表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
うさぎ(いつか)人間を食べる  作者: 春日野霞
9/25

お疲れな主婦と真顔の息子

「先輩!そろそろ眠たいっすね!」

 先日野良うさぎの仲間入りをした後輩、ジョンソンは元気に言った。

「眠そうには見えないが」

 私は今すぐにでも寝たい。 

 朝の散歩の人が減っていき、通勤通学の波が来る。ざわざわしたこの空気の中では、ちょっと寝にくい。

「こんだけ人がいっぱいいるとこ見るの、面白いっすよねー」

「私はもう見飽きた」

「かっこいいっす!僕もいつか言えるようになりたい!」

「そのうち、嫌でもそう思えるようになる」

 返事がないので隣のジョンソンを見てみると、寝息をたてていた。

 ……ジェットコースターのような奴だな。



 つられて私も寝ていると、近づいてくる足音に目を覚ます。

 足音は1人分。それと、車輪のついた何かを押す音が連動している。顔を上げると、ベビーカーを押す主婦だった。

 疲れているのか、髪はぼさぼさでクマがすごい。ふらふら歩いていて、危なっかしい感じだ。

「あらあ」

 主婦は、私たちに気づいて立ち止まる。

 隣でジョンソンが目を覚ました。



「こんなところに、うさぎちゃんがいたのねえ」

「いますよー!うさぎちゃんでえす!」

 愛好を崩す主婦に、ジョンソンはぴょんぴょんと駆け寄っていく。

 登校できない女の子が持ってくるにんじんにも、私と違ってがっつくので、女の子はとても喜んでいる。前よりもたくさんのにんじんを持ってきてくれるようになった。

 結果、食べられるにんじんの量は1.5倍に増えたのだ。取り分が少なくなることを危惧していたが、まさかの増量。ジョンソンの性格には、最近感謝をしている。



「ほらリョウくん、うさぎさんだよ~」

 ベビーカーの中の子供はジョンソンを見る。が、徹底して真顔だった。

 なんて冷たい目だろう……。遠巻きに見つめながら、うさぎの弱めな心臓がバクバクしてしまう。

 でも、ジョンソンはめげなかった。

「リョウく~ん。僕ジョンソンです」

「いや聞こえないのに」

 思わずツッコミを入れるが、子供は返事をするようにニコッと笑った。

「聞こえてますね!リョウく~ん」

 ジョンソンがなおも話しかけると、息子は足をばたつかせて喜ぶ。

「わーい!歩けるようになったら遊ぼうねえ」

 ジョンソンはぴょんぴょんを跳ねた。



 息子の様子を見守っていた主婦は、何の脈絡もなく泣き始めた。

「え、ママさん、どうしたんっすか??」

「リョウくんが、笑ってくれて、嬉しくて……」

 まるでジョンソンの問いかけに答えるようなタイミングだった。



「ありがとうね」

 主婦はしゃがんで、ジョンソンをなでる。

「リョウくんね、全然笑わないの。夜泣きもすごくてね……。私が、なんか悪かったんじゃないかなって、思ってたの。でも、今日散歩に来てよかった。笑ってくれたから」

 主婦の涙は止まらない。

 仕方がない。私も慰めてやろう。しゃがんだ主婦の足元にいくと、私もなでてくれた。

「えへ、ありがとう」

 主婦は、頬に流れる涙を拭った。



「じゃあ、僕、もっとリョウくんを笑わせてあげます!」

 ジョンソンは息子の視界に入る位置に移動する。

「やっほー!リョウくん!最近どう?」

「どうもこうも、毎日ぼんやりしているさ」

 私は耳を疑った。

 聞き間違いか、とすら思った。

 息子の口は、動いていない。見たところ、まだ言葉はしゃべれないようだが……。

「ぼんやりするのもいいじゃないっすか」

 ジョンソン、お前適応能力高すぎじゃないか?人間としゃべれることに違和感はないのか。

「いいことはない。人に手伝ってもらわないと何もできないし。不快な思いでいることの方が多い」

 やはり、しゃべっている。

 人間の言葉はしゃべれないが、うさぎの言葉はしゃべれるということか……?



