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恋敵からの提案【アナベル視点】

「なぜよ……、なぜ、ノア様は私を選んでくれなかったのよ」


 アナベルは、アイシャを目の前に、テーブルに突っ伏し、泣き続けていた。


 恋敵でもある彼女の前で、みっともなく泣き腫らしている事など、もはやどうでもいい。


 アイシャに出会ってしまった己の運の無さにも泣けてくる。


 今回の船旅は、ノア王太子殿下を忘れるための傷心旅行だった。気心の知れた侍女と数人の護衛のみを連れた船旅は、アナベルの傷ついた心を癒してくれるはずだった。それなのに、元凶ともいえるアイシャに出会ってしまうなんて、あんまりだ。


 ノア王太子がアイシャに求婚したことが、社交界に知れ渡ると、今まで王太子妃候補筆頭だったアナベルの立場は一転した。


 デビュタントの夜会で、アイシャを叱責したアナベルの評判は地に落ちた。気の強い傲慢な令嬢だと噂が流れ、侯爵家の力を使い、王太子妃候補筆頭に上りつめたのではないかと言われている。


 己の立場に胡座をかき、ノア王太子の御前でも、傲慢な態度を崩さなかったため、彼の反感を買ったと。そんな傲慢令嬢アナベルとの婚約を阻止するため、ノア王太子は、側近のダニエルの妹、アイシャへと求婚したのだろうと言われている。


 確かにアナベルは、ノア王太子との接点を持つために、様々な策を講じてきた。


 王族主催のお茶会には積極的に参加し、最近やっと王妃様とも、個人的なお付き合いをしてもらえるまでになった。そのおかげか、夜会では、ノア王太子からダンスに誘ってもらえることも増え、徐々に距離が縮まっていると感じていたのに。


 あの夜会でノア王太子と踊るアイシャを見て、アナベルの理性は崩壊した。醜い嫉妬に駆られ、淑女として有るまじき言動を取ってしまった。


 今の現状は、未熟な自分自身が蒔いた種だと、十分に理解している。あの時を後悔しても、今更遅いのだと言うことも分かっている。


 醜い感情に支配されるなど、愚かなことだと十分過ぎるほど、身に染みたと言うのに、どうしても気持ちに折り合いがつかない。


「なぜ、わたくしじゃダメなの……」


「アナベル様は、幼い頃からノア王太子殿下だけを愛し、努力なさってきたのですよね。でしたら、ノア王太子殿下を奪いたいとは思いませんの?」


 ノア王太子殿下を奪いたい? そんなの決まっている。


 アナベルの心の中で湧きおこったドス黒い感情がうずを巻き、吹き出しそうになる。


(奪えるものなら、奪いたい。ノア王太子殿下のお心を奪ったアイシャ様から、奪ってやりたい)


 アナベルは、泣き腫らした顔を上げ、目の前に座るアイシャを睨みつける。


「貴方から奪えるものなら、奪ってやりたいわよ!!」


「なら、奪えばよろしいかと。わたくし、協力は惜しみませんわよ」


「――――はぁっ!? あ、あなた、何を言って……」


 腕を組み、不敵な笑みを浮かべ紡がれたアイシャの言葉に、アナベルは押しだまる。


「私、王太子妃なんてまっぴらゴメンですの。王太子妃は、次期王妃ですわよね。ポッと出の令嬢に務まる仕事とは到底思えません」


 確かに、アイシャの言う通り、王太子妃の立場は、ポッと出の令嬢が務められるほど簡単なものではない。幼少期から王城へと通い、教育と言う名の様々な試練を絶え抜き、過酷な生存競争に勝ち抜いた令嬢だけが、やっと王太子妃候補として、王太子殿下の御前に立てる。


 その教育の過酷さと、教師陣による厳しい選別で、脱落していく令嬢は後を絶たず、幼少期には数十名もいた候補令嬢は、最終的には十名にも満たない人数へとしぼられる。


「そうね。ポッと出の令嬢には、難しいと思うわ」


「ですよね! しかも好きでもない男のために、一から王太子妃教育なんて、考えただけでゾッとする。アナベル様には申し訳ありませんが、はっきり言って時間の無駄です。幼い頃から王太子妃教育を頑張って来られたアナベル様こそ、ノア王太子殿下の婚約者になるべきです」


「しかし……、ノア王太子殿下がお選びになったのは、アイシャ様ですわ」


 そう、ノア王太子殿下が選んだのはアイシャ様。幼少期からの王太子妃教育を耐え抜き、妃候補筆頭になったとしても、ノア王太子殿下に選んでもらわなければ、なんの意味もない。


