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獲物発見!!

 船旅が始まって三日目、アイシャは毎日の日課である甲板人間観察を実行していた。


 甲板の日除けの下に置かれたベンチに座り行き交う人々を本を読むフリをして眺める。男同士のキャッキャウフフを妄想する実に有意義な時間だ。


 大型客船はフロアにより、上流階級しか立ち入れないエリアと平民他、誰もが立ち入れるエリアと、はっきり区別されている。ロビー階から上は貴族エリア、それより下は平民エリアと分ける事で不要な争いを防ぐ意味合いも兼ねているらしい。


 そして、貴族エリアはさらにロイヤルスウィート滞在者しか入れない特別なエリアもあるが、アイシャにとっては平民、貴族入り乱れる甲板こそがパラダイスだ。特別エリアには全く興味がない。そんな所に行ったら最後、リアムにどんなセクハラ紛いの行為を受けるかわからない。


 初日にだまされた事を許したのが、そもそもの間違いだったのかもしれない。あの日からリアムのアプローチは徐々にエスカレートしてきている。


 昨夜も星が綺麗だからと、ロイヤルスウィート専用の特別エリアにあるデッキへと誘われた。もちろん星は文句なしに綺麗だった。二人でデッキチェアに寝そべり見上げた空は、星が降り注いでいるかのように美しかった。


 だが、二人きりと言うのがまずかった。


 専用デッキに着くまでは、執事もアイシャ専属の侍女もいた。しかし、気づいた時には、二人とも居なくなっていた。未婚の男女を二人きりにするのは、ウェスト侯爵家にとっても色々と不都合があるだろうに、示し合わせたように消えていた。まぁ、リアムの指示だろうが、そこはウェスト侯爵家の使用人として主人に物申して欲しかった。


 星を見上げたと思った先にリアムの顔面どアップが迫って来た時は、思わず両手でリアムの顔を押しのけてしまった。


 あれは女としても、どうかと思う。顔を背けて恥じらうのが正しい対処方法だった気もする。


 床に胡座をかき、肩を震わせて笑っていたリアム。


(私に恋愛経験があれば、もっとスマートに対処出来たのかしらね。きっと、リアムは私の態度に呆れて笑っていたのよ……、本当居た堪れないわ)


 アイシャの心に巣喰ったモヤモヤは、相変わらず晴れないままだ。


(考えても答えなんて出ないのだから、考えるだけ無駄ね! そんな事より、あの方はいるかしら?)


 今日は、ある決意を胸に甲板にやって来たのだ。


 真っ白なつば広帽子をかぶり、椅子に腰掛け、絵を描いている女性を、目の端にとらえたアイシャの口元に笑みが浮かぶ。


 あれは絶対、アナベル・リンゼン侯爵令嬢様だ。


 簡素なワンピースにつば広帽子を被り簡素な変装までして、不特定多数の人が行き交う甲板で、毎日絵を描いている。しかし、あれでは正体を隠しきれていない。


 貴族令嬢だとわかる優雅な所作で、庶民とは違うオーラを放っていれば、誰が見ても高位貴族の令嬢だと分かってしまう。今も通りすがりの通行人が、彼女を二度見して行った。しかし、当のアナベルは意に介さず一心不乱にペンを走らせている。


(私が近づいたら、流石に気づくかしら?)


 ゆっくりと歩みを進め、アナベルの背後に近づいたアイシャは、彼女の手元を覗き見た。


「――――っ!!」


 あまりの驚きに叫びそうになり、慌てて口元をおさえる。


(なんて美しい絵を描くのかしら……)


 アナベルが描いていた絵は、その場から見える風景が、見事に写し出されていた。


 躍動感あふれる甲板の人々を手前に、奥まで続く真っ青な海は、陽の光を浴びてキラキラと輝く。目の前に見える景色そのままを写しとったかのような絵は、素晴らしいの一言につきる。


「なんて、素敵な絵をお描きになられるのですか。わたくし、感動致しました!」


「――――えっ!! アイシャ様ですの!?」


 アイシャの声に背後を振り返ったアナベルの瞳が、驚きに見開かれる。


「申し訳ありません。驚かせてしまいましたね。あまりにも見事な絵をお描きになるので、思わず声をかけていました」


「アイシャ様! 失礼ですが、お付き合いくださいませ!!」


 慌てた様子のアナベルが、絵を描いていたノートを閉じ、アイシャの手をつかむ。急ぎ足でその場を立ち去ろうと動き出したアナベルの迫力に気圧されたアイシャは、抵抗することもなく、彼女に連れられ甲板を歩く。狭い廊下を進み、数分後、着いた先は貴族エリアのメインダイニングだった。


 一番奥の人気(ひとけ)のない席へとアイシャを連れて行き座らせたアナベルは、威圧的にアイシャを睨みつけ、一方的に話し出した。


「なぜ、アイシャ様がこの船に乗っているのですか? ウェスト侯爵家のリアム様が上船していると耳にしましたが、まさかご一緒されているのですか!?」


「はぁ、まぁ……、不可抗力ですけど」


「なっ!! 未婚の男女が一緒に船旅なんて……、貴方、貞操観念が緩いんじゃありませんの!! 社交界の寵児三人を手玉にとるだけの事はありますわね」


 初っ端なから好戦的だなぁ~


「アナベル様、私も好きでこの状況に追い込まれたわけではありませんのよ。あの御三方に、どんな思惑があり、私に求婚したのかは知りませんが、はっきり言って迷惑被っているのは、こちらです」


