、しばしお待ちを」


 慌てて、その場を立ち去ろうとしていた侍従の手をつかみ、言葉を紡ぐ。


「お待ちになって! アナベル様がお越しになっている事はノア王太子殿下には内緒にしたいの。サプライズというかぁ……、とにかく驚かせたくて。お願いです。この事は、ノア王太子殿下には内密に」


 侍従の両手を掴み、上目遣いで可愛らしくお願いすれば、侍従の顔がわずかに赤く染まった。


(アイシャ、貴方はぶりっ子よ!)


「――――っし、しかし、予定にない方の訪問は、安全面に関わると申しますか」


「わたくしと貴方様の仲ではありませんの。ここはひとつ、大目に見ては頂けませんか?」


 最終兵器よ! 伝家の宝刀涙目攻撃だぁ!


 目をシパシパさせて瞳をウルウルさせたアイシャは、侍従の手をさらに握りしめる。


「わわわわわかりましたからぁぁぁ、す、直ぐに王太子殿下の元へお二人をお連れ致しますから!! て、手を離して下さいませぇ!!!!」


 真っ赤な顔をして慌てる侍従を見て、やり過ぎたかと思い、慌てて手を離すが、鈍感なアイシャは、なぜ侍従が顔を赤くしているのか、さっぱりわからない。


(まぁ、私に大した魅力があるわけでもないし、目の前の侍従は女性に免疫がない方なんだわ)


 アイシャは見当違いな事を考えながら、アナベルと一緒に侍従の後に続く。


 不憫な侍従を見てアナベルが、ため息を溢していたなんて、少し前を歩いていたアイシャは知るよしもなかった。





「こちらの庭園の四阿にて、ノア王太子殿下がお待ちでございます」


 ここからは、薔薇の生け垣が邪魔をして四阿は見えない。しかし、侍従の案内に続き、生け垣の間の入り組んだ小道を進むと、突然目の前が開ける。


 薔薇のアーチを抜けた先、広場の真ん中には精緻な彫刻の像が置かれた噴水が見える。そして、その奥に鎮座するのは、蔦薔薇で覆われた支柱も美しい四阿。


 そこに座る一人の男性。


 優雅に脚を組み座り、お茶を飲みながら書類を読んでいる。陽の光を浴びて輝く黄金色の髪に隠れ、表情まではわからないが美しい薔薇園の雰囲気と合わさり、一枚の絵画を見ているかのような光景に、アイシャの口からため息がこぼれた。


(はぁ~、眼福♡ 遠くで観ている分には最高の造形美なのにねぇ。まさしく『ザ・王子様』よ)


「本当、外野でいたいわぁ……」


 そんなアイシャのため息混じりのつぶやきが聞こえたのか、『ザ・王子様』が顔をあげ、こちらへと視線を投げる。


「やぁ、アイシャ。久しぶりだね。……と、リンゼン侯爵家のアナベルだね。なぜ君がここにいるのかな?」


 出迎えたノア王太子が立ち上がりアイシャに話しかけた後、視線をずらし背後に佇むアナベルを鋭い視線で一瞥する。


「あっ、あの、申し訳ありません。わたくし、帰り――」


「ノア王太子殿下、ご無沙汰しております。わたくし、一人で王城に来るのは、どうも心許なく、お友達のアナベル様に無理を言って、ご一緒して頂きましたの。殿下からのお手紙には一人で来なさいとは書いてありませんでしたでしょ」


 ノア王太子を見つめ、『わたくし悪くありませんわぁ~』オーラを放つ。


(言ったモン勝ちよ‼︎)


「くくっ、そう来ますか。確かに、アイシャへ送った手紙には、一人で来いとは書かなかったね。今度、アイシャへ手紙を送る時は、事細かに指示を書く事にするよ。まさか女友達を連れてくるなんて想定外だった。本当、君はおもしろいね。まぁ、いい。二人とも座りなさい」


 ノア王太子の目の前の椅子を勧められ、アナベルと二人腰掛けると、三人でのお茶会が始まった。


「ところで、二人はいつからそんなに仲良くなったんだい? 確かアイシャの社交界デビューの夜会では敵対していたと思ったけど。確か、アナベル貴方がアイシャを叱責したとか何とか?」


「あの、それは……」


 アイシャの横に座るアナベルの顔色が、みるみると悪くなり俯いてしまう。


(もぉ~、なんて意地悪な質問をするのかしら!! 勝手にアナベル様を連れて来た私に対する嫌がらせね!)


「アナベル様に叱責された覚えはありませんわ。あの夜会では、デビュタントとして未熟なわたくしを見兼ねたアナベル様が、アドバイスを下さったのです。わたくしだって、まさか二曲続けて男性とダンスを踊るはめになろうとは、思いもしませんでしたから。親切にもデビュタントの心得を説いて下さいましたの。『デビュタントは壁の花になれ』と」


「「はっ??」」


 ノア王太子とアナベルの声が見事にハモる。


「ま、待ってくださいませ。アイシャ様はどちらで、そのようなデビュタントの心得を教えてもらったのですか?」


 目を丸くしたアナベルに問われ、アイシャの頭の中で疑問符が浮かぶ。


(――――えっ?? 違うの?)


