その87
「・・・・・・。」
正直、私は、春田部長の言っている意味がピンと来なかった。
その奥底には、「まさか!」という思いがあったのも事実である。
日本がインドに負ける?
そんな、笑止千万な・・・。
そうした思いがあった。日本人としての驕りがあった。
「いいですか?
明治維新って、歴史で習うんだろうが、まだ僅か100年ほど前、つまりは1世紀しか経ってない。
100年前までは、日本も、ちょんまげを結って腰に刀を差した奴が権力を振りかざしていた。」
春田部長は淡々と言ってくる。
「その日本がだ、開国をし、ヨーロッパの先進技術をどんどん取り込むようになり、それまでの日本人の価値観や意識をぶっ壊した。
それが、いわゆる“文明開化”。
そう、教えられたでしょう?」
「ええ・・・、まあ・・・。」
その点については、私も頷くほかは無い。
「たったの100年。その間に、日本はこれだけ近代化をし急成長したんです。
しかも、戦争に負けたのに・・・。」
「・・・・・・。」
「その点、この国は、まだ大英帝国からの独立を果たして、僅か10年と少し。
日本の“士農工商”という身分制度は300年の歴史だが、この国のカースト制度はその10倍以上もの歴史がある。
それでも、いずれは、その身分制度も薄くなっていくだろう。
そうなったとき、この国は、日本の明治維新どころの話ではないだけの爆発力を持つだろう。
それが、怖いと言っているんです。」
「・・・・・・。」
私は、答えるべき言葉を持ってはいなかった。
「さっき、ここを黒塗りの乗用車が通ったでしょう?」
春田部長は、また煙草を取り出しながら言う。
相当な愛煙家のようだ。
「ええ・・・。」
私は、その場面を思い出す。
「気が付きました?」
「えっ! 何をです?」
「あの車、日本車だったでしょう?」
「ああ・・・、そうでした・・・。」
「あれね、うちの会社がプレゼントしたものなんです。」
「・・・・・・。」
私の頭は、その話題に付いて行けなかった。
(つづく)