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見解の相違

「あのぉ、護衛の方は、いらっしゃらないのですか?」


 昨日の約束通り、朝から遠駆けへ行く準備をしたアイシャは、(うまや)前でキースと合流したわけだが、辺りを見回しても、馬の世話をする馬丁しかいない。


「ナイトレイ侯爵領地は管理が行き届いているから、護衛がいなくても、なんの問題もない。万が一、賊に襲われても、アイシャ一人くらいなら守れるから大丈夫だ」


「そう言うものですか」


 騎士団の中でも、剣の腕はトップクラスと名高いキースが言うのだから問題はないのだろう。キースと二人きりというのが、なんとも落ち着かないが、わがままを言うのも気がひける。


「それにな、アイシャとの二人きりの時間を邪魔されたくない」


「なっ! はぁぁ、左様ですか」


 よく、そんな小っ恥ずかしい事、面と向かって言えるなぁと、変なところに関心しつつ、キースの手を借り馬へと跨る。相棒は昨日と同じ栗毛色の馬だ。アイシャを馬の背に乗せた後、彼女を抱き込むように、キースが馬の背に跨る。耳元で感じるキースの息遣いを妙に意識してしまうのは、この近しい距離感からだろうか。


(キースが、あんなこと言うから悪いのよ)


 顔を真っ赤に染め、心の中で可愛い悪態をつくアイシャと、そんな彼女を愛し気に見つめるキースを乗せた馬が走りだす。木漏れ日差し込む小道をゆっくりと進む。時折り吹く心地良い風と、小鳥の鳴き声に、いつしかアイシャの緊張も解けていった。


「アイシャ、ここら辺でお昼休憩にしよう」


 キースの手を借り馬から降りたアイシャは、辺りを見回す。目の前に広がる小川は、大小の岩がゴロゴロと点在し、ゆっくりと水が流れていく。そして、穏やかな川面(かわも)には、陽の光が反射してキラキラと輝く。


(綺麗ね……、川の中に入ることって出来ないのかしら?)


 アイシャは靴と靴下を脱ぎ捨て裸足になると、小川の岩に腰掛け、足を水の中に浸した。サラサラと流れる水が火照った足を冷やし、とても気持ちいい。


「気持ち良さそうだなぁ~、俺も入っていいか?」


 アイシャに、二人分のサンドイッチの包みと水筒を手渡したキースが、アイシャの隣へと座り、足を小川に浸す。


「これは冷たくて気持ち良い。この小川は、山麓の湧水が流れて来ているから、こんなに冷たいんだろうなぁ。身体が熱かったから丁度いい」


 小川に足を浸しながら食べるサンドイッチ。ゆっくりと、時間が流れていく。


(キースと、こんな穏やかな時間を過ごせるなんてね)


 あの当時、わけも分からず憎まれ、剣を振るわれていた過去は、気にしないようにと、心の隅に追いやっていても、精神的なダメージは大きかった。


(ただ二人でサンドイッチを食べているだけなのにね)


 温かくなった心のままに、自然と笑みを浮かべていた。


「アイシャが楽しそうで良かった」


 アイシャの方へと振り向いたキースの手が、頬に触れる。


「――――えっ!?」


「笑っている……、ナイトレイ侯爵領へ来てからずっと緊張していただろう。こんな自然な笑みを見たのは初めてだ。アイシャが俺といて自然に笑ってくれたのが嬉しいんだ」


 心の底から嬉しさがあふれ出たかのようなキースの笑顔を見て、アイシャの心臓がトクンっと高鳴る。


(なんて顔して笑うのよぉ。私は、イケメン耐性無いんだから!!)


 キースの破壊力増し増しの笑顔を見て、アイシャの頬が、みるみる熱をもつ。このまま沸騰して倒れてしまいそうだ。


「一度アイシャに聞いてみたかった事があるんだ」


「えっ? 何でしょう?」


「どうして剣を握ろうと思ったんだ?」


 一人百面相をしていたアイシャは、急に真剣な顔に戻ったキースに、予想もしていなかったことを尋ねられ、答えに詰まる。


「以前、兄上から聞いたのだが、自分の身を守らねばならない事情があるとか何とか。周りに聞く限りだと、リンベル伯爵家の家族仲はとても良いはずだが、命を狙われるような事があるのか?」


 騎士団本丸の男同士の熱き肉弾戦を見たかったなんて言ったら、絶対引かれるよなぁ……


 大昔に、そんな口から出まかせを師匠に言ったことを思い出し、アイシャの背を冷や汗が流れていく。


(あぁぁぁ、自分の趣味がバレるわけにはいかないのよぉ)


「あ、あの当時は、結婚せずに自立する夢を持っていましたから!! ひとりで生きて行くには、自分の身は自分で守らないとでしょ。だから剣というか、護身術を習いたかったのです」


 アイシャの言葉に、何か考え込んでいるキースの様子に、嘘くさかったかと、アイシャの頭の中では次の言い訳を考え右往左往する。


「――――しかし、貴族令嬢が結婚もせずにどうやって生きて行くつもりだったんだ? 職もなければ、自分の身の回りの世話すら出来ないだろう。衣食住を整えるのにも金はいるぞ」


 なんだ、その偏見は!!


