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心のままに

(リアムに嫌われたら、どうしよう……)


 心に巣くった不安が、大きく膨らみ、真実を告げねばと思えば思うほど、言葉が出ない。腐女子だと暴露してしまえば、リアムとの友人関係でさえ、壊れてしまうかもしれない。


 揶揄われながらもリアムと過ごした数年間が脳裏を巡り、不安で震える心を、わずかに慰めてくれる。


 呆れながらも丁寧に教えてくれた剣。疲れ果て地面へと倒れ込んだアイシャを抱き上げ、何度も柔らかな芝生へと運んでくれた。


 いつも『面倒くさい』と言いながらも、見捨てることだけはしなかったリアム。キースにボロ負けして、宿舎裏で泣いていた時も、何も言わず側にいてくれた。


 辛いとき、悲しいとき、いつも隣にいたのはリアムだった。今思えば、リアムの前でだけは、泣くことが出来た。


 リアムの隣は、居心地が良かった。自分の弱い所をさらけ出しても、大きな心で包んでくれる。安心して泣くことも、愚痴をこぼすことも、笑うことも、リアムの隣だったから出来た。


 だから、怖い。彼との友人関係まで壊れてしまうのが、怖くて仕方がない。


 このまま、趣味のことも、腐女子だと言うことも、何も言わず逃げてしまえば、リアムとの友人関係が壊れることはない。揶揄い、揶揄われ……、居心地のいい関係は変わらず続く。


 本当に、これからも、そんな居心地の良い関係は続いていくのだろうか?


 突如、心に湧き起こった疑念に、胸がズキりと痛みだす。


 いつかリアムも結婚する。社交界の寵児と言われている侯爵子息なのだ。結婚話は星の数ほど来ていることだろう。今回の婚約話が断ち消えれば、あっという間に、リアムと他の令嬢との婚約話が浮上する。


 リアムが、他の女性と結婚する。


 そう考えるだけで、アイシャの心は大きく揺れる。


(きっと、今のような友人関係ではいられないわね)


 このまま何も言わず逃げてしまっていいのかと、心が訴える。一生、後悔することになるぞと。しかし、言おう、言おうと思えば思うほど、頭をもたげる不安に、心が押しつぶされそうになる。


 堂々巡りを繰り返す脳に、アイシャの手が震え出す。


(どうすれば、いいの。どうすれば……)


 その時だった。震えるアイシャの手に、リアムの大きな手が重なり、強くキュッと握られる。その強く、暖かな温もりが、不安に揺れ動くアイシャの背を押す。


「――――あ、あのね、リアム。私が、ずっと結婚したくないと思っていたのは、誰にも話していない趣味のせいなの。この趣味を強制的に辞めさせられる事を、私は何よりも怖れている」


「趣味?」


「えぇ。この国では、嫁入りした女性は、夫の言葉に逆らわず、貞淑な妻であることを求められる。家長である夫に趣味を咎められれば、辞めざる負えない。嫁ぎ先で、生き難くなってしまうから。だから、私は、誰にも邪魔されずに趣味を満喫するため、一人で生きて行く準備を、幼少期からして来た」


「しかし、妻の趣味を強制的に辞めさせる夫がいるだろうか? ご婦人方は、誰しも何らかの趣味を持っているものだろう。その趣味が、莫大な浪費を生んだり、世間的に後ろ指をさされるようなものでなければ、強制的に辞めさせることもないと思うが」


「私の趣味が、世間的に後ろ指をさされる可能性があるからよ。あの、あのね……、わたくし、男同士の恋愛を妄想するのが大好きなの!!」


 とうとう、言ってしまった。己の趣味を暴露してしまった。


 リアムの反応が怖すぎて顔をあげられないアイシャは、震えながらうつむくことしか出来ない。


 沈黙が辺りを支配し、時間だけが過ぎていく。


(やっぱり、呆れられたのね。気持ち悪い女だって、思われてる。リアム様との友人関係も、終わりね)


 終わりなく続く沈黙が心を押しつぶし、耐えきれなくなったアイシャは、とうとう顔を上げてしまった。そして、瞳に写った予想外の光景に、アイシャの目が点になる。


「――――えっ??」


 アイシャの目の前には、笑いを噛み殺し、肩を震わせ笑うリアムの姿があった。


「ななな、なんで笑っているのよ!! わたくしが、決死の思いで告白しましたのに!」


 リアムの態度に怒り心頭のアイシャは、あふれ出しそうになる涙を堪えることに必死だ。


(私の趣味は、笑いがこみ上げるほど、可笑しなものなの。私にとっては、大切な趣味なのよ! 生きがいなのよ!)


