恋慕【リアム視点】
「ふふ、ははは……、あの程度で慌てるなんて、可愛い過ぎだろ」
アイシャの初心な反応を思い出し、リアムの口元に自然な笑みが浮かぶ。
キースと過ごした一週間で、アイシャの気持ちに変化があったかとカマをかけてみたが、あの調子だと何も無かったのだろう。キースがアイシャに、どんなアプローチを仕掛けたかは分からない。しかし、あの鈍感なアイシャが相手では、さぞかし手をこまねいた事だろう。
(まだまだ、チャンスはある。生温いアプローチを仕掛けるつもりはない。一週間でアイシャの心に、私の存在を刻み込まねばならない)
後に控えるノア王太子の存在が、リアムの心に重くのしかかる。
あの御方が本気になれば厄介だ。地位も権力も女の扱いですら、勝てる自信がない。ノア王太子がアイシャを愛しているかと問われれば、今の段階では違うと言える。彼女自身が欲しいと言うよりも、次期王としての立場を確固たるものにするため、『白き魔女』を手に入れようと考えての行動だろう。
『白き魔女の恩恵を受けし伴侶は世界の覇者となる』か……
エイデン王国に伝わる伝承を利用すれば、次期王としての立場は確固たるものになる。しかし、そんなもののためにアイシャを利用させるわけにはいかない。
アイシャには、自分が『白き魔女』だと知らずに、幸せな人生を歩んで欲しい。
彼女の素晴らしさは、柵に囚われない自由な考えと、己の夢を実現させるために行動出来る強さにある。
『白き魔女』という柵に囚われてしまえば、アイシャの良さは失われてしまう。そして、あの輝くような笑顔も。
(アイシャには、自由に生きて欲しい……)
ソファへと寝そべり、アイシャとの未来を考える。輝く笑顔を浮かべる彼女の隣にいるのは私であって欲しいと願いながら。
♢
「失礼致します。ただ今、アイシャ様をお部屋へと、ご案内致しました」
「――――そうか。それで、彼女の様子は?」
「あの様子ですと、しばらくは、怒りが収らないかと思います。アイシャ様とのディナーは、いかがなさいますか?」
逃げるように部屋を退室したアイシャの姿を思い出し、笑みが浮かぶ。今ごろ、ベッドに潜って叫んでいるな。『リアムなんて大っ嫌い』とでも叫ばれていそうだ。
顔を真っ赤に染めて、枕に八つ当たりしているであろうアイシャの姿を頭に思い浮かべるだけで、こんなにも心が弾む。
(本当、昔から面白い令嬢だよ、アイシャは)
確か、初めての出会いも、四阿を覗いていたアイシャが、四つん這いで逃げ出すところを捕まえたのだった。
(どうして、あんな生垣の影から四阿を覗いていたのか、聞いたことがなかったが……)
令嬢にあるまじき四つん這い姿で逃げ出そうとしていたアイシャの突飛な行動にも、何か深い意味があったのだろう。アイシャと深く付き合うようになった今なら、そんな彼女の突飛な行動ですら理解してやれる。
(昔から規格外すぎて、アイシャと一緒にいるだけで、本当飽きないな)
これからアイシャと過ごす一週間の船旅が楽しみで仕方がない。
「一緒のディナーは無理だろう。アイシャの部屋にディナーを運ぶよう、厨房へ伝えてくれ。私もここで軽く食事を取る。簡単な物を準備してくれ」
「かしこまりました。取り急ぎ伝えます。それと、例のドンファン伯爵家の白き魔女の噂についてですが、詳細がわかりました」
もう一人の白き魔女か……
「話を続けてくれ」
「名をグレイスと言います。ピンクブロンドの髪に緑の瞳のたいそう可愛らしい令嬢だとか。生まれは貧しい農村の出ですが、その村が盗賊に襲われるのを予知し、それを聞きつけたドンファン伯爵家に、十七歳の時、養女として入っています。『さきよみの力』があると言われています」
「さきよみの力とは、最後の白き魔女と同じ力か。その真偽は?」
「真偽のほどは、わかりません。ドンファン伯爵家に入ってから近しい貴族家に行ったとされる予知もいくつか報告はされていますが、裏でドンファン伯爵家が糸を引いていた形跡がチラホラと。社交界で流れている噂の信憑性は低いかと思われます」
「では、グレイス嬢が行った予知で信憑性が高いと思われるものは、ドンファン伯爵家に入る前に行ったもののみか。なんとも怪しいなぁ……」
「しかし、その予知に関しても出来すぎていると申しますか」
「グレイスと盗賊が仲間同士で、彼女が仲間を裏切り密告すれば、予知は当たるということか」
「はい。ただ、自然災害の予知は仕組むことが出来ませんので、本当にさきよみの力があったのかもしれません」
「まぁ、真相がどうであれ、厄介な存在であることに変わりはない。よりにもよって、白き魔女を名乗るとは……」
アイシャが白き魔女としての力を復活させたのは、疑いようもない事実だ。あの日、この目で確かに見た。
グレイスとかいう女の『さきよみの力』が本物だとするなら、白き魔女としての力を持つ者は、アイシャとグレイスの二人ということになる。
「グレイス嬢は、リンベル伯爵家の遠縁なのか?」
「いいえ。リンベル伯爵家とは全く関係ございません。ルイ殿の隠し子という事もありませんし、生家もリンベル伯爵家との繋がりは一切ありません」
最後の白き魔女の遺言、『リンベル伯爵家の女児から白き魔女が復活する』という伝承にも当てはまらない。
(まぁ、この伝承は王家とナイトレイ侯爵家、そしてウェスト侯爵家の極秘事項ゆえ、伝承を知らないドンファン伯爵が己の利のために、娘が白き魔女だと社交界に言いふらしているのだろうが)
「グレイス嬢のさきよみの力が本物かどうか、今の段階では判断出来ない。引き続き、ドンファン伯爵とグレイス嬢の行動を監視し、随時伝えよ」
「承知致しました」
執事姿に擬態した侯爵家直属の暗部の男を見送りながら、今後のことを考える。
必ずやグレイスは、アイシャに仇なす存在となるだろう。どんな手を使ってでも、大切なアイシャを守らねばならない。
幸いにも、アイシャが白き魔女としての力を復活させた事を知る者達は、古の契約で結ばれた四家のみだ。
(ドンファン伯爵家の出方次第では、グレイス嬢を闇に葬らねばならん。全てはアイシャとの幸せな未来のために……)




