その90
「北部はイスラム教徒が多かったですからね。
で、中南部のヒンドゥー教徒とは一緒にやれないと・・・。
で、パキスタンが生まれたんです。
つまりは、宗教の違いが国を分けたってことなんです。
信ずるものが違うってことなんでしょうかね・・・。」
春田部長は煙草の煙が風に舞うのを目で追いながら言う。
「宗教ひとつで、そこまで・・・。」
私は、思わぬ現実に出会ったような気持になっていた。
「それは、日本も一緒でしょう?」
春田部長は、少し間をおいてから言ってくる。
「ん?」
私は、分からなかった。
「フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を持って来たのが1549年。
戦国時代の真っ只中。
それから以降、時の政権、つまりはその時々の権力者の考え方で違ったんですが、キリスト教の普及を認めた時代もあれば、徹底的に弾圧した時代もあったでしょう?」
「ああ・・・、なるほど・・・。」
「それだけ、宗教というものは、常に権力と関係してきたんです。
時には対立し、そして、時には融和して・・・。
それだけ、宗教というものが民族の価値観や思想に大きな影響を与えるものだったからでしょうね。」
「・・・・・・。」
「だからなんですよね。
天皇制が引き起こした第二次世界大戦だったんですが、日本を占領したアメリカがそれでもその天皇制を残したのは・・・。
もちろん、その中身は大きく違ってはいるんですが・・・。」
「しょ、象徴としての天皇?」
「そ、そうですね・・・。
アメリカ内部には、巨悪の根源は天皇制にあった。だから、廃止すべきだ。
そうした意見が根強くあったのも事実でしょう。
それでも、最終的には、“象徴としての天皇”ということで天皇制を残した。
しかも、昭和天皇を戦犯としては扱わなかった。」
「・・・・・・。」
「それは、日本国民の反発を考えたからなんですよ。」
「反発?」
「確かに、日本は降伏をした。
その戦争の最高責任者は天皇だった。
それでも、あの終戦を告げる玉音放送を聴いて涙を流した国民は多かった。
降伏を屈辱として、切腹に至った軍人もいたぐらいだ。
自分たちの力不足で、天皇に申し訳ないと・・・。
良い悪いは別にして、それだけ国民は天皇に強い思いがあった。」
春田部長は、短くなった煙草を見つめながら、そう言った。
(つづく)