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湖の白鳥  作者: 大石
9/9

天才

 ────芭蕉が去った後のこと


「監督。彼のことなんですが」

 トイレを済ませた監督が、自販機のある広場に戻ってきた際、ひゆは監督に話しかけた。


「んあ?芭蕉くんのこと?っていうか彼帰ったの?」

 監督はズボンのベルトを触りながら話す。おそらく手は洗っていない。

「はい。ちょっと感情をぶつけてしまいました」

 ひゆは照れくさそうに目を泳がせる。

「ああ。やっちゃったんだね」

 監督は苦笑いする。

「でもそれだけ君が本気になるほどの人間だったってことだよね、彼は」

 監督は真剣な顔つきだった。

「まあ…そうですね」

 ひゆは認めたくないようで、下唇を噛みながら曖昧な口調で答える。


 芭蕉には才能があった。

「足並みを揃えなければいけない現場においては結果的に悪目立ちしてしまうんだよなあ」

 しかしそれは共演者を食うほどのものだった。

「ギフテッドの子みたいな感じだよね。例えだけど。相対的に能力が高いから周りに合わせられなくてイジメられる」


 芭蕉の演技力は頭ひとつ抜けていたのだ。

 まるでキャラクターが二次元から出てきて、芭蕉という器を借り、喋っていると錯覚してしまうほどだった。


 ひゆ以外にも、芭蕉が只者ではないということに勘づいていた人間は沢山いた。

 当の本人は演じるのに必死で、そんなことを意識していなかったが。

「嫉妬しているんだろう?」

 監督はニヤニヤしながら近づいてきてひゆの表情をまじまじと見る。

「…っ!」

 ひゆは真下を向いて何も言わなくなった。


「10年に1度の天才だよ彼は。他の有象無象はあんな演技したくてもできない」

「10年に1度…ですか」

 ひゆはある女性声優を思い出していた。

「長谷川だろ?お前が考えてることは分かってるよ」




 ────長谷川涼子

 弱冠二十歳で声優業界に入ってきた彼女はメソッド演技法を習得していた。

 メソッド演技法はヒース・レジャー、ロバート・デ・ニーロ、マリリン・モンローなどが習得していた技術だ。


役の過去、生い立ち、性格、心境などを掘り下げて自分自身に反映する演技方法だ。リアルで臨場感のある演技が可能だが、役に没入するあまり、役と現実の自分自身との境目が曖昧になり、精神状態を悪くする可能性が大いにあるということだ。



彼女(きょうこ)はメソッド演技法の副作用で亡くなった。


自殺だった。


そして彼女の評価も芭蕉と同じく《10年に1度の天才》と称されていた。



「監督!!彼女の名前を出すのは禁忌ですよ」

亡くなり方が亡くなり方であるため、彼女の名前を出すこと自体が業界内外問わず暗黙のタブーであった。

「そうだったな。すまない。だけど彼女の名前を出したくなるほど似ているんだよ」

「…」

監督はちょっと失礼、とひゆにスペースを空けてもらい、その先にある自販機に小銭を入れ出す。

「…彼女のように壊れなければいいのですが」

ひゆの言葉は自販機から飲み物が落ちた音でかき消される。

「彼女の場合はマネージャーが耳を傾けないタイプの人間だったらしいからね。彼女、直前にサイン出てたらしいけど」

監督は屈んで缶コーヒーを取る。

前かがみになった際、背中とパンツが見えたため、ひゆは顔を逸らす。


「でもまさかあんなことになるとは誰も思わないじゃないですか」


テレビなどの芸能界においてはともかく、声優業界において自殺というのは非常に珍しいことだった。とくに売れっ子と称される有名声優だと尚更だ。なので彼女の死亡直後は非常に世間を賑わすニュースになった。

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