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うさぎ(いつか)人間を食べる  作者: 春日野霞
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終電逃しのサラリーマン

「う、う、うさぎ……?」

 深夜に運動をしていたら、やせ細ったサラリーマンと目が合った。

「この公園に、うさぎがいたのか」

 恐る恐る近づいてくる。

「いや、見間違いかもしれない」

 と頬をひっぱり、目を何度もぱちくりしてからまたこちらを見る。

「やっぱ、いるな。まちがいなく、いる」

 私が逃げないでいると、気持ちの悪い小走りで近寄ってきた。



「みーちゃん♪」

 と私を抱きかかえる。

 誰だみーちゃんって。

「終電逃した俺を、慰めにきてくれたんだねえ」

 ははあ。

 ストレスのあまり、昔飼ってたうさぎと私を同一視しているパターンだな。



「毎日終電帰りでさ、今日は遂に逃しちゃったんだ。会社には戻りたくないし、ホテルに行くのも面倒だし、タクシーは全然走ってないし」

 スーツで芝生の上に座り込む。私はあぐらの上に置かれたが、肉がほとんどなくて痛い。バタバタと彼の膝から逃げると、「待って!みーちゃん!」と必死な声で呼び止められた。



 みーちゃんではないが、振り返ってやる。

「俺、昨日電車にとびこみそうになって。でも『ダメだよ』って声が聞こえてさ。なぜか分からないけど、みーちゃんの声だ!って思ったんだ。そしたら今日は会いにきてくれて、嬉しかった。だから、逃げないでくれ!」

 カップルが遠巻きに、こちらを見ている。関わらない方がいいと、足早に歩き去っていった。



 サラリーマンの髪はぼさぼさで、大きなめがねがずり落ちている。心身ともに余裕がないのはよく分かった。

 自力で生きてくのは、大変だよな。私は同情して、ぴょんとひとけり近づいてやった。



「みーちゃん。ごめんね。怖がらせて」

 サラリーマンはほっとしたのか、そのままばたんと倒れてしまった。

 気絶したのかと驚いたが、安らかな寝息をたてている。

 自分のねぐらで寝ないことにはリスクがある。しかし人間はきっちりしすぎだ。たまには外で寝るのもいい。

 今日は少し寒いので、私も暖をとりたかったところだ。サラリーマンの首あたりにすり寄る。



「みーちゃん……俺……ずっとここにいるよ……会社は、潰れたんだ……上司もライオンにかみ殺されてさ……フフフ」

 寝言だろう。不思議なことに、人間は寝ているときもしゃべる。

 サラリーマンの体の上を跳ねてみたら、思ったよりも楽しかった。いつしか朝が来る。



「えっ?だ、大丈夫ですか?」

 散歩や通勤の人がちらほら現れ、倒れたサラリーマンに気づいた女性が駆け寄ってくる。

 私はサラリーマンの脇に挟まっていたが、反射的に逃げる。茂みから、様子をのぞいた。

「聞こえますか?」

「みーちゃん……」

「ど、どうして私のニックネームを?」

 女性の頬が、少し赤くなる。

「……ん?」

 目を覚ましたサラリーマンは、がばっと身を起こした。

「ここはどこですか」

「中央公園ですよ」

「えっ。あ、そうだ。昨日終電逃して、寝ちゃって」



 サラリーマンは立ち上がるが、ふらりと倒れてしまう。

「仕事に、行かなきゃ……」

「やめた方がいいんじゃないですか。一度病院に行った方がいいですよ」

「今日も会議があって。昨日残業して作った資料の、会議が」

「でも、そんな土まみれのスーツじゃ」

「こんなの払っておけば大丈夫です」

「背中も土まみれですよ」

「なんで?」

 みーちゃんのせいです。


「これじゃ、電車にも乗れない」

「今日はもう、帰っちゃいましょうよ。タクシーで。会社にお休みするって電話してください」

「でも……」

「じゃあそんなかっこうで、電車乗って会社に行けますか?客観的に見て、非常識ですよ」

「す、すみません」

 サラリーマンは会社に電話をかける。相手は目の前にいないのに、ペコペコと頭を下げていた。

「できましたか?」

「午前だけ、休みをもらえました。着がえて、少し休んで、出社します」

「ちゃんと歩けないんですから、今日はもう休まなくちゃ」

「いいんです。それより、午前休でもとれたことは、俺にとって大進歩なんですよ。すぐビビっちゃって、いっつも人にヘコヘコしていて……。あなたのおかげです。ありがとうございました」

 言われた女性は「大したことじゃないですよ」と照れ笑いした。


「タクシーがつかまるところまで、お手伝いしますよ」

「いいえ、そんな、申し訳ないです。服だって汚れるし」

「このままおいていけません」

「すみません……。クリーニング代をお渡しします」

「いいんですよ。それより、ランチでもおごってくださいよ。ちょっとお高い、ホテルのランチなんか」

「え」

 おいおい、2人の空気、ぽわぽわしているぞ。うさぎにも分かる。恋のはじまりだ。



 あのサラリーマンはうさぎを捨てずに可愛がったようだし、幸せになればいい。

 


【今日の人間】

 やせた人間は食べられる部分が少ない。ストレス過多も重なって、肉の質が落ちているに違いない。ああいったものは、食べるべきではない。

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