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男女のかけ引き

「アイシャ、無事に着いて良かった。夜会ぶりだね」


 チーフクルーが立ち去れば、ソファに座り書類を見ていたリアムが立ち上がり、アイシャへと近づく。


「リアム様、この度は船旅にお誘い頂きありがとうございます。わたくし船旅は初めてですの。とても楽しみにしておりましたわ」


 アイシャは、その場でカーテシーをとり、決まりきった挨拶をする。


「嫌だなアイシャ、そんな他人行儀なあいさつ、やめてくれ。私とアイシャは、幼なじみだろ」


「ふふ、それもそうね。ただ、意趣返しをさせてもらったつもりよ。私の知らない所で、色々と暗躍してたみたいだし。すっかり皆さまの策に()められてしまったわ」


 ジト目で睨むアイシャを見て、リアムがクスクスと笑う。


「まいったなぁ~、アイシャに『愛している』って言ったのは、本心なんだけどな。まぁ、鈍感なお姫さまには、全く伝わっていなかったみたいだけどね」


「はっ? 鈍感なお姫さまって、失礼な」


「だって、そうだろう。夜会で言ったことも忘れているみたいだし。人気(ひとけ)のない所で男と二人きりになると、どうなるか自覚した方がいい。あっという間に、喰われるぞってね」


「あっ!? ま、待って――――」


 いっきにアイシャとの距離をつめたリアムに腰を抱かれ、(おとがい)に手をかけた彼に深いキスを落とされていた。驚きでわずかにあいた唇の隙間をぬい、口腔内へと侵入したリアムの舌に、己の舌を絡め取られ、吸われる。ジンっと背を駆けのぼった痺れに、アイシャの脳は思考を停止してしまった。


(まずい……、意識が遠のく)


「くくっ、アイシャは深いキスの仕方も知らないのかな? 鼻で息をしないと窒息するよ」


「――――へっ?」


 痺れた頭ではリアムが言っている言葉が理解できない。


「もう一度教えてあげようか?」


 アイシャの潤んだ瞳が、近づいてくるリアムの唇を捉えた時だった。『ボッボォ――――』と、出航を告げる汽笛の音に、やっと我に返ったアイシャはありったけの力を込め、リアムの胸を押した。


「リアム様! 離してくださいませぇぇぇ」


 リアムの腕からどうにか逃げ出したアイシャは、バルコニーへと続く扉から外へと出る。手すりにつかまり、階下をのぞけば、甲板に出た沢山の乗客が、桟橋に集まる人々に手を振る光景が目に写る。どこからともなく降り注いだ紙吹雪が風に舞い、船上を特別な空間へと変貌させていた。


 リアムとのキスで赤く上気した頬を、優しい潮風が撫でていく。徐々に落ち着きを取り戻したアイシャの心には不思議な高揚感が渡来していた。


(このドキドキは、船旅へのちょっぴりな不安とワクワク感から来るものよ!)


「甲板で出航セレモニーをやっているみたいだね。後で、甲板にも降りてみようか。その後は、船内で軽食でも取ろう」


 いつの間にか隣に来ていたリアムの存在に、アイシャの心臓が早鐘を打ち始める。


(私、どうしちゃったのかしら? これじゃ、まるでリアムを意識しているみたいだわ。きっと、さっきのキスのせいよ……)


「えぇ。甲板にも降りてみたいわ」


 アイシャは、赤くなった頬を隠すようにうつむくと、リアムの言葉に適当な相槌を打ち、その場をやり過ごす。


 甲板での出航セレモニーが終わり、ゆっくりと船が動き出す。


「リアム様、船が動き出しましたわ! 本当に不思議。こんなに大きな船が動き出すなんて」


「この船は、最新式の蒸気船なんだ。石炭を燃料に、蒸気タービンを動かして、スクリューを回し、前進している」


「リアム様、詳しいのね」


「まぁ、この船はウェスト侯爵家が所有する船だしね。自分の家が所有する船の性能くらい知っておかないと。ウェスト侯爵家は、ここら辺一帯の港町を領地としているんだよ。この蒸気船を所有する船会社も、ウェスト侯爵家の傘下のひとつだ」