 確かに、男性から見たら、気持ち悪い趣味なのかもしれない。ただ、笑われるほど、バカバカしい趣味ではない。腐女子をバカにするような男なんてこっちから願い下げだ。


 座っていた椅子を蹴倒す勢いで、立ち上がったアイシャは、リアムを睨みつけ言い放つ。


「失礼致します! リアム様とは、今後一切、お会いしませんから!!」


 怒り心頭のアイシャは、すぐに、その場を立ち去ろうとした。しかし、踵を返した次の瞬間、手を強い力で後方へと引かれ、バランスを崩す。そして、次に気づいた時には、リアムの膝の上へと倒れ込んでいた。


「なっ! 離して!!」


 急に上がった視界と揺れに、リアムに抱き上げられたことに気づいたアイシャは、慌てて降りようと暴れる。しかし、次に発せられたリアムの低い威圧声に、ビクッと身体が固まった。


「少し黙って! 目立ち過ぎだ」


 リアムの声に、大人しくなったアイシャは、周りを見まわす。興味津々で様子をうかがう、人人人の目。甲板の注目を一心に集めている状況に、冷や汗が背を伝い、落ちていく。


 他人に関わらないという暗黙のルールがある甲板といえども、事件を起こせば、人の注目は集まる。しかも、いかにも貴族という出立の男女が言い合いをしていれば、それだけで悪目立ちしてしまう。


(マズいぃぃぃ……、ここはひとまず休戦ね)


 アイシャは、リアムの首に腕を回し、不本意ながら一時休戦の意思を示したのだった。


 アイシャを抱き上げ颯爽と歩くリアムの姿に、すれ違う人々の興味津々の視線が突き刺さる。顔を上げる勇気のないアイシャは、リアムの胸に顔を埋め、ただただ願う。この羞恥地獄が早く終わるようにと。





 甲板を出ること数分、ロイヤルスウィートに連行されたアイシャの羞恥地獄は、まだ終わっていなかった。


「リアム様、早く離してください!!」


「それはダメだ! 今離したら、アイシャは一生私と会ってはくれないのだろう?」


「もちろんです! 私の趣味をバカにするような男なんて、こっちからポイですわ!」


 ロイヤルスウィートへと戻ってきたアイシャは、リアムの膝の上に抱き上げられ、腰を拘束され、逃げられない状況へと追い込まれていた。リアムの首に回した腕を離せば、もれなくソファに倒れ込むアンバランスな体勢に、暴れることも出来ない。腕を離したら最後、ソファへと押し倒される。


 お姫さま抱っこで船内を移動するという羞恥地獄が可愛く思えるほどの状況に追い込まれたアイシャは、元凶であるリアムを睨み、かみつくが、当の本人はどこ吹く風だ。


(くっそぉぉぉ、逃げられないように、あえて膝抱っこにしたわね)


「ポイって……、まぁ、この体勢だったら逃げられないし、ゆっくりアイシャの誤解を解いていこうね」


 目の前の彼は、何とも嬉しそうな笑みを浮かべている。


「誤解ですって??」


「あぁ。さっき思わず笑ってしまったのは、アイシャの趣味をバカにしたからじゃないよ。何と言うか、もっとヤバい趣味を想像していたと言うか……」


「えっ? もっと、やばい趣味?」


「世の中には、犯罪紛いの趣味をやめられない者や、特殊な性癖を隠して生きている貴族も沢山いるからね。男同士の恋愛を妄想する趣味だっけ? そんな可愛らしい性癖なら、別に私は何とも思わないよ」


「――――なんとも思わない。嘘でしょ?」


「嘘じゃないよ。この国は性に寛容だからね、一部の貴夫人の中で衆道を話す会なんてものも、存在しているらしいし、実際に騎士団に所属していた時は、それらしいカップルも何組か見かけたかな。もちろん私にそっちの性癖はない。私で男同士の恋愛を妄想するのはやめて欲しいけどね。だから、アイシャの趣味が想像と違って可愛らしい性癖だったから安堵して、思わず笑ってしまった。誤解させてゴメン」


 リアムは私の趣味を認めてくれるの? 腐女子な私を受け入れてくれるの?


 さっきまで悲しみでいっぱいだった心が、嬉しさで満たされていく。『やっぱり、騎士団には男同士のカップルがいたのね♡』という、腐女子垂涎の情報も耳を素通りするほどの喜びに、心が満ちていく。


「リアム様は、私が男同士の恋愛を妄想していても、気持ち悪いって思いませんの? 私を軽蔑しませんの?」


「その程度のことで、アイシャへの気持ちが冷めてしまうような愛じゃない。その趣味が、アイシャの自由な考えを支える根幹であるなら、否定なんて出来ないよ」


 リアムの真摯な言葉に、視界がにじむ。


「それに、私はね。アイシャには、柵に囚われず自由に生きて欲しいと思っている。自由な発想と、それを実現しようとする行動力こそが、アイシャの一番の魅力だろう。それを支えるだけの力は、手に入れて来たつもりだ。自由に生きるアイシャを、隣でずっと見ていたいんだ」


 リアムから紡がれる言葉の数々に、あふれ出した涙を止めることなど、もう出来なかった。いつの間にかソファへと倒され、見上げた先のリアムの顔が、涙でかすむ。


「アイシャ、私と結婚して欲しい」


 リアムの側は昔から居心地が良かった。

 私の気持ちを優先し、辛い時はずっと側にいてくれた。

 今も私の全てを認め、包み込んでくれる。


 もう我慢しなくていいんだ。

 彼の隣は暖かい。心が暖かい。


『誰と結ばれるかは自ずとわかるものよ。心が、必ず訴えてくるから』


 心のままに……


 アイシャは、にじむ視界の中、リアムの頬を両手で包み、自らの意思で唇を重ねた。


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