その91
「あの時、もしアメリカが天皇制の廃止を強行していたら、きっと、今日のような日米関係は築けなかったでしょうね。
日本国民が付いてこなかった・・・。
いや、最悪は、再び戦争となっていたかもしれない。」
春田部長は静かに言葉を続ける。
「それと同じで、民族には、その共通意識としてのバックボーンが必要なんです。
精神的な背景と言いますか・・・。
民族の色と言いますか・・・。」
「い、色?」
「民族としての誇りと言えるのかもしれません。
それが宗教である場合が多いんです。
いや、信仰と言った方が正しいかもしれない。」
「・・・・・・。」
「日本には、いろんな宗教がある。しかも、制限はされていません。
仏教にもいろんな宗派がある。浄土宗、浄土真宗、日蓮宗・・・と。
キリスト教もある。おまけに、神道がある。
つまりは、宗教は雑多なんですよね。
そのすべてが認められている。
互いが互いを排除しない。
日本人は、それを受け入れるだけの寛容さがある。」
「そ、そうですねぇ・・・。」
「だから、日本では、宗教が民族のバックボーンにはなりえない。
日本人をひとつに纏めてきたもの。
それが、天皇制であり、皇室だったんです。」
「・・・・・・。」
「そのことに配慮したマッカーサーが、本国の上層部を説得して、今の天皇制を残した。
そう言われていますが、私はマッカーサーの判断は非常に正しかったと思っています。
だからこそ、日本はあれだけの焦土から僅か10数年で今日まで復興できた。
そう思うんです。」
「な、なるほど・・・。」
そう言われると、私にも頷けるところが多々あった。
「その日本民族の力の凄さを、この国は求めているんです。
だから、排他的な宗教とは離別の道を選んだ。
そして、何とか日本を真似しようとしている。」
春田部長は、ここで煙草を踏み消して、またその吸殻をポケットに入れる。
「知っていますか? この国が、敗戦後の日本を助けようとしていたことを・・・。」
改めて、私に向かってそう言ってくる。
「えっ! インドが日本を助けようと?」
私には、意外としか思えないことだった。
(つづく)