「親切なお友達の令嬢方に。デビュタントは目立たず、驕らず、淑やかに壁の花となれ。男性から話しかけられても相槌を打つだけで話しかけてはいけない。誘われてもホイホイついていかない。デビュタントの心得ですよね?」


「………」


「………」


 二人の目が点になっている。


(――――えっ?? やっぱり違うの?)


「ははは。アイシャのお友達の令嬢方はよっぽど君が心配だったんだね。まぁ、アイシャの言うデビュタントの心得は合っているよ。君、限定でね」


「はぁ~? 何ですかそれは?」


「アイシャ様、世の中には知らない方が良い事もありますわ。社交界の様々な事情を知る内にアイシャ様の言うデビュタントの心得の本当の意味が解るようになるかと思います」


 諭されるように言われた言葉に何とも釈然としない気持ちが込み上げるが、今は考えるのをやめる。


(私のことは、どうでもいいのよ。今は、アナベル様の良さをノア王太子にアピールせねば)


「まぁ、デビュタントの心得なんてどうでもいいのです。わたくしとアナベル様が親しくなったのは最近ですの。実は、船旅でアナベル様に偶然お会いしまして、居ても立っても居られず、わたくしからお友達になって下さいと申し上げた次第です」


「ほぉ〜、アイシャからアナベルに。それはまた、どうして?」


「実はわたくし、以前からアナベル様のファンでして、あらゆる伝手を使い情報を収集しておりましたの」


「えっ!? アイシャ様、それは本当ですか?」


「はい。初めてお会いした時からアナベル様の真っ直ぐで、一本筋の通った性格に心惹かれておりまして、ぜひお友達になりたいと。しかし、アナベル様はリンゼン侯爵家のご令嬢様でしょ。格下の伯爵令嬢如きがお友達になって下さいと言っても門前払いされるだけだと思いまして、外堀から埋めようかと」


 アイシャの話を聞いたアナベルが顔を真っ赤にしてうつむき、その隣では、ノア王太子が肩を震わせ笑っている。


「本人の前でそれを言っちゃう当りがアイシャらしいというか、アホと言うか……」


(なんかノア王太子が私を小声でアホとか言ったような気がしたが、まぁ気のせいだろう)


 とりあえず、肩を震わせ笑うノア王太子は無視だ。


「アナベル様は私の想像を超える素晴らしい方でしたわ。皆に平等で、その博識ぶりは他を寄せ付けない程だとか。知識に驕らず上を目指し努力を惜しまない。高位貴族にありがちな傲慢な態度はなく、謙虚で優雅な振る舞いは淑女の鑑と言われているとか」


「ア、アイシャ様……、ほ、ほめすぎです」


「何を言いますか、アナベル様。貴方様の真摯な態度は賞賛に値しますわ。そんな素晴らしい女性とどうやったらお友達になれるかと考えていたところ、偶然、船上にてお会い致しました。船旅という開放感あふれる環境のおかげか、たまたまお会いしたアナベル様と意気投合しまして、目出度くお友達となることが出来ましたの」


「アナベルが船旅に行くなんて珍しいね。確か伯母上は、船旅は苦手だったと記憶しているが。リンゼン侯爵も休みを取りバカンスへ行ったとは聞いていない。まさか、アナベルだけで船旅へ?」


「えぇ、まぁ……、色々ありまして。気分転換に一人で船旅へ行く許可を父に取りましたの」


「アナベル様は、失恋を癒すため船旅へ行かれたそうですわ。お相手の方とは婚約間近だったそうですが、お相手の方が思いもよらぬ行動に出たとか」


 スッと視線をノア王太子へと移し、ジッと見つめるが、表情に変化はない。


(ノア王太子よ。知らぬ存ぜぬを通すつもりね)


「そのお相手の方、どこぞの格下令嬢に求婚するなんていう暴挙に出たそうですわ。アナベル様は大層なショックを受け、傷心旅行へ出掛けたと。そこで運悪く恋敵と鉢合わせ、何の因果か恋敵とお友達になってしまわれたとか。ノア王太子殿下……、わたくしのお話、理解できまして?」


 顔を赤くしたり青くしたりしているアナベルとは対照的に、ノア王太子の表情はアイシャの言葉を受けても、ニヒルな笑みを浮かべたまま変わらない。


「ははは、くくっ……、アイシャの話は理解したよ。私に一矢報いるため、二人は手を組んだということだね。それで、この後二人はどうしたいのかな?」


 目の前に座るノア王太子の視線が鋭さを増し、突き刺さる。しかし、ここで怯んでいるわけにはいかない。ノア王太子を攻略出来なければ、リアムとの未来はないのだから。


 アイシャは気合いを入れ直し、言葉を紡ぐ。


「ノア王太子殿下はきちんとアナベル様の気持ちを受け止めるべきだと思います。お二人は婚約間際でしたのでしょ? なら、ノア王太子殿下はアナベル様に婚約に至らなかった理由をきちんとお話しするべきです。そうでなければ、アナベル様も気持ちに踏ん切りがつきません。今日はそのためにアナベル様にお越し頂きました。――――っという訳で、お邪魔なわたくしは、これにて失礼致します」


 アイシャは立ち上がるとノア王太子とアナベルへ礼をし、その場を脱兎の如く逃げ出した。後ろからアナベルが何か叫んでいたが、アイシャの足が止まることはない。


(あとは、アナベル様とノア王太子の時間)


 アイシャは心の中でアナベルにエールを贈りながら、ある人物に会うために先を急いだ。


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