その88
「驚かれました?」
春田部長は、自分で言っておきながら、煽るように言ってくる。
「え、ええ・・・、まあ・・・。」
私は、その程度しか言えない。
まさか、賄賂なんてことはないのだろうが・・・、などと思ったりする。
「先ほどの人物は、この地方のお役人なんですよ。
いわば、地方の高級官僚さんですかね。」
春田部長が、手品の種明かしでもするかのように言う。
「お、お役人・・・ですか・・・。」
「だからと言って、“袖の下”なんてことは無いんですよ。
これでも、私は、そうした事が大嫌いでね。」
「じゃあ・・・。」
あの車は、どういう意味なんだと思う私がいる。
「役所の公用車として寄贈したんです。
まあ、その仲介をしたのはあのお役人というストーリーにはなっていますが・・・。
つまりですね、依然として、この国は、そうしたことがまかり通るんです。
だから、“夜明け前”だと。
まさに、藤村の世界なんですよ。」
「・・・・・・。」
「この国は、今、左右に揺れてましてね。」
「ん? 揺れるとは?」
「つまり、これからのこの国の進路です。」
「その方針が揺れていると?」
「意外と知られていないんですが、この国インドは、いわば“連邦国家”なんです。」
「えっ! れ、連邦なんです?」
「ええ・・・、ソビエトと同じですね。
いろんな国が集まって、ひとつの連邦国家を形成している。
言語も宗教も民族も区々なんですが・・・。」
「そ、それは、知りませんでした・・・。」
「1950年に共和制に、つまりは共和国になっているんですが、その国名は“インド社会主義共和国”なんです。
かと言って、同じ社会主義の国であるソビエトや中国とも距離を置いている。
いわば、この国独自の“社会主義”を考えているようなんです。」
「・・・・・・。」
私は、政治には疎かったから、ただ黙って聞くことになる。
「今、アメリカを中人とした西側諸国とソビエトを中心とした東側諸国が対立していますが、この国は、そのどちらのグループにも属さない。
つまりは“非同盟”という中立の立場を保っているんです。」
「ああ・・・、そのことは新聞で・・・。」
「つまりは、それだけ迷っているということなんですね。」
春田部長は煙草に火をつけて、旨そうに一服を吸う。
(つづく)