 道理でロイヤルスウィートなんて言う、王族が泊まるような最上級の部屋を確保出来るわけだ。己の家が所有する船であれば、当たり前か。改めて感じる家格の違いに目眩すらする。


「アイシャ、潮風に当たり過ぎると身体が冷える。部屋の中へ戻ろう」


 アイシャはリアムに促され、部屋へと入る。もちろん、アイシャの腰にさりげなく手を回したリアムのエスコート付きでだ。


 ピッタリと腰に腕を回されている状況に、アイシャの緊張も高まっていく。しかし、無理矢理リアムの腕を引きはがすのも気がひける。


(今の状況を気にしないためには、他のことに目を向ければいいのよ)


 無理矢理、意識を切り替えるために、何かないかと視線を巡らす。改めて部屋の中を見回せば、ロイヤルスウィートの名に相応しい豪華な家具や、調度品が目に入る。


「本当、素敵なお部屋。調度品にはあまり詳しくない私が見ても、素晴らしいものだとわかるわ」


「おや? アイシャは、部屋の内装になんて興味がないと思っていたけど」


「なっ! 私だって、剣ばかりを振っていた幼い頃とは違いますのよ。淑女教育も受けましたし、多少は見る目も養いまして……」


 だんだんと尻窄まりになる言葉に、急にリアムの目が気になりだす。


(私、なに張り合っているのかしら……)


 淑女教育をしたと言っても、たった一年だけだ。付け焼き刃の知識で、侯爵家の息子と張り合おうだなんて、それこそおこがましい。でも、悔しいものは、悔しいのだ。


(少しは、私だって令嬢らしくなったんだから)


「先ほどリアム様が座っていた猫脚のソファも、精緻な花の刺繍が施され、とても素敵です。それに、壁に飾られた絵画も絵心がない私でも分かるくらいセンスが良いものだわ」


「アイシャが気に入ってくれたならよかった。会えない間に、色々と努力したんだね」


「えっ?」


 腰を抱いていたリアムの腕に身体を回され、気づいた時には向かい合う形で、彼の腕の中へと収まっていた。


「アイシャ、私のために努力してくれたの?」


 キュッと抱きしめられ、耳元でささやかれた言葉に、鼓動が大きく跳ねる。急に甘さを増した雰囲気に、アイシャの頬が赤く染まっていく。


(まずい、まずい、まずい……、このままでは、リアムの手管に巻かれ、さっきのキスの二の舞になってしまう)


「リ、リアム様!! わたくしのお部屋はどこですの?」


「えっ? アイシャの部屋? ここだけど……」


「――――はっ?」


 リアムの案内で見せてもらった寝室は、この部屋に一つしかなかった。


「えっと……、寝室が一つしかございませんが?」


「そうだね。一緒に寝ればいいんじゃないかな」


「えっ、えぇぇぇぇ!!!! イヤイヤイヤ、無理です。絶対無理です! わたくし達、未婚の男女でしてよ!!」


「そうだね。でも、問題ないでしょ、すぐに婚約するし」


 婚約するとかなんとか、さらっと怖いことを言っているが、この際それは無視だ。今はとにかく、自室を確保することが最優先事項だ。


「リアム様、早まってはなりません。同衾するなんてもっての他です。わたくし、ナイスバディな身体でもありませんし、もちろん何も起こらないのはわかっておりますが、世間の目と言うものがありますのよ」


「私は、別に気にならないけど」


「いえいえ、そう言う問題ではありません。このフロアには、使用人部屋が、沢山あるではありませんか。そちらを一部屋、使わせてもらってもよろしいでしょ」


 船旅の間、リアムと一緒のベッドだなんてハードルが高過ぎる。何も起こらないと分かってはいても寝られるはずがない。


「う〜ん、困ったな。残念ながら使用人部屋はいっぱいなんだ。船は狭いだろう。必要最低限の使用人しか連れて来ていないけど、それでもアイシャに一部屋空け渡すのは難しいな。侍従や侍女に廊下で寝泊りしてもらう事になってしまう」