 そして、ノア王太子殿下に選ばれたアイシャ様が、彼との婚約を拒否することも、また出来ない。エイデン王国の王族からの申し出を、伯爵家が断ることなど出来ないのだから。


「アナベル様、わたくし、自分の趣味を満喫出来ない結婚なんて、絶対にしないと、心に決めていますの。万が一、王太子妃になれば、わたくしの趣味を続けることは不可能です。まぁ、ノア王太子が知った時点で婚約破棄でしょうけど……」


「――――婚約破棄ですか??」


「いえいえ、何でもありませんのよ。オホホホ………………」


 最後にボソっと言われた言葉が気になったアナベルだったが、熱に浮かされたように、己の希望を述べるアイシャの言葉に、白けた気持ちが込みあげる。


(望まない結婚はしないだなんて、なんて傲慢な考えなのかしら。伯爵令嬢が、王族からの婚約打診を断れる訳ないじゃない)


「アイシャ様は、ノア王太子殿下からの婚約話を断れると、本気で思っているのですか?」


「えぇ、もちろん。不幸中の幸いと言いますか、今回の御三方による婚約騒動、選ぶ権利はこちら側にありますので」


「えっ!? アイシャ様側に、選ぶ権利がありますの? ありえないわ…………」


 今回の御三方による婚約騒動も異例だが、王家や侯爵家からの婚約の打診を選ぶ権利が、格下の伯爵家側にあるだなんて、信じられない。


「――――それは、本当ですか?」


「えぇ。しかも両親は、わたくしが誰を選んでも良いと言っています。しかし、この婚約話が社交界に知れ渡った今、誰も選ばないと言う選択だけは出来ません。わたくしの社交界での評判が地に落ちるのはかまいませんが、リンベル伯爵家の家名に泥を塗るわけにはいきませんから」


 アイシャの話が真実なら、この婚約話は彼女の気持ち次第という事になる。彼女の言葉が信じられず、アナベルは頭をふる。


(信じられないわ。ただ、彼女の話が本当なら……)


 目の前に座る女性が、突然得体の知れない人物へと変貌する。


(王家、侯爵家が、こぞって欲しがる何かが、アイシャ様にはあるとでも言うの?)


 恐怖に支配されたアナベルの背を、冷や汗が伝い、落ちていく。


「わたくしは両親から、一週間ずつ、御三方と過ごすように言われています。この船旅もその一環です。わたくしに断る権利は、もちろんありません。ですから、『不可抗力です』と言ったのです。今は、リアム様と過ごしていますが、次はノア王太子殿下の番です」


 ノア様とアイシャ様が二人だけで過ごす。そんなの嫌よ!!

 

 アナベルの心の中で、醜い感情の炎がメラメラと燃え上がる。そんなアナベルの心情を知ってか、知らずか、目の前に座るアイシャの口角が上がり、挑発的な言葉が発せられる。


「わたくしは、ノア王太子殿下との婚約だけは絶対に阻止したいのです。そこでアナベル様に提案です。ノア王太子殿下の防波堤になってくださいませんか?」


「――――はっ!? えっ!えぇぇぇぇぇ……」


 その後、アイシャから告げられたノア王太子防波堤計画は、アナベルの想像を、はるかナナメ上行くものだった。簡単に言えば、ノア王太子との一週間に、アナベルが乱入すると言うものだ。はっきり言って成功するとは思えなかったが、最後のアイシャの挑発に、アナベルは思いあまって頷いていた。


『ノア王太子殿下を奪いたくはないのか』


 完全に嵌められたと思う。しかし、アイシャの言う通り、この計画が成功すれば、ノア王太子を手に入れられるかもしれない。


(どうせ、傲慢令嬢として評判は地に落ちているのだし、何したって、これ以上は落ちないわね。だったら、ノア様とアイシャ様の間に、割って入ってもいいじゃない)


 泣いてスッキリしたのか、アナベルの頭の中も、ナナメ上へと吹っ切れていた。


「どうせ、ノア様には見向きもされていないのだから、お二人の仲、めちゃくちゃにして、差し上げますわ!」


 傲慢令嬢の噂通りに、アイシャへと意地悪く笑ってみせる。そんなアナベルの表情を見たアイシャの顔に無邪気な笑みが浮かぶ。


「アナベル様、そのいきですわ!」


 目の前でクスクス笑うアイシャを見て思う。


(アイシャ様って、不思議な方ね)


 さっきまでは、憎くて憎くて仕方がない存在だったのに、今、心に宿っているのは別の感情だ。


 思うがままに生きようとする彼女の生き方は、アナベルの目にまぶしく写る。


(ふふふ、自身の気持ちに正直に生きるか……。本当、おかしな令嬢さまだわ)


 貴族令嬢として、淑女の鑑として、型にはまった生き方しか出来ない自分とは違う魅力を放つアイシャに、惹かれ始めていた。


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