その79
「ど、どんな人生って・・・、言われても・・・。」
私は答えられなかった。
「例えばだ、将来はこういう人物になりたいとか、こういう仕事をしたいとか・・・。」
島本が追うように言ってくる。
「う~ん・・・。」
「政治家? それとも、大学教授か?」
「そ、そんな実力はないかと・・・。」
「昔は、大学に行くと、“末は博士か大臣か”って言われたもんだがなぁ・・・。
そうか、そのどちらも目指さないと・・・。」
「・・・・・・。」
私は、まるで父親か誰かに叱られているような気分になった。
「島本さん、あれでよろしいでしょうか?」
トラックから耕運機などを降ろして並べるようにしたチャイ君が訊きに来る。
相変わらず、少しイントネーションが可笑しい。
「ああ・・・、あれで良い。
で、いつでも実演が出来るんだな?」
島本が確認をする。
私に話しているときより、やはりゆっくりとした話し方をする。
日本語を勉強中だというチャイ君を気遣っているのだろう。
「あ・・・、はい。大丈夫でございます。」
チャイ君、緊張しているか、少し間を置いて答えてくる。
「チャイ君、この場合、“大丈夫です”で良いんだ。」
島本が笑顔で言う。
「あ、はい。ありがとうございます。」
チャイ君は、その言葉を口の中で繰り返すかのように、ゆっくりと返してくる。
そして、またトラックの方へと走って行った。
「日本語は、ああした敬語の使い方が複雑だからなぁ・・・。
でも、彼は、よく勉強するよ。頭が下がる思いだ。
本当は、こうして乗り込んできた我々の方が現地の言葉をちゃんと話せないといけないんだが・・・。」
島本は、チャイ君の後姿を目を細めて見ている。
「確かに・・・、それは僕も実感しました。
旅行者だと思ってくれるから何とかここまで来れましたが、これがビジネスだと考えれば、まさにインドの人に失礼なことだなぁって・・・。」
「まあ、それを感じられただけでも、この旅行の意味は大きいのかも知れんなぁ・・・。」
島本は、そう言って吸っていた煙草を履いていた靴で踏む。
そして、その吸殻を拾ってポケットの中に入れた。
インドの大地を汚したくないとの思いがあるのかもしれない。
(つづく)