「ママさん、優しそうじゃないですか!」

「優しいが、要領が悪いのだ。オムツが蒸れて気持ち悪かったり、お腹が空いてる時間が長かったりして、不快なことが多い」

「大変そうっすねー」

 殿様か、お前は。

 自活をしている身からすると、身の回りの世話をしてもらえているだけでありがたいと思えるが。



「でも、楽しいこと、ひとつくらいあるでしょ?」

「……ああ、あれを見ている間は楽しい。アンアンマンって知ってるか?」

「自分うさぎなんで、分かりません!」

「ひもじい人間に餡子を配り歩く、丸い顔の生物の話だ。キンキンマンという、菌まみれの冷たい息で餡子をカチカチにする悪い奴と戦う」

 面白いのか?それ。

「面白そうっすね!僕も見たいっす!」

 ほんとかよ。

「そうか!ママと見ても退屈だから、ぜひ一緒に見よう」

 息子はキャッキャッと笑う。

 主婦はそれを動画におさめている。あんた、なかなかにディスられてるぞ……。



「ジョンソン、君が気に入ったよ。もしよかったら家にきてほしい」

「いいんすか??」

「ママが、君を家に迎えてくれるよう、なんとか操ってみるよ」

 恐ろしい子供だな。

 というか、ママさんを何だと思ってるんだオマエ!

 ムカついてきた。こういう身勝手な人間が、ペットを捨てる無責任な大人に育つのだ。



 そう思ったとき、神がくれたシロツメクサの首飾りが熱くなった。

 私はびっくりする。

 息子とジョンソンも異変に気づいたのか、こちらを見た。

 いや、いやいやいや。

 ライオンに変身しそうなムードじゃないか。

 まだ心構えができていないし、意思疎通のできる人間を食べるのはなんか嫌だし、何よりママさんの目の前で子供なんか食べたくない!!

 そう強く思うことが、私に怒りを忘れさせた。首飾りからは熱が去り、ジョンソンも息子も、何も見なかったとでもいうようにしゃべりはじめる。



 2人の楽し気な会話をBGMに、私は冷や汗が止まらない。

 危ないところだった。

 小さな子供を食うライオンと、泣き叫ぶ母親の姿が脳裏に浮かぶ。

 生々しく滾った怒りと、首飾りの熱を反芻して、ゾッとした。

 怒りの感情は、コントロールできるようにならなければ。



「それじゃあ、また来るね」

 主婦が私たちに手を振る。

「今いいところだったというのに……。まあ良い。また会おうな、ジョンソン」

「はい!また会いましょう!リョウくん!」



 人間を食べたい、とは思う。

 でも、いつか食べることになる人間のことを、大切に思う人だって、いるんだ。

 それが、登校できない女の子や、絵描きの少年だったとしたら……。

 立ち直れないほど、悲しませてしまうことになる。私は今さらになって、自分は恐ろしい力を欲してしまったと気づいた。



「先輩、僕、スカウトされちゃいましたよ!!!!」

 とジョンソンはハイテンションだ。

 私が悩んでいるのが分からないのか。

「近いうちに、野良うさぎ卒業しちゃうかもです……。あ!先輩も一緒に行けるように、頼んでみますね!」

 ちょっと考えてから、私は答えた。

「そんなことは、しなくていい」

「ええー。先輩も一緒の方が楽しいですよう」

「私はいつか、人間を食べるから。もう人間とは、暮らせない」



 覚悟がないと、できないことなんだ。

 私の顔つきはまたひとつ、野生に生きる動物らしく、きりりとした。



【本日の人間】

主婦…とにかく疲れており、かわいそうなので、食べない。

息子…横柄な態度に思わずライオンに変身しそうだったが、母親の目の前だったので思いとどまる。あと、意思の疎通ができる奴はちょっと食べたくない気持ち。

読んでくださる方、ありがとうございます!

とても嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