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後悔、先に立たず【キース視点】

(俺がアイシャに持っていた憎しみは、ただの八つ当たりだったのだろうか……)


 アイシャに言われたことが頭から離れない。


 キースは兄から跡継ぎの座を奪ってしまった罪悪感をアイシャを憎むことでしか、紛らわす術を知らなかったのだ。


 いいや、違う。それは、ただの言い訳に過ぎない。


 アイシャの言う通り、今までキースは兄の本心を直接聞いた事も、父に跡継ぎは兄の方が相応しいと進言したこともなかった。


(俺は、全ての責任をアイツに押しつけ逃げていただけだった)


『騎士たるもの弱き者を護るため剣を握れ』


 いつだったか、剣の師匠だった兄から言われた言葉だった。


 剣の扱いもままならないアイシャを本気で吹っ飛ばし、容赦なく打ちつけた。明らかに自分より力も技術もない女性に対して、耳を塞ぎたくなる汚い言葉を何度も浴びせた。


(俺は、なんて酷いことをアイシャにしてきたのだろう……)


 自責の念が胸に去来するが、過去を消え去ることは出来ない。


(それなのに……、俺の最後の罵声にもアイシャは冷静な言葉と助言を与えてくれた。兄上は今、幸せなのだろうか?)


 マクレーン伯爵家や夫人を避け続けて来たことを、今さら後悔しても遅い。もっと早く、兄の本心を聞いていたら彼等との関わりも今とは違うモノになっていたかもしれない。


 深いため息をひとつ溢し、キースは副長執務室の扉をノックする。


「失礼致します。兄上、お話があります。今、お時間よろしいでしょうか?」


「キースか。アイシャと和解出来たのか?」


「俺はアイシャに、たくさんの酷い行いをして来ました。なのにアイツは、俺を罵倒することもせず、俺の理不尽な物言いに助言までしてくれた」


 俯き、紡ぐ言葉に応えはない。


(俺の言葉に、兄上は今、何を思っているのか)


 きっと呆れている。兄の顔を見ることが怖くて仕方がない。


 だが、もう逃げない。


「兄上に聞きたい事があります。兄上は今、幸せですか? マクレーン伯爵家に婿入りして、幸せな日々を過ごせているのですか? 俺が跡継ぎの座を奪ってしまったことを恨んではいないのですか?」


 膝をつき泣き崩れたキースの肩が優しく叩かれる。


「お前がアイシャに辛く当たっていたのは、ナイトレイ侯爵家の跡継ぎ問題が原因か。キースに何も言わなかった俺も悪いな。俺は、マクレーン伯爵家に婿入り出来て幸せだ」


 兄の言葉に、項垂れ泣き続けていたキースが顔をあげる。その瞳には、優しく笑む兄の顔が写っていた。


「キース。俺と妻は、まだ俺がナイトレイ侯爵家の跡継ぎだった頃から恋人同士だったんだ。ただな、あの当時、妻と俺は立場上、結婚出来る状況ではなかった。マクレーン伯爵家の一人娘だった妻は、家を存続させるために婿を取るしかなかった。俺も跡取り息子だったしな。そんな時、リンベル伯爵家にアイシャが生まれ、ナイトレイ侯爵家の跡継ぎが歳の近いキースに替わることが決まった。そのおかげで俺は愛する妻と結婚する事が出来たんだ」


「では、兄上は――――」


「ああ、俺にとっては、アイシャもキースも感謝こそすれ、恨むことなど万が一にもない。二人とも大切な弟子だ。あの時、アイシャに剣を教えると言ったのも感謝からだったのだろうな」


 アイシャの言った通り、兄は幸せだった。そして、キースが兄に抱いていた罪悪感は無意味なものだったのだ。


「それにな、俺はお前の方がナイトレイ侯爵家の跡継ぎに相応しいと思うぞ。お前の騎士としての実力は抜きん出ている。俺から見てもその若さで一部隊を統率する手腕は見事だ。お前は、自分が思う以上に優秀な奴なんだよ。いくらアイシャと歳が近いと言っても無能な奴を父上がナイトレイ侯爵家の跡継ぎにするわけがない」