「キース様、それこそ女性に対する偏見ですよ。女性だからって手に職をつけられないとは限りません」


「確かにな。騎士団にいる女性騎士も、王城で働く女官や侍女も、貴族令嬢が就く職のひとつか」


「そうです。それに幼い貴族令嬢のマナーや刺繍など、淑女としての教育を施すため雇われる家庭教師もれっきとした女性が就く職業です」


「しかし、男が稼ぐ給金より、はるかに少ないのが現状ではないのか。貴族家で養われていた時よりもかなり質素な生活を強いられるだろう。貴族家に嫁ぐ方が幸せだと思うが」


「それこそ偏見ですわ。結婚が全てではありませんもの。給金が少なくとも、工夫次第で衣食住を担保することは出来ます。貴族令嬢でも結婚せずに生きて行くことは可能なのです」


「確かにその通りだが……、アイシャは将来、結婚するつもりがないのか?」


「社交界デビューするまでは結婚するつもりはありませんでした。しかし、王城で開かれた夜会で策略に嵌められまして、どなたかと婚約を結ばなくては、いけなくなりましたの。キース様も心当たりはお有りかと思います」


 策略に嵌められた手前、当事者の一人であるキースを、ついついジト目で睨んでしまう。


「俺はアイシャにプロポーズしたことを後悔したりしない。ノア王太子やリアムがアイシャにアプローチしているのも知っているが譲るつもりはない」


 己を見つめるキースの真剣な眼差しとぶつかり、アイシャの心臓の鼓動がトクトクと高鳴り出す。しかし、速まる鼓動の音に気づかないフリをして、言い募る。


「わたくしも、誰かとの結婚が避けられないのであれば、政略結婚も致し方ないと考えております。皆さまにとってリンベル伯爵家と姻戚関係になる事は、とても重要だと存じています。娘は、私のみですから、嫌でも私と婚約しなければなりませんものね」


「はっ!? アイシャは、何を言っているんだ! ちょっと、待て……」


「――――でも、問題ありませんわ! わたくし、愛人を囲うことには寛容でしてよ。衣食住さえ補償くだされば、すぐに別宅へ移りますし」


 若干心の奥がモヤモヤするが無視し、キースの目を見てきっぱり告げてやる。


(そうよ! 愛人とお幸せに〜、そしてバラ色の人生、こんにちわよ)


 そんなことを考えていたアイシャの肩を、隣で深いため息をこぼしたキースがつかみ、にらむ。


「俺達がアイシャにアプローチしているのは、リンベル伯爵家と姻戚関係になりたいからだって!? しかも愛人を囲ってもいいだなんて、何を勘違いしたら、そんな解釈に行き着くんだ!!」


「えっ? 違うの?」


「いいか、アイシャ。俺もリアムもノア王太子だって、リンベル伯爵家と姻戚関係になる事には何の興味もない。俺達はアイシャと結婚したいんだ。アイシャ以外の女と結婚するつもりもない! 他の二人がどうかは知らんが、俺は政略結婚でアイシャにプロポーズをしたつもりはない。愛しているから、心の底から手に入れたいと思ったから、プロポーズをしたんだ!」


 私を愛しているからプロポーズをした? 

 えっ……、意味がわからない。

 私のどこにそんな魅力があるのよ!


「わ、わかったわ! キース様は、私に対する罪悪感からそんな事をおっしゃっているのよ! 確かに、キース様に傷物にされましたし、お嫁に行けないと思い責任を取るおつもりなのね」


 そう考えれば、何の魅力もない自分に、令嬢の憧れの騎士様が婚約を申し込むのも納得できる。責任感が強いキースならあり得る話だ。


「でも、大丈夫です! 結婚するつもりもありませんでしたし、今は傷ひとつないピッカピカの身体をしておりますので!!」


 必死で言葉を紡ぐアイシャに、怖い顔をしたキースがにじり寄る。


(なんで、怖い顔してるのよぉ。私、何も間違ったこと言ってない……)


「アイシャには、俺の気持ちは届かないのか……」


 切なそうに歪められたキースの瞳を見つめ、アイシャの心がジクジクと痛み出す。ただ、その理由がわからない。


「アイシャへの愛は、罪悪感なんかじゃない。俺は、貴方の聡明さと、罪を許す寛大で優しい心に惹かれたんだ。それだけじゃない。自身の意志を貫く強さに、そして間違った事を質す勇敢な心に……、もちろん蜂蜜色の綺麗な髪に、愛らしいコバルトブルーの瞳は、いつまででも見ていたいと思うほど魅力的だ。アイシャを愛しく思う理由なら、いくらでも言える」


 これは、本当に私のことを言っているの?


 キースの過分な褒め言葉にアイシャの顔が真っ赤に染まる。


「アイシャ、お願いだ。俺との結婚を本気で考えて欲しい。俺は、アイシャだから結婚したいと思えたんだ」


 キースに抱きしめられ紡がれた愛の言葉が、アイシャの心に楔を打ち込む。胸の奥底で疼く熱を持て余し、アイシャは、ただただキースの腕の中で震えることしかできなかった。


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