白鳥はレッドオーシャンでぷかぷか
「ってなわけ!」
彼ら3人は公園にいた。
ベンチに座りながら、芭蕉の幼少時代を竜二は隆一に、まるで武勇伝のように語っていた。
言った言ってない、やったやってないと言い争っている芭蕉と竜二を、隆一は微笑ましく見ていた。
「そういえば仕事の調子はどうよ」
竜二は芭蕉に聞く。
その瞬間、隆一の眉が一瞬上に上がり、口角が引き攣るのが芭蕉にも分かった。
しかしすぐ元の笑顔になる。
「そっ⋯こいつさ!異世界バーンアウトのタクトになったんだよ!!」
隆一は自慢げに竜二へ話す。まるで自分の手柄のようだった。
「は!??ラノベの!?」
竜二は驚く。公園の外にまで響くくらい大きな声だった。
勘弁して欲しいな、と芭蕉はおもったが、そういえば竜二に報告はしていなかったことも思い出した。
「そーなんだよ。ははは」
「なんなんだろうなー。飄々としてる奴に限って出世してくんだよなー」
たしかに、芭蕉はこれまでの人生で、声優に対して憧れを持ったことは一度も無かった。
一般社会に馴染むことが出来なかったから、逃げるようにこの業界に入ってきただけなのだ。
声優が駄目なら芸人になろうと思っていたぐらい、こだわりはなかった。
とにかく肩書きがほしかっただけなのだ。
「⋯なんで俺が選ばれたんだろう」
芭蕉は思わず呟く。本音だった。
それを聞いた竜二はスマホをポケットから取り出して、Googleで芭蕉の情報を調べながら言った。
「お前って昔から無気力だから目立ってたよな。よく言えばカリスマ性っていうのかなー」
隆一は首を傾げていたが、芭蕉本人には思い当たる節があった。
やたら自分だけ怒られる。
やたら自分だけ目をつけられる。
そもそもやろうと思ってもできない。
プールの授業があった際も、芭蕉はやる気が無かった。
家から浮き輪を持ってきて、皆が必死に泳いでいる最中にひとりぷかぷか浮いていたのだ。
そんな事をしているから、教師に指摘されるのも時間の問題だった。
思いっきり笛を吹かれ、浮き輪を没収された──────────
物欲センサーってあるよなー、とオカルトチックなことを隆一が言う。
そして溜め息をつきながら、頭の後ろで腕を組み、背仰け反ってベンチの背もたれに背をつける。
「にしてもスゲーな。幼なじみが売れっ子声優になるなんてよ」
無欲なものに限って手に入る。しかし本当に欲しいものは手に入らない皮肉な人生だ。
「悪目立ちしたんだろうね」
芭蕉は頭をかく。
芭蕉の言葉を最後に、気まずい沈黙が流れた。
竜二はスマホ画面から目を離さない。画面はいつの間にかTwitterになっており、イラストツイートにいいねをしまくって、完全に自分の世界に入っている。
隆一は唇をモゴモゴ尖らせていき、表情が曇っていく。
「それこそ俺、明日異世界バーンアウトの収録あるから、今日はもう⋯ね」
口実でなく事実なのだが、嫌味に聞こえているだろうなと思いつつ、申し訳なさそうに芭蕉は小声で言う。
公園の街灯に設置されている時計の針は、22時を指していた。
芭蕉のひと言で、雰囲気は一気に解散へ向かった。
竜二はその後もスマホから目を離さなかった。
芭蕉が放った最後のひと言で、隆一の顔は完全に歪んでいた。