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うさぎ(いつか)人間を食べる  作者: 春日野霞
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登校できない女の子

 春の公園は、ポカポカしている。

 私が捨てられたのは、なかなかに広い公園だった。タンポポ、シロツメクサ、ヨモギ……食べ物には困らない。



 毎日、たくさんの人間を観察することができた。身体が丸いほうがおいしいのか、硬そうなほうがおいしいのか。ライオンの気持ちになって、想像してみる。

 あれやこれや考えていると、ぽかぽかした日ざしに眠たくなってくる。というか、うさぎは夜行性なのだから、こんなの眠くてしょうがないに決まっていた。

 それでも頑張って起きているのには、理由があった。



「あ、いた!」

 中学生の女子が、駆け寄ってくる。

 この子は、私のファンだ。

 鼻をひくひくさせながら彼女の方を向くと、「かわいい~」と笑う。愛玩動物はかわいさを振りまいてナンボ。彼女はまんまとひっかかり、私にメロメロだ。毎日この時間に、ニンジンを持ってきてくれる。



「今日も、持ってきたよ」

 ビニール袋から、愛しきオレンジが現れる。シャクっとニンジンをかじる。この歯ごたえ、この甘味。野生の草じゃ味わえないんだよな……。ヨモギもシブくてなかなかにいいと思いはじめていたが、うん、やっぱりニンジンだわ。



「私ね、今日も学校行けなかったんだ。でもうさぎちゃんのおかげで、毎日お外に出られてる」

 彼女は、私の背中をなでる。優しい手つきだ。

「学校、本当は行きたいんだよ?でもね、朝起きられなくて、お布団の中にいたら、嫌だなって気持ちがむくむく膨れ上がってきて……。今日もダメだったんだ」

 今にも泣き出しそうな声に、女の子を見上げる。メガネの向こうで、涙をためていた。

「ううん、ほんとは学校なんて行きたくない。うさぎちゃんにも、見栄はっちゃった」

 はは、と乾いた声で、彼女は笑った。

「お母さんもお父さんも悲しそうで、私申し訳なくってさ。でも学校怖いんだ。昨日までなかよしだったのに、急に仲間はずれにされるの。1人ずつ。先生も助けてくれないしさ」



 遂に彼女は泣き始めた。

 学校が何をする所なのかは知らないが、私にニンジンをくれているのだから、それで十分だ。怖い場所には、わざわざ行かないのが基本であるし。私は、一度でもヘビを見た場所には近寄らない。



 彼女の靴に、ぽんと前足をのせる。君は私にニンジンを運んできさえすればいいのだよ。

「うさぎちゃん……」

 女の子は涙をポロポロ流しながら、にやにやしている。目でもうるうるさせとくか。

「か、かわいい」

 ちょっとだけ強く、私の背中をなでた。



 あっという間に日が落ちて、女の子が帰る時間になる。

「明日も、来るね」

 追いかけっこをしたり、彼女の膝の上にのったりして、ひとしきり遊んだ。

 これでまたしばらくは、ニンジンに困らないだろう。


 ひと仕事終わった。私は茂みに作ったホームに戻り、溜息をつく。


 人間も、大変だ。

 神様は人間を滅ぼすこともできると言っていたが、そこまでしようとは思わない。それぞれに悩みを抱えながら、一生懸命に生きていることは、元ご主人を見て知っていた。

 それに、人間は私にニンジンをくれる。

 絶滅されては、困るのだ。




【本日の人間】

 学校に行かなければ、と言っていたが、行く必要はない。それよりも、毎日私にニンジンを持ってくることのほうが、よっぽど立派だ。彼女はニンジンをくれるので、食べる候補にはいれない。

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