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うさぎ(いつか)人間を食べる  作者: 春日野霞
25/25

終わりの先で

「アインさん……うさぎさん……」

 温かい声が、私を包み込む。

 人の形をした、大きすぎる光がそこにいた。

「私は生命の神。ようこそ、死後の世界へ」

 キョロキョロと辺りを見回す。午後の陽ざしのような光に満ちた空間で、私はふわふわ浮いていた。

「死んだのか?私」

「そうです。風邪をこじらせてしまって」

 最期とは、あっけなくやってくるものだ。 

 


「動物愛護の神が、色々とご迷惑をおかけしました。余計な葛藤を味わわせてしまったことと思います」

 丁寧に頭を下げられ、私はあわててお辞儀を返した。

「あなたはあちらの、生命の輪の中に入ります。動物愛護の神から既に聞いていると思いますが、人間に生まれ変わることができますよ」

 生命の神が示す先に、巨大な輪っかがあった。無数の光の玉が、ふよふよと輪に吸い寄せられている。

「あれを通ったら、すぐ、人間に生まれ変わるんですか」

「通ったら、といいますか……。まあ詳しい仕組みは、神のみぞ知る、ということで」

 あまりにまばゆいため、表情をしっかりと確認できないが、微笑んでいそうだった。

 


「原則、今世での記憶はなくなってしまいます。こちらの不手際でご迷惑をおかけしてしまいましたから、最後に思い残すことがないかお聞きしたく、この場にお呼びしました」

「お気遣いいただき、どうも……」

 私は、ほとんど考えなかった。ずっと気にかかっていたことがあったから。

「ジョンソンは、どうなりましたか。元気でしょうか」

「ええ。元気ですよ。以前関わりのあった男の子の家に、引き取られたと聞きました。人間に生まれ変われることを伝えたら、喜んでいたそうです」

 あの、憎たらしい男の子のことだろう。ジョンソンは気に入っていたから、まあ良しとしよう。裕福そうではあったしな。



「他には、ございませんか」

「……特に」

 元ご主人様がいつ生まれ変われるのか、気にはかかった。

 でももう、私には、関係のないことだから……。



「今世では、お疲れ様でした。来世での働きにも、期待しています」

 私はまばゆい光に包まる。まどろむような心地良さの中で、私は目を閉じた。





★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★





「先輩!また1件、子猫の目撃情報来たっす!」

「春は出産ラッシュだからな」

「もう2日も寝れてないっすよう。限界に近い」

「ぐだぐだ言うな、ジョン。こうしている間にも、罪なき動物たちがあまざらしになっているんだぞ……。1匹でも多く、命を救わねば!」

「でた~。時代遅れの熱血漢」

「悪いか!」

「からかってるだけっすよ。先輩のそういうとこ好きっすから!」



 ここは、私の立ち上げたNPO。日々、捨てられた動物の保護に勤しんでいる。

 里親を見つけるまでが、私たちの仕事。後輩の丈一郎(通称ジョン)とのツーマン操業だが、なんとか頑張っている。



「よし、できた」

 私はエンターキーを押す。コピー機から、完成したポスターが出てきた。

「どうだ」

 ジョンがペットシーツを変えながら、目を向けた。

「おお~。里親募集のポスター、できましたか!パッと見て分かりやすい」

「だろ?明日から希望者殺到間違いなしだ。気合いいれていかなきゃ!」

「了解っす!」

 ピンポーン。とインターフォンが鳴った。

「早速だな」

「ポスターの効果、もう出ましたね」

「貼る前に出るわけないだろ」

 軽やかに笑って、私は玄関を開ける。



「あの、里親募集をしてるって聞いて……。うさぎとか、いませんか?」

 心臓が、ドクンと高鳴った。

 スラッと立つ可憐な女性に、目が釘付けになる。

 切りそろえた前髪。長い睫毛にふちどられた瞳。枝のように細い手足。

 強烈な懐かしさが、私の胸を焼いた。



「どうかしました?」

 女性が、怪訝そうに私を覗き込む。

「い、いいえ!すみません。うさぎ、今ちょうどいるんです。見ていかれますか?」

「ぜひ!」



 彼女を部屋に招き入れて、スリッパを出す。後ろから、「あの」と遠慮がちな声がかかる。

「どこかで、お会いしたことありますか?」

 私は彼女を振り向いた。

「実は、僕もなんかそんな気がして……」

「中学校が同じとか、でしょうか?私東中です」

「僕は南中だなあ。あ、部活は何でした?」

「バスケ部の、マネージャーをやってました」

「僕、バスケ部でした!」

「じゃあ、大会とかで会ってたかもしれませんね!失礼ですが、おいくつですか?」

「28です」

「同い年だ!やっぱり、地区大会で一緒になってたんですよ」

 と彼女は微笑むが、私はなんだか寂しかった。

 そんな、田舎じゃありふれた一期一会的な出会いじゃなくて、もっと、こう……。



 彼女を伴い、うさぎのゲージの前に立つ。

「昨日、保護したばかりなんです」

 隅で丸くなって、私たちを睨んでいる。

「うさぎって、繊細で臆病なんですよね」

 彼女が呟く。

「よくご存じですね。飼われてるんですか?」

 彼女は、首を横に振った。

「昔から、夢にうさぎがよく出てくるんです。この子にそっくりな、小さくて、耳が短めで、茶色いうさぎが」

 さみしげに揺らいでいた瞳を、ハッと上げる。

「すみません。こんな変なこと、話してしまって。……初めてお会いしたのに」



「いいえ。面白い夢ですね」

 私は内心、ワクワクしていた。

「もっと、話を聞かせてください」

「いいんですか?」

「よくないっすよ。忙しいのに」

 ジョンが横から口を挟む。

「ご、ごめんなさい」

「まあ忙しいのは事実ですが……。もし引き取っていただけるとうことでしたら、これから何度かお会いすることになります。その時にぜひ、教えてください」

「変わった方ですね」

 彼女は口元を抑えて笑う。花が咲いたような笑顔に、不思議と安堵を覚える。

「そうなんっすよ。この人昨日も、ペットフード食べられそうだなとか言い始めて」

「お、おい!そういうことをベラベラ話すな!」

 部屋が、温かな笑い声に包まれた。



 笑いながら、涙が出そうになる。

 やわらかな彼女の笑顔を目に焼きつけるように、私は何度もまばたきをした。

もう10年くらい前、近くにある大きめの公園で、うさぎを見かけました。

周りに飼い主らしき人は見当たらず、もちろん野生のうさぎなんかいるような場所でもなく、不思議に思いました。


それを突然思い出し、書き始めたのがこの小説です。

読んでくださる方々のお陰で、完結まで書ききることができました。本当に、ありがとうございました!

感謝の気持ちでいっぱいです。

読者様の明日が、少しでも良い日になりますよう、うさぎ共々願っております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] コメディ部分とシリアス部分が程よくあり、最初から最後まで読みやすく読めました。うさぎ目線というのも目新しさがありつつ、語り口調が読みやすいからか、変に奇抜すぎて読んでいて疲れてしまうことも…
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