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うさぎ(いつか)人間を食べる  作者: 春日野霞
24/25

うさぎ、人間を食べる

若干の、グロ注意報です。

 雨音に紛れて、懐かしい足音。

 少しひきずりながら歩くような癖。うさぎの小さな脳みそでも、覚えている。



 公園の中に、何度もその足音を探したから。

 何度も何度も、思い出していたから。



 私は濡れるのもいとわず、彼女を待っていた。

 やがて姿が見えて来て、心臓が静かに高鳴る。



 元ご主人様の手に、傘は無い。

 白いワンピースから、ぽたぽたと雫がしたたる。街灯の光に照らされ、暗闇にぼんやりと浮き上がっているように見えた。



 私を探すでもなく、真っ直ぐここまで歩いてきた彼女が、立ち止まる。

 伏せた目で、私を見下ろした。

「アイン」

 私の名だった。

 前世からずっと同じ。その名を彼女が、愛情をこめて呼んでくれることも。



「ごめんなさい。あなたを、捨てて」

 彼女の声が、涙に震えている。

「でも、辛かったの。あなたといることが」

「どうして。あんなに、楽しい日々を過ごしていたのに」

 私は彼女に問うている。

「こんなこと、信じてもらえないかもしれないけど……」

 まるで私の声が聞こえたかのように、彼女は答えた。



「あなたが、人間になる夢を見るの。私は、あなたのことを心の底から愛していて……目覚めてからも、夢で愛し合った人とあなたが重なって。どうして人間じゃないんだろうって思った」

 メスだって分かって、飼っているのにね。彼女は自嘲みたいに笑った。

「彼氏がいるのに、こんな夢を見て、ものすごく悪いことをしている気がした。でもあなたへの、人間に向けるみたいな愛が、止まらないの。あなたを撫でているときも、エサをあげているときも、恋人と過ごしているみたいで」

 雨がひどくなり、弾丸のように降り注ぐ。



「辛くなった。友達に相談したら、馬鹿みたいって笑われたし。実際、ほんと、馬鹿よね。自分でも分かってるの。でも、頭で理解できても、気持ちは変えられない。ずっと、なんだか、辛かった」

 彼女は、心臓の上で服を握りしめる。



「他の人に譲ることも考えた。でも、あなたが別の誰かに可愛がられているなんて、絶対に嫌だと思って。それで、それで……」

「捨てたのか」



 彼女は、がっくりと崩れ落ちる。



 シロツメクサの首輪が、じんわりと熱くなる。

 とても、同情はできなかった。

 前から不安定な人ではあったから、夢に辛さを感じてしまうのは、分かる。

 でも、だからって、捨てることなかったじゃないか。



 心臓が早なり、体がむくむくと膨れ上がる。体の中に、凶暴な本能が宿る。

 泣き崩れた彼女は、ライオンに変身した私を見ようともしなかった。ただただ運命をさとっているかのように、首を垂れている。



 私は彼女に、頭から食らいついた。

 骨まで砕いて、飲み込む。喉が切れるが、構わなかった。

 彼女との思い出が、走馬灯のように閃いては消える。せまい部屋の中で、追いかけっこをして遊んだり、誕生日を牧草のケーキで祝ってもらったり。彼女が涙に濡れる夜は、一晩中寄り添ったこともあった。



 内臓の苦みも、歯触りの悪い爪も、全て味わいつくした。

 するすると、体がうさぎに戻っていく。

 辺りに飛び散った血が雨に押し流され、排水溝に落ちていった。

 全身に浴びた、むせかえるような返り血が、雨の匂いにぬりかえられていく。



 彼女が生きていたことが、跡形もなくなっていくようだった。

 それは同時に、私が生きたことがなくなっていくということにも思えた。



 ……いや。

 ジョンソンはきっと、私のことを覚えていてくれる。多分、彼が理想としていたような、温かい家の中で。



 今まで私の元を訪れてくれた人も、時折思い出してくれるだろうか。

 ちいさなうさぎが、公園にいたことを。

 


 土砂降りの中でうずくまる。言いようもないくらい、疲れていた。

 少しずつ、雨に体温が奪われていく。私は小さく、くしゃみをした。

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