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うさぎ(いつか)人間を食べる  作者: 春日野霞
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絵描きの少年

 世間は春休みを迎えたようだ。

 昼間の公園は子供たちの声であふれかえっており、大変うるさい。私のねぐらは遊具から近くとても眠れないので、子供たちがあまり来ない日本庭園の辺りにもうひとつねぐらをつくった。



 うさぎは夜行性のため、昼が寝る時間だ。突然子供の声が耳にとびこんで、起きてしまうことがよくある。そのため寝不足でなかなかストレスがたまっていた。私にニンジンをくれる女の子も、春休みだからかあまり来てくれなくなったし。



 今日もポカポカの日ざしを浴びて寝ていたが、うさぎの本能でハッと目覚める。

 奴が、来たのだ。

 私をじーっと見つめてくる少年。しゃがんだ膝の上においた物に、かりかり描いている。おおかた私の絵でも描いているのだろうが、見つめられるのは本当にストレスだ。私は少年の目が届かないところに逃げた。



「あ、行っちゃった」



 少年のがっかりした声が聞こえる。はやく帰ってくれ。

 やけに遅い少年の足音が遠ざかると、私はねぐらに戻る。これでもう、今日は来ないだろう。




 次の日は、ありがたいことに雨だった。毎日しつこい少年も、雨の日は来ないだろう。屋根の下で眠っていると、奴はやって来た。

 私は驚いてはね起き、慌てて逃げた。雨は強くなっており、あっという間にずぶ濡れになる。



「待って!」



 少年が追いかけてくる。自分より大きな図体の動物に追いかけられたら、逃げるというのが本能だ。



「僕のせいで、濡れちゃったよね。ごめんね……」



 少年は傘の下で、しくしく泣き始めた。

 泣きたいのはこっちだというのに。私は近くの屋根の下に入る。



「拭いてあげるから、出てきてよ」

 と言う少年の声が近づいてくる。

 このままでは体が冷えてしまう。拭いてくれるというのならかまってやろうじゃないか。逃げないで待っていると、少年はやってきた。



「あ!」

 涙を流した顔がぱっと明るくなるが、慎重に近寄ってくる。少年はリュックからタオルを取り出した。



「ほら、おいで」

 しゃがんでタオルを広げる。私がタオルにとびこむと、少年は歓声を上げた。

 彼は私を拭いてくれるが、下手くそだ。同じとこばかりをこすってくる。おまけに、少年からはツンと鼻につくにおいがした。



「僕ね、病気でこの前まで入院してたんだ。やっと好きなことできるようになったから、毎日君のスケッチをしているんだけど……怖がらせてしまって、ごめんね」

 なるほど。これは薬のにおいなのか。

 人の体臭は様々で、なぜそんなにおいが異なるのか理由が分からなかった。もしかしたら、日ごろ摂取するものでにおいが変わってくるのかもしれない。



 少年のゴシゴシは続く。もう拭いてあるところを何度も重ねてこすってくるので、痛くなってきた。ちらっと少年を見上げると幸せそうな顔をしているので、まあ仕方ない。拭かれてやろう。



「僕、うさぎが大好きなんだけど、お母さんに飼っちゃいけないって言われてるんだ」

 うさぎ好きか。低かった少年への好感度がアップする。



「毎日ペットショップに行ってうさぎのスケッチをしてたんだけど、お客さんの邪魔になるからって追い出されちゃってさ。ここ歩いてたら、君のこと見つけて」

 耳をガサガサと拭かれたのにびっくりして、タオルから逃れる。



「ま、待って!まだちょっとお話させて」

 この少年、悪い奴じゃないのは分かったが、なんか相性良くないんだよな……。行動がいちいち急で、繊細なうさぎさんにはちょっと怖い。

 まあ一応聞いてやるけども。



「ほら見て、君の仲間!かわいいでしょ」

 リュックから、いつも膝にのせている板のようなものを取り出した。そこには、たくさんのうさぎの絵が描いてある。スケッチとは、この絵のことだろう。

 私は自分以外のうさぎをちゃんと見たことがない。おぼろげにきょうだいの記憶はあるが、こんなに色々な種類のうさぎを見るのは初めてだ。

 長い耳のうさぎ、白に黒いぶちのうさぎ、垂れた耳のうさぎ、目の赤いうさぎ……。

 思わずのめりこんで見ているうち、立ち上がって絵に前足をつけてしまう。まだ泥がついたので、白い紙の上に足のあとがつく。



「肉球のスタンプだ!かわいい」

 また泣かれるかと思ったら、とても喜んでいた。本当に、よく分からない子だ。



「最後に、これあげる」

 リュックから出てきたのは、キャベツだった。

 にんじんほどではないが、好物だ。雨でご飯が食べられないのでありがたい。



 喜びのジャンプに、少年も嬉しそう。君も毎日キャベツを持ってきてくれるのなら、モデルになってやってもいいぞ。

「ほんとは毎日持ってきてるんだけど、僕が怖がらせちゃって……。今度からは、逃げられちゃっても、近くに置いて帰るね」

 持ってきてたんかい!

 置いて帰られても、目ざといカラスに奪われる可能性が高いので、逃げないでおいてやろう。

 まったく、エサがあるなら最初から出せばいいのに。



「そろそろおやつの時間だから、帰らなくちゃ。また明日も来るね。お母さんにお願いして、にんじんとか他の野菜も持ってくるよ」

 いい心がけだ。

 雨の中、少年は手を振りながら去っていく。

 びゅんと風が吹き、私は小さくくしゃみをした。




【本日の人間】

 薬剤のにおいがする人間を食べたら、たぶんこちらが病気になってしまう。あとやっぱりうさぎ好きは食べたくならない。

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