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うさぎ(いつか)人間を食べる  作者: 春日野霞
14/25

さわやか野球部

 初夏の日差しが降り注ぐ中、私とジョンソンは一心不乱ににんじんを食べていた。

「今日はちょっと、多めに持ってきたよ」

 と、登校できない女の子が笑う。

 ここのところ、彼女が来なかったのだ。3日ぶりのにんじんとなる。

「嬉しいっす。僕。もう一生にんじんが食べられないと思ってました」

「大袈裟だな」

 私たちの間で、登校できない女の子が、学校に行ってしまったのではないかという説が浮上していた。そうなったら、絵描きの少年のようにあまり来られなくなってしまう。定期的なにんじんの補給がないと、少し不安になる。うさぎはか弱いので。

「ちょっと風邪引いちゃって、来れなかったんだ。元気してたみたいで、良かったよ」

「なあんだ。心配して損しました」

「損ではないだろ。病気だったんだから」

「あ、そっすね。すいません」

 女の子は、私たちの頭をなでた。 



「うえっうさぎ?」

 公園中に響き渡る声に、私たち2匹と1人は、びっくりして目を向けた。

 自転車に乗った、坊主頭の若い男の子だ。高校生だろうか。動きやすそうな服を着ている。

「お兄さん、もしかして……」

 登校できない女の子が、おずおずと言う。「え、何?」と高校生が首を傾げた。

「桐院高校の、野球部の人?」

「そう。よく分かったね」

「うん!お母さんが高校野球見るの好きだから、知ってる!強いよね!」

「俺らのファンってことか!応援ありがとう!サインいる?」

「それはちょっと……」

「あっはは!冗談だよ」

 野球部は快活に笑う。笑顔がなかなかさわやかだ。



「うさぎかわいいなー。君が公園で飼ってんの?」

「ううん。エサをあげに来てるだけ」

「いいなー。俺もあげにこようかな。けっこうなつく?」

「うん!寄って来てくれるよ」

「俺普段は部活あるんだけどさ、夜とかに来ても大丈夫かな」

「うさぎは夜行性だから、夜の方がいいんだよ」

「マジか!大根の葉っぱとか食べる?」

「食べるよ」

「学校で大根作ってるから持ってこよ」

「やった~!先輩!またエサをくれる人が増えましたね!」

 ジョンソンが垂れ耳をぴょこぴょこさせて喜ぶ。

「あでも、勝手に大根切ったら怒られるわ。どうしよー」

「お家から持ってきたら?」

「朝早いからなー。夜までにしわっしわになっちゃうな」

「なんとか工夫して持ってきてくださいよ!もう!」

 聞こえないながらも、ジョンソンは抗議をした。



 ちょっとした沈黙になる。女の子は野球部の表情をうかがった。

「あ、あの」

 声が小さすぎて、うさぎにしか聞こえてないぞ。

 もっと頑張るんだ!

「あの!」

 大声になりすぎて、野球部はびっくりした顔で女の子を見た。

「どしたの」

「あと1本余ってるから、うさぎにあげてみる?」

「お、サンキュ!」

 野球部は笑顔で自転車をとめ、私にエサをくれる。横でうらやましそうに見ているジョンソンの頭をなでた。

「癒されるわ~。やっぱモフモフだな」

「うさぎ、好きなの?」

「おう。昔友達が飼っててさー。動画とか見まくってる」

「私も見てる!らびらびさんの動画とか」

「俺もそれ見てるよ!らびっこちゃんかわいいよなー!見過ぎて寝不足になっちゃってさ」

「私もよく怒られる!」

「俺この動画が特に好きなんだけど……」

 スマホを見ながら、2人は楽しそうに笑っている。



「僕ら置いてけぼりっすね」

「これは恋の予感だな」

「恋の、予感?」

 ジョンソンは首を傾げる。

「これでも私は、いくつかの恋愛を見守ってきたのだよ」

 終電逃しのサラリーマンだとか、恋するギャルとかな。

「女の子の顔、なんか急に女の子!って感じになりましたもんね。あれ、これ意味分かります?」

「色気づいたってことだろ」

「なんか生々しい言い方で嫌ですけど、そういうことです」

 悪かったな、生々しくて。

「でもまだ、恋の感情には気づいていない。そんな様子だ」

「詳しいっすねえ。前世の記憶っすか?」

「そうかもしれない」

「僕には分かんないから、そうなんじゃないっすか」

 ジョンソンはあくびをした。

 2人は楽しそうだが、私たちにとっては眠い時間帯なのだ。



 しばらく眠っていたが、私は野球部の声で目を覚ました。

「そろそろ帰るわ。宿題しないと監督に殺される」

「あ、あの!また会えますか?」

「試合を見にきてくれたら、いつでも会えるぜ。俺、スタメンでショートやってるんだ」

 野球部は、きらりと白い歯を見せる。

「その……公園には、来ないですか?」

「夜は来るかもなー。エサがなんとかなれば」

「そっか……」

「んじゃ、またね!」

 野球部はひらりと自転車にまたがると、滑るように漕いでいった。

「あれ、帰っちゃいましたね」

 ジョンソンが目をしばしばさせている。



「いい人だったな……」

 女の子がぼーっと、野球部が去って行った方を見ている。

「連絡先、交換しておけばよかったな」

 スマホをぎゅっと握りしめる。

「これが恋の予感ですね!」

「その通り」

「ここまで露骨だと、よくわかります!」

「露骨っていうのもなんか、嫌な言い方だな」

「そうっすか?」

 それじゃあね、と女の子は私たちに手を振る。いつもより嬉しそうな顔をしていたが、同時に悲しそうでもあった。

 心配するな。きっとまた会える。

 私たちににんじんを持ってくる日課を続けていれば、ラッキーがやってきてくれるはずなんだ。



【本日の人間】

 野球部はエサ補給要員になるかもしれないので食べない。もしかしたらエサを持ってこないかもしれないが。でも特に食ってやろうという気にはならなかったので、どのみち食べないと思う。

センバツ開幕記念で書きました!

~本日出てきた過去話~

第2話 登校できない女の子

第3話 終電逃しのサラリーマン

第6話 恋するギャル

あわせて、ぜひ!

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