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湖の白鳥  作者: 大石
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競争者のさだめ

日本における声優志望者の総数は30万人と言われている。


 1年ごとに新規で業界に入る新人が約3万人。


 日々、活躍するスターに憧れ、夢を抱き業界に足を踏み入れる者。そして自分には芽はないと挫折し夢破れ業界を去る者。生き馬の目を抜くような、ドス黒い海が激しい渦を巻くような、果てのない荒野に突風が吹き続けるような⋯そんな業界が声優業界だった──────────



「オーディションに受かった?」


 染谷芭蕉(そめたにばしょう)は目を見開き、口も開けて驚いた。

 受かるとは微塵も思わなかった。人生は何が起こるか分からないというが、まさかここまでとは。



 人間には向き不向きが生まれつきある。

 この男はその向き不向きが大多数の人間より激しかった。


 保育所では工作の課題において、なぜか芭蕉だけうまく作ることができず、作業のほとんどを先生に手伝って貰いながら完成させたり⋯。

 学校では明らかにみな経験値がゼロで同じラインからのスタートをきっているマイナースポーツで芭蕉がひとりだけ足を引っ張ったり⋯。

 友達数人で始めたバイトでは芭蕉だけ覚えが異常に悪く、1週間経たずクビになったり⋯。と、誰が見ても向いていないような事が芭蕉には多かった。


 一般社会でやっていける未来が全く見えなかった芭蕉が半分自暴自棄な気分で目指したのは声優だった。

 学歴も年齢も家柄も関係ない。純粋に実力が評価される世界。どうせ社会不適合者のまま終わるなら、いっそ不安定な業界でもいいから挑戦したかった。芽が出なくてもいい。どのみち真っ当な人生など送れないのだから。


 主役を勝ち獲ったのはそう思っていた矢先のことだった。

「ホントですか?ドッキリとかじゃなくて?」

 芭蕉はバイトを辞めるという報告を聞いた店長のような反応をした。

「本当にに受かったんだよ!?ほらもっと!喜んで!!」

 芭蕉が所属する芸能事務所、インディスのマネージャーが手をブンブンさせて芭蕉に喜ぶよう促している。

「はあ。そうなんですね」

「⋯思ったより驚かないんだね」


「あんまり興味もなか⋯いや!あのーびっくりしているというか」

「今本音が出ちゃったね⋯。いや別に怒ったりしないよ」

 マネージャーはそう言いながら笑っている。

「でもなんで受かったんでしょうね。俺みたいなカス新人が」

「そりゃあその役にぴったりだと思われたからだよ。逆に聞くけど、それ以外にあると思う?」

「事務所パワー⋯」

「違うよ。インディスは大して大きい事務所じゃないし、仮に大きい事務所だったとしても、声優業界にコネなんて通用しない。テレビドラマとかに出るタイプの、一流芸能人とかはわからないけど」

 芭蕉は某男性アイドルグループを思い浮かべた。


「どのくらいの人数が受けてたんですかね」

 芭蕉はまだ疑っていた。なにせ初めて受けたうえに、抜擢(ばってき)されたのは主役という展開。生まれた時から順風満帆な人生だったとしたら何の疑いも抱かなかったが、今まで受けてきた仕打ちを思い出すとどうしても受け入れることが出来なかったのだ。

「6000人だって」

 マネージャーはサラッと言うが、なおさら信じることができなかった。

「なんかの間違いですよね!?」

「だからホントだって」

 芭蕉がしつこく不毛な問いを繰り返すため、マネージャーは少しイラっとしたような口調になっている。

『この顔をしてる時は真面目にな時だ。ほんとなのかよ!!』

 オーディションに受かった後の事など全く考えていなかった芭蕉は頭をフル回転させた。


『家族にはなんて言おうか⋯友達には⋯つか原作ファンに怒られて殺害予告とかされるかも!!』


 ちなみに芭蕉が受かった作品はアニメ【異世界バーンアウト】。原作は発行部数390万の大ヒット漫画である。芭蕉が演じる主人公は【タクト】という引きこもりの現代少年であり、トラックに轢かれたことが引き金となり異世界に飛ばされるという経歴だ。


「まあ演技以外の要素を強いて挙げるとするなら、名前がめずらしいとかじゃないかな。令和の日本では君一人だけの名前だと思う」

不機嫌そうだったマネージャーは探偵のように親指と人差し指を顎に当てながら事務所の天井を見上げている。

「ああなるほど。審査員の目に付いたと」

「あとさっきちょっと口に出てたけど、あんまり執着が無いような態度というか」

「あっすいません!それはホント!声優失格ですよ!!」

「あ、もちろん良い意味でね!?なんかこう例えで言うとさ、みんながプールで頑張ってクロールとかで泳いでるとするじゃん?その集団の中になんかひとりだけ浮き輪つけてプカプカ浮いてる奴がいる、みたいなさ。目立つじゃんそんなの」

「悪目立ちですね⋯。プールの指導員に指さされながら笛吹かれちゃいますよ」

「でも結果的にいい思いしてんじゃんね。その監視員に面白いって思われたんだから」

「はあ」

目立っていた、というマネージャーの意見に芭蕉は初めてしっくりきた。

集団からいつも置いていかれていたし、バイトでは自分だけ仕事ができずに解雇。授業にはついていけず居残り。あげくには卒業率90%以上の自動車学校試験に落ちた。

「主人公⋯声優⋯」

『やれるだけやってみるか』

芭蕉は拳を握りしめ、不安な気持ちを抱きつつ決意を固めた。




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