その7
「どこのどんな人なんだ?」
父親は、どこの親でもが訊くであろう常套句を口にした。
「名前は、中林留美さん。年齢は、22歳。今年23歳になる。」
「また、随分と若いな。で、仕事は、何をしている?」
「う~んと・・・、今は、まだ大学生。」
「な、何!」
「・・・・・・。」
私は、父親の逆鱗に触れたような気がして、黙ってしまった。
堅物で融通の利かないのは分かっていたからだ。
「で、どこの人なんだ?」
父親の言葉が、詰問調になる。
「う~ん・・・。」
私は、どこからどう説明すれば良いのかを迷った。
「三条寺町に“抱月堂”っていう和菓子屋さんがあるだろ?」
「ああ、有名な老舗だな。そ、それがどうした?
ま、まさか、そこの娘さんってことじゃああるまいし・・・。」
「そ、その・・・。」
「ん?」
「その、まさか・・・なんだけど・・・。」
「じょ、冗談でしょう?」
そう口を挟んだのは母親だった。
そうした世界には詳しい母親だった。
元々、双華流という華道の師範をしていたからだ。
「こ、こんなことで、冗談なんか言わないよ。」
私はそう抵抗する。
「本当に、本当なの?」
「ああ・・・。」
「・・・・・・。」
母親は、それだけを聞くと、また黙ってしまった。
「相手のご両親は、ふたりのことをご存知なのか?」
父親が問い返す。
相手が老舗の娘だと知って、言葉がやや硬くなる。
「う~ん・・・、どうなんだろう?」
そう問われて、私も、その点についてはまったく自信がなかった。
そう言えば、相手の家に行ったことがなかった。
もちろん、家内の両親の顔も知らない。
ただ、当の本人から「はい」との答えを貰っていただけだった。
それでも、それだけで十分だと思う気持があったのは間違いが無い。
だが、この思い違いが、それからの私を苦しめた。
(つづく)