役者たちの内面
────田中鳴海
彼は子役だった。
幼い頃から周りの大人は彼を道具としか思っていなかった。
田中鳴海は金のなる木だ────
彼は周りの大人が、自分の能力や人格ではなく、自分が生み出す金目当てであるということに気づいていた。
そして成長とともに、人と接するのが嫌いになっていった。
────信じられるのは、金のみ
いつしかそんな価値観に染まっていった。嫌いだった大人と同じ考えになっているとも気づかずに・・・。
「帰り、ミスド寄ってくわ」
鳴海はマネージャーの車に乗り込む。
「なんか腹減ってきたなあ。俺そろそろ────」
「おっ。お前ら何やってるんだ?」
芭蕉が話を切り上げようとしていたところ、監督がやってきた。トイレに行く途中だったらしい。
「監督!お疲れ様です。芭蕉くんのこと気になって話しかけてみたんですよ」
ひゆは愛想よく答える。
コミュニケーション能力が高いから重宝されるんだろうなと芭蕉は関心する。
「お前が積極的に話しかけるってことは・・・《なんでこんな新人起用したんだ》って思ったのか?」
ひゆは笑顔のまま「え〜?」と誤魔化すが、監督から内心を指摘された直後、コンマ何秒か不自然な硬直があったのを芭蕉はしっかり察知していた。どうやら図星のようだ。
「いい。染谷もいるからこの際教えておく。お前を選んだ理由は【不完全】だったからだ」
芭蕉は唖然とした。意味がよく分からなかったからだ。
「悪目立ちしていたってことですか?」
ひゆはいきなりトゲのある言い回しをしだす。
「最近の若いやつは教科書通りの演技しかしないんだ。どこかで聴いた誰かのコピー声ばっかり。確かに芝居の基本はモノマネだ。だけど自分の色がねえんだ。劣化版、下位互換にしかなってないヤツばっかりなんだよ」
監督の説明をひと通り聞いてから、再びひゆの顔を見ると、笑顔が消えて真顔になっていた。
「ただ、ひゆの気に入らない気持ちも分かる」
監督は内心不機嫌なひゆにフォローをいれる。
「技術は経験で補っていけばいいと思っている」
芭蕉はもっと帰りたくなった。
というか声優を辞めたくなった。
こんなお情けのような形で世間から期待されているタイトルの主人公をやるなんて気が重すぎる。
「・・・まあ、監督が決めることですけどね」
ひゆは笑顔に戻る。先ほどの冷たい無表情を見てしまうと、もう笑顔に安心できない。
「俺がここまで言っても気に入らないか」
監督は苦笑いをしながら頭をかいている。
「もうションベン漏れそうだから・・・じゃな」
前かがみになり早歩きで芭蕉とひゆの元を去る。
空気を気まずくした責任もとらず、ひとりで逃げるなんて!と芭蕉は腹を立てた。
「全く・・・余計なこと言って。監督」
ひゆはそう言って舌打ちをする。
憑依されたのかと思うくらい、態度がガラッと変わった。
「じゃ、じゃあね!」
芸能界は怖い場所だ────
芭蕉は無理やりその場を後にしようと踵をかえす。
────と、後ろ襟をグイッと力強く掴まれた。