今回はちょっと頑張った神様
「やっほ!動物愛護の神だよ。元気してたあ?」
真夜中の公園に、少女の声が響く。
疲れたサラリーマンがとぼとぼ歩いているが、こちらには目もくれない。神の声は他の人には聞こえていないようだ。
この神は、私に「一度だけライオンになり人間を食べられる」力を与えてくれた存在で、和装の少女の見た目をしている。ちなみにかなりポンコツで、未熟な感じだ。
「見たとこ、食べ物とかにも困っていなさそう。病気にもなっていないみたいだし。君は野宿にむいていたみたいだね」
「たまたまうまくいっているだけだ。夜は寒いし、雨のときはご飯も食べられず大変だから、できるなら家に戻りたい」
私は元ご主人の顔を思い出す。元気にしているだろうか。私を捨てやがったという憎さはあるが、それなりにかわいがってくれた。家はいつも快適な温度に保たれ、昼間は静かでゆっくり眠れる、うさぎの私にとって快適な場所だったし。
思い出すと、切なくなってしまうな。やっぱ、戻りたい。
「あなたの元ご主人様、ずうっとぼーっとしてるわ。なんか元気がなくて」
「ご主人は、不安定な人だから……」
心配だ。
夜に私を抱きしめて、ぽろぽろ泣いている姿を思い出す。
ご主人には絶対、私が必要だったはずなのに。なんで捨てたんだろう。
しょんぼりする私に、神は慌てる。
「あっははー★暗くなっちゃった。私ってばすぐ余計なこと言っちゃうの」
めんごめんご、とげんこつで自分の頭を小突く。
この神様、ちょいちょい古くさいんだよな。
「今日は元ご主人様の話をしたくて来たワケじゃないのよーん。聞いたらきっと、驚くよ。ね、どう、聞きたい?」
「別に」
「そう言われるような気がしてましたー!でも言うよ。なんと、なんとですね……」
神様がピンと指を立てると、どこからともなくドラムロールの音が聞こえてくる。無駄なところで神の力を使うな。
「あなたのゼンセ、なんと人間だったのです!!!!」
シャァァァンというシンバルの余韻の中、重々しく私に告げる。
「ゼンセって、なんだ?」
「オオウうさぎだから前世を知らない。私がわざわざ生命の神に首を垂れわいろを渡しあれやこれやで聞いてきたのに、知らないとは。まあうさぎの脳みそはミニマムサイズだし、しょうがないか……」
やれやれ、といったように首を横に振る。
「人間の体の中には魂ってのがあるの。肉体が死ぬと、それは天上のめちゃくちゃ偉い神様のところに行って、ちょっと待つ。で、神様からゴーサインが出たら次の肉体に入るの。ここまでOK?」
よく理解できないが、「OK?」の顔が絶妙にウザイので頷いておく。
「つまり、前世っていうのは、自分の魂が前に入ってた人間のことよ」
「私は人間ではないから、前世などないのでは」
チッチッチと芝居じみた調子で指を振る。
「もう少し説明を聞いてちょうだいな。魂って適合する体が決まっているから、人間が別の動物に生まれ変わるってことはほぼないの。しかーし!物事には例外というものが存在しますね」
神はキメ顔をかます。
「生命をボウトクする、許し難い悪行を行った人間は、動物に生まれ変わります。何に生まれ変わるかは、前世で犯した罪によるの。つまりあなたは、前世で重大な罪を犯したの。その罪とは!」
神は再びドラムロールを鳴らす。
ええい。結論に至るまでが長いぞ。読者はみな忙しいのだ!離脱されてしまうぞ!
「あなたの前世は、カニバリストだったのよ」
「カニバリストとは?」
「ああ、ごめんね。神だからちょっと難しい言葉知ってるの。今日は神の力を随所で見せつけちゃっているなあ」
うっとうしいのでそっぽを向くと「ごめんよう、最後まで聞いてえ」と泣き真似をする。
ちょっと間をおいてから彼女の方を見ると、「おほん」とわざとらしく咳払いをして胸を張る。
「カニバリストとは、人を食べる人間のことをいうの。もちろん、同種食いは神的にもかなりのNG行為」
その割に、なんか表現が軽いよなあ。
「あなたは前世で人間をたくさん食べたらしいわよ。それで、今世では草食動物の、しかもめっちゃ小さいうさぎに生まれ変わったってワケ」
指をさされるが、自分の話に聞こえない。
「変な望みじゃない?草食動物のくせに『人間が食べてえ』なんて。それで調べてみたんだけど、納得いったわ」
両目をつりあげてみせる。私の真似をしているつもりなのだろうか。
「前世の業とは、恐ろしいものね。そして私は前世の罪を繰り返さないよう草食動物に生まれ変わったというのに人間を食べる能力を与えてしまうというハイパーヤバいミスをやってしまいまして、それはほんとにやっちまったと思っておりまして」
めちゃくちゃ早口だ。
「同種食いじゃないのだから、問題なさそうだが」
「それが、やっぱ魂が人間用だから人間を食べるのはマズいらしくて」
上目遣いに私を見る。うさぎに媚びを売るな。
「今世で人を食べたら、あなたはもう二度と人間には生まれ変われなくなるらしいです」
先ほどまでの威勢はどこへやら。しょんぼりとしていた。
「申し訳ないです。あなたに難しい二択を強いてしまって」
私は、さほど人間に生まれ変わりたいと思っていない。
神にそう伝えると、目を円くした。
「人間、いいよ~。生まれる場所にもよるけど、食物連鎖の頂点だし」
「毎日人間を見ているが、皆なかなか大変そうに見える」
「まあー。ううーん。まだ若いから、分かんないのかもしれない。魂はね、基本人間に生まれ変われるようにグレードアップしていくのよ。動物でも、いいことをすると人間に生まれ変われるようになるの……ん?」
自分の言ったことに首を傾げた神は、ハッとしたように手の平を打ち合わせた。
「ああ、分かっちゃったぞ!人間を食べたとしても、いいことをしたら多分、人間に生まれ変われる。だって魂が人間なんだから、そう大変なことじゃないはず。そうだね、人間の命を10人くらい助けたら、まあ1人くらい食ってもいいっしょ!」
何もかもが軽い。しがないうさぎにどうやって人間の命を救えと。
「いちお生命の神様に確認してくるわ!またくるね~」
神は私の戸惑いなど1ミリも気にせず、消えてしまった。
……また来てくれるというのなら、今日のところはまあよしとするか。
人間に生まれ変わりたいとは、全く思わないわけだし。神はもったいぶった報告をしてくれたが、私の生活に変化を及ぼすことはないだろう。
明日からも、生きていくための努力を繰り返していくだけだ。