「な、なんですって!」


「それに、王太子様と侯爵子息様からの打診を、たかが伯爵令嬢の分際で、お断りなど出来ようはずもありません。はっきり申しますが、今回の船旅も、好き好んで来たわけではないのです。侯爵子息であるリアム様のお誘いを伯爵令嬢如きが断れると思いますか? わたくしだって、未婚の男女、しかも婚約者でもない方と船旅をするリスクなんて理解しております」


 アナベルの目がつり上がり、彼女の顔が赤く染まっていく。


(あぁ……、言い過ぎたかしら?)


「御三方に求婚されて迷惑被っているですって……、貴方、何様のつもりよ!!!! 私には全く見向きもしないノア王太子殿下の御心を奪っておいて。あの方の婚約者になる為に、どれだけの努力を重ねてきたと思っているのよ」


 何様のつもりだと言われても、今回の婚約話に関しては、アイシャにとって不本意この上ない。決して自分の意志でこのような状況に追い込まれたわけではない。しかし、アナベルが言うことも理解できる。彼女が、ノア王太子の婚約者になるために、どれだけの努力を重ねてきたのかをアイシャは知っている。


「幼い頃からノア王太子殿下の隣に立つために、血のにじむような努力をして来た。王太子妃になる為の厳しい教育も、皆の手本となるための淑女教育も手を抜いたことなんてなかった。やっと、ノア王太子殿下との婚約も成立間近だったのに。幼い頃からお慕いしていたノア様と結ばれると思ったのに……、全てをぶち壊したのは貴方よ!!!!」


 怒りを爆発させたアナベルが、泣きながらアイシャの頬を打つ。


「悔しい、悔しい……、でも、貴方と踊っていたノア様は、とても幸せそうだった。あんな自然な笑み、私には一度だって見せたことない。いつも社交辞令の笑顔だけ」


 さめざめと泣くアナベルが、力尽きたのか、その場にくず折れる。


「私には、あの方を笑わせる事なんて出来ない。あの方を幸せに出来るのはアイシャ様だけなんだと、納得したのに……、なんで貴方が、ノア様の求愛を拒否するのよ!!」


 机に突っ伏し泣き続けるアナベルを見て、アイシャは、ある事を考えていた。


(やはり、アナベル様は素敵な女性だわ)


 好きな男性のために、こんなにも身を呈して頑張れる女性は、なかなかいない。


(私だったら、好きな人のためでも、辛い妃教育なんて受けてらんないわ。しかも、相手が応えてくれるかも分からないのに)


 少々、激情型のアナベルだが、ノア王太子の事が絡むと、こうなってしまうのかもしれない。恋は人を狂わすとも言う。あの夜会での言動も致し方なかったのだろう。アナベルの本質は、努力家で思慮深く、皆の憧れに足るだけの存在感を放つ令嬢。


(ぜひ、お友達になりたい)


 アイシャは、デビュタントの夜会でアナベルに会ってからというもの、彼女とのお友達計画をずっと練ってきたのだ。あの日以来、使える伝手は全て使い、アナベルの人となりを調べ尽くした。


 アナベルは令嬢の憧れの的であり、淑女の(かがみ)と言われている。しかし、その地位に驕らず、傲慢になることもなく、上位貴族から下位貴族に至るまで、別け隔てなく接する姿は、素晴らしいの一言につきる。


 幼少期からノア王太子殿下の妃候補として、あらゆる知識を身につけ、その博識ぶりは他を寄せ付けないほどだと。親しい友人からの情報だと、王太子妃になるため、愛するノア王太子殿下と結ばれるため並々ならぬ努力を重ねて来たそうだ。ノア王太子殿下の妃として将来は立派な王妃になるだろうと言われていたらしい。


 そんな話を友人令嬢達から聞いたアイシャは、疑問に思っていた。


(なぜノア王太子は、完璧なアナベル様と言う存在がいるのに、私に求婚するなんてバカをやらかしたのか?)


 一応、ノア王太子の幼馴染みの端くれとして、彼の性格は把握しているつもりだ。


 ノア王太子の態度は、男女の駆け引きに疎いアイシャを揶揄って、反応を楽しんでいただけ。決して恋愛感情なんてものはない。


 しかし、公の場で二曲ダンスを踊り、アイシャに求婚した。これは政治的な思惑が絡んでいるとみて間違いないだろう。


 目の前で泣き崩れるアナベルを見て考える。


 この方こそ、ノア王太子殿下の妃となり国を支えるに相応しい人だ。誰かのために頑張れる人は滅多にいない。


(ノア王太子の政治的思惑から逃れる為にも、アナベル様を利用させて頂きます!)


 目の前で、泣き続ける彼女を見つめ、アイシャは不適な笑みを浮かべた。

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