「では、私が廊下で寝泊まりします」


「それは許可できない相談だ。客人を廊下で寝かせたなんて知られたら、ウェスト侯爵家の威信に関わるからね」


「そんなぁ……」


「アイシャ、世間体は全く気にしなくて大丈夫だよ。このフロアにいるのはウェスト侯爵家の使用人のみだし、ロイヤルスウィート専属のクルーは何があっても秘密は漏らさないように教育されている。アイシャは何も心配せず、私とベッドを共にすればいい」


 抱かれていた腰をさらに強くひかれ、リアムと向かい合わせに見つめ合う。


「何があっても絶対外部に漏れる心配はないけど、もし私とアイシャが同じベッドで、一夜を共にしたと外部に流れたらどうなるだろうね? 何も起こらなくとも、アイシャは私のところへ、お嫁に来るしかなくなるかなぁ。もちろん二人で既成事実を作っちゃうのも私は大歓迎だよ。一週間の船旅が、実に楽しみだね」


 黒い笑みを浮かべ、クスクスと笑うリアムを見つめ、アイシャの頭の中では、彼に言われた言葉がクルクルと回る。


『男は皆、ケダモノ』


 黒いオーラを纏ったリアムが、最後のトドメを刺すかのように、ニッコリと笑う。


「ひっ!! リ、リアム様、早まっちゃダメよ。節度を持った行動を取りましょう。わたくしと同衾したなんて噂が流れたらリアム様だって、お困りになるわ!」


「別に僕は困らないけどな……、むしろアイシャと既成事実を作って、私から逃げられないようにしたいくらいだよ。我が国は比較的、性には寛容な国だから結婚前に一夜を共にしているカップルも多いしね。現状では、アイシャの婚約者候補の一人なわけだし、結婚してしまえば、そこら辺は寛容に見てもらえるよ」


 イヤイヤイヤ、そう言う問題ではない。


 一瞬、リアムの言葉に納得しそうになってしまったアイシャだったが、慌てて首を横に振り、思いとどまる。


(アイシャ、しっかりするのよ!)


「でもやはり、その様な行為は結婚してからがよろしいかと思いますの。だって、わたくし初夜は真っさらな体で迎えたいですもの」


 リアムが思いとどまるなら、何だって使ってやるわよぉぉぉ!!


 アイシャは恥ずかし気に目を伏せ、消え入りそうな声で言ってみた。


「アイシャ、貴方って人は……、はぁぁ、わかりました。貴方と結婚するまでの辛抱ですね。変な噂も流しませんから」


 よっしゃ! 思いとどまったか。


 リアムのため息混じりの言葉を聞いたアイシャは、作戦が成功したことがわかり、心の中でガッツポーズを決める。


「――――処女は奪いません。でも、それ以外は保証しませんから」


「えっ!?」


 作戦が成功したことに気をよくしていたアイシャは油断していた。ドサッという音と共に、いつの間にかソファへと押し倒されていたアイシャは、リアムに唇を貪られる。


 始めのキスが可愛く思えるほどの口淫を仕掛けられて、あっという間に呼吸が上がってしまう。酸素を求め、口を開ければ、さらに奥深くまで侵入してくる舌に翻弄され、脳は酩酊していく。


(あぁぁ、無理……、死ぬ……)


「失礼致します。お返事が無かったもので勝手に入らせて頂きました。リアム様、そろそろアイシャ様を解放なさいませ。アイシャ様のお部屋のご案内と専属侍女の紹介を致しますので」


「・・・・・えっ!?」


 部屋に入って来た執事の言葉に、やっと我に返る。


(だ、だまされたぁぁぁぁぁ)


「リアム様! だますなんてひどいです!!」


 アイシャの上から起き上がったリアムの目が悪戯に笑っていた。


 リアムの行動にヘソを曲げ、私室へとこもったアイシャを乗せ、船はゆっくりと進む。


 自分の好みバッチリの居心地の良い部屋へと案内されたアイシャは、侍女が去るとすぐに、ふかふかのベッドの上へと寝転がり、枕に顔を埋め考える。


(きっと、揶揄われただけなのね……)


 心に宿った一抹の寂しさにそっと蓋をして、アイシャはふて寝を決め込むことにした。


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