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ホラー短編集

遠くの踏切

作者: 幕田卓馬

 その夜は雪が積もっていた。


 僕の部屋の窓から見渡せる田園風景も綿を敷き詰めたように白一色へと染まり、凹凸が均された平坦な地面が数百メートル先の県道まで広がっていた。


 地面には雪の白、明確な境界線を越えて広がるのは空の黒。雪は一時的な小康状態を迎えている。


 窓のカーテンを開け、ガラスに溜まった結露の水滴を右手で拭うと、窓から漏れた明かりが辺りの白を輝かせた。まるで僕が一歩踏み出すのを待っているかのように、外には白い絨毯が敷き詰められている。


 僕は少しだけ窓を開けると、タバコに火をつけた。窓の隙間から吹き込む風は冷たく、夢現な僕の頭を覚まさせる。何の気なしに遠くの県道を眺めている。


 県道の先には踏切があった。


 そこに誰かが立っていた。


 そいつは線路の中央に立ち、両手を力なく垂れ下げた状態で、左右にゆらゆらと揺れていた。

 人のような形をしてはいるが、その挙動が一般的な人のそれと大きく異なっていたため、一瞬何か得体の知れない生き物を見たような気分になる。


 しかしすぐに、ああ酔っ払いね、と結論づける。


 休前日の夜ともなれば、羽目を外して限界まで酒を流し込む人も当然いるだろう。そして理性を無くした結果、ああいう失態を晒す。


 僕はその哀れで滑稽な生き物に侮蔑の意を込めながら、タバコを吸い終わるまでの間しばし眺めてやる事にした。


 線路に立つそいつが、こちらに顔を向けた気がした。


 片田舎で町外れのアパートだ。こんな深夜に照明を灯しているのは近隣でもこの家だけだろう。その明かりの中に人影が見えたら、大いに目立つかもしれない。

 盗み見している事がばれたかな、と僕は苦笑する。


 様子を伺うように暫く佇んでいたそいつは、ゆっくりと両手を上げ、こちらに手を振って見せた。


 酔っ払いの奇行に付き合ってやるのも一興かなと、僕も右手を上げる。


 そこで僕は違和感に気付いた。


 その何かの体が、明らかに白すぎるのだ。


 その白さが衣服の色ではなく、素肌の白さだと気付くのに、さほど時間はかからなかった。


 降り積もる雪の中、その何かは、一糸纏わぬ姿で手を振っているのだ。


 僕は背筋に冷たいものを感じた。

 それは窓から吹き込む冬風のせいだけではない。


 あれは酔っ払いなどではない。

 もっと頭のイカレた、おそらく違法なドラックなどで脳に異常をきたした狂人だ。

 僕はそんな得体の知れない存在に姿と居場所を見られてしまった事に、身の危険を感じていた。


 そいつは両手を挙げて僕に手を振り続けている。


 僕は金縛りにあったかのように、そいつから目を逸らせずにいる。


 目を離した瞬間に、その何かが視界から消えてしまう事が恐ろしかった。視界から消えたそいつが、気付けば家の前に立っていて、狂ったようにドアを叩きだす――そんな想像が僕の足を竦ませた。


 ポケットのスマホを探り、ベッドの枕元においてきた事を思い出して舌打ちをする。


 物音が全て雪に吸い込まれる冬の静寂。


 その静寂を切り裂くようにして、深夜の踏み切りが鳴り始めた。まるで夜が叫びをあげているかのように、耳障りな音を繰り返す。

 やがて遮断機が下り、そいつを線路の中に隔離した。


 そいつ手を振るのを止め、こちらに向かってゆっくりと歩き始める。


 僕は目を見開き、息を呑む。


 根元まで灰になったタバコを灰皿に押し付けるも、目はその何かから逸らさない。


 聴きなれた踏み切りの音が、決定的な何かに向けてのカウントダウンに聞こえる。


 そいつが遮断機に近づく。


 僕の心は急かされる。


 自分が何を望み、どんな幕引きを期待しているのか、よく分からない。


 ただ、走り抜ける電車の轟音が、この異様な世界に終止符を打ってくれる事を願った。


 遮断機の内側で、そいつはもう一度両手を上げ、手を振った。


 その瞬間、夜を切り裂く轟音を響かせながら、貨物列車が踏み切りを通過していった。



 ・・・・・・・・・


 ・・・・・・


 ・・・



 布団に潜り込んで目を瞑って震えているうちに、しばしの眠りに落ちていたらしい。

 僕はのっそりと布団から上体を起こした。


 今の時間は早朝六時。


 カーテンの隙間から覗く外は薄暗いが、一日は既に始まりを迎えている時間帯だ。


 僕は曖昧な意識のまま電気ケトルでお湯を沸かし、インスタントコーヒーの粉末を入れたマグカップに注ぐ。


 昨晩の出来事が、まるで夢のように感じられた。


 あれから、雪は積もったのだろうか。


 僕はカーテンを開けて外を見た。


 白が、赤に染まっている。


 窓の外、ベランダの片隅に、そいつがいた。


 下半身が千切れ、上半身だけのそいつは、上りかけの朝日に照らされながら、黄色く濁った目をこちらに向けていた。



昔住んでたアパートの窓から踏切が見えたのですが、そこに何か得体の知れないものが佇んでいる様子を想像し、いつも一人で楽しんでました。その妄想の文章化です。

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