 そう言って笑う兄の言葉が、疑心暗鬼でがんじがらめになった心を解いていく。


「騎士として抜きん出て優秀な当主でなければ、ナイトレイ侯爵家は『白き魔女』を護る片翼の地位を維持することは出来ないからな」


『白き魔女』の片翼。


「彼女は……、アイシャは『白き魔女』なのでしょうか?」


「たぶんな。アイツは、全く気づいていないが。しかし、あの場にいたメンツが不味かった。陛下の子飼いとウェスト侯爵家のリアムとはついていない。情勢が大きく動き出すだろう。王家に、ウェスト侯爵家……」


「しかし、兄上。『古の契約』など、そんなカビの生えた契約、リンベル伯爵家は守るのでしょうか?」


――――かつて、エイデン王国には『魔女』と呼ばれる存在がいた。


 あらゆる力を有し、他者にも力を分け与える事が出来る存在。しかし、その力を使う行為は命を削る行為と同じだった。


 時代の王達は、絶大な力を持つ『魔女』を搾取し、都合良く扱った。その結果『魔女』の絶対数は急激に減っていった。


 それを食い止めようと試行錯誤を繰り返し、多くの魔女を輩出してきたのが、リンベル伯爵家だった。


『白き魔女』とは、魔女を絶やさぬため苦心したリンベル伯爵家を讃え、リンベル伯爵から生まれる魔女にのみつけられた呼称である。


 しかし、多くの『白き魔女』を輩出してきたリンベル伯爵家だったが、魔女の力を有する者を増やすため、近親婚を繰り返した結果、血が濃くなり、子供が産まれにくい状態へと追い込まれた。


 リンベル伯爵家だけでは、子孫を残すことが難しくなり『白き魔女』の存続が危ぶまれる事態に陥ったとき、リンベル伯爵家に手を差し伸べた家があった。


 絶大な権力を有するウェスト侯爵家とナイトレイ侯爵家。


 それぞれの当主と契ったリンベル伯爵家の白き魔女は、三人の子を産む。二人の男児は、それぞれの侯爵家へと養子に出され、女児だけがリンベル伯爵家に残り、この娘が、さきよみの力を持つ『最後の白き魔女』となった。


『古の契約』とは、『最後の白き魔女』と王家、ウェスト侯爵家、そしてナイトレイ侯爵家の三家の間に交わされた密約。


 いずれ、リンベル伯爵家に『白き魔女』が復活する。そう言い残し消えた『最後の白き魔女』の遺言を信じ、三家は『白き魔女』の末裔たるリンベル伯爵家を保護し続けることを誓った。


 その対価としてリンベル伯爵家は、復活した『白き魔女』を二家のいずれかに、嫁がせると約束した。そして、『白き魔女』を護る両翼は、王家に忠誠を誓うと。


 過去、絶滅に瀕した『魔女』を救ったナイトレイ侯爵家とウェスト侯爵家を『白き魔女』の両翼とし、王家を『白き魔女』を保護する立場に置いた四家による密約。


「『古の契約』は、どんなに時が過ぎようとも破棄することは出来ない。『白き魔女』を己の血で生み出してきたリンベル伯爵家だからこそ、『古の契約』を破棄などしない。『白き魔女』の復活はリンベル伯爵家にとっても悲願だろうしな」


「そうですね。三家の保護がなければ『白き魔女』は、あっという間に喰いものにされてしまう」


『白き魔女を迎えし伴侶は、世界の覇者になる』


 あの伝承がある限り、『白き魔女』に平穏は訪れない。


「しかし、お前の時代に『白き魔女』が復活するとはな。リアムがお前の最大のライバルになる。言っている意味はわかるな?」


 キースは、兄の言葉に頷く事しか出来なかった。


(もっと早く、兄上と話していれば何かが変わっていたのだろうか。アイシャとの関係も……)


 苦い後悔だけが残っていた。

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