その94
「ああ・・・、そんな話を聞いたことがあるような・・・。」
私は、改めて自分の勉強不足を思い知る。
「カーストという名称は、ポルトガル語の“血統”を表す“カスタ”が語源だと言われているんです。
つまりは、血縁関係を非常に重視するんです。
ですから、生まれた子供は親のカーストを引き継ぎ、他のカーストを選択することは許されないし、移動も出来ない。
結婚だって、同じカースト同士でなければ許されない。」
「えっ! け、結婚も・・・ですか。」
「仕事もそうです。
日本の新憲法みたいに、職業選択の自由なんてないんです。
“ブラフミン”の子は当然のように僧侶になるし、“クシャトリヤ”の子は親が経営している事業をそのまま継承するように教育されるんです。
そのふたつの階層がいわゆる支配する層です。
そして、そうした事業で働く労働者が“バイシャ”、つまりは平民なんですね。
いま、こうしてここに集まっているのは、そうした階層の人々なんです。」
「ああ・・・、そうだったんですか・・・。」
「ですから、こうした家に生まれた子は、どんなに頑張っても経営者になることは許されない。
親が農業をやっておれば、子供もそれを引き継ぐ事になるんです。
だから、子供のころから、牛などを使って田畑に出で働くんです。」
「が、学校は?」
「今は、まだ学校と言えば、支配階級の子供だけですね。通えるのは。
それも、お金があるとか無いとかではなく、あくまでも階層なんです。
“バイシャ”に、つまりは支配される労働者階級は、勉強なんて必要が無い。
そうした常識がまかり通っているんです。」
「・・・・・・。」
そう言えば、私が旅してきたところでも、平日の昼間なのに子供が田畑で働いていた。
「そして、最下位の“スードラ”に至っては、定職につくということさえ許されないんです。
し尿処理や死体の搬送など、普通の人間がしないことをやることによって僅かな収入を得る。
そうした道しかないんです。」
「そ、それは酷い・・・。」
「ですから、そうした人々は、我が子を奴隷として他国に売る、つまりは人身売買などにも手を染めざるを得ないんですね。
もう、人間としての扱いは受けられない。家畜以下とまで言われますから・・・。」
「・・・・・・。」
「これでは、国民の気持がひとつにはならないでしょう?
そうした体制から、何とか抜け出さないといけない。
この国の指導部は、そうは考え始めているんですが・・・。」
春田部長は、唇を噛むようにして言う。
(つづく)