その93
「ただねぇ・・・。」
春田部長が一旦腰を上げかけて、そして何を思ったか座りなおす。
「この国の弱点は、やはり身分制度でしょうねぇ・・・。
それが今後どうなっていくのか・・・。」
「身分制度って、あのカーストって奴ですか?」
私は、入試用に詰め込んだ薄っぺらい知識の引き出しからその言葉を引っ張り出してくる。
「ええ・・・、仰るとおりです。」
「・・・・・・。」
「さっきのお役人。この地域では相当な実力者で、“クシャトリヤ”なんです。」
「な、なんです? その、クシャ何とかってのは・・・。」
私は、初めて聞いたその単語に戸惑う。
「大きく分けた身分階層のひとつで、そうですねぇ、日本語で言えば“王族”とか“武士”となるのかも。」
「じゃあ、“士・農・工・商”の一番上です?」
「いえ、二番目です。
カースト制度は、ヒンドゥー教の教えに基づいていますからね。
上から言うと、“ブラフミン”“クシャトリヤ”“バイシャ”“スードラ”とあって・・・。」
「・・・・・・。」
そこまで行けば、もう私は付いていけない。
ただ、黙って聞くだけになる。
「日本語で言えば、そうですねぇ・・・、“司祭”“王族”“平民”“卑民”といったところですかね。
つまり、一番上はヒンドゥー教を教え広める僧侶なんです。」
「ああ・・・、なるほど・・・。」
私は、改めてインドが宗教色の強い国であることを思い知る。
「で、次に来るのが、武力や政治力を持つ王族や貴族なんです。
そして、平民、そして卑民となる・・・。」
「その・・・、卑民と言うのは?」
「う~ん・・・、元々はこの地の先住民族の末裔だと言われていますが、奴隷として常に支配されてきた人々です。
日本でも、卑民という概念はあるでしょう?
きっと、アレに近いのだろうと・・・。そう思います。」
「・・・・・・。」
日本にも、「部落」という差別があるのは知っていた私である。
「ですから、ああして集まってくれた農家の人々の中には、そうした人は入れないんです。」
「ん?」
「話をすることすら、同じ場所にいることすら、許されない。
それがカースト制度の掟なんです。」
そう言う春田部長の顔は曇っていた。
(つづく)