その78
「命を長らえる?」
私は、意外な言葉に戸惑いを覚えた。
「そう、だから大学に入ってからも、必死で勉強をしたんだ。
その成績によって、その後の扱いが変わったからな。
優秀な奴は、後方部隊に配属されて、鉄砲を撃つ練習すらしなかった。
つまりは、もう完全に“非戦闘要員”だったんだ。
死ぬ可能性は極端に小さくなる。」
「・・・・・・。」
「その一方で、大学に入ったものの、今ひとつ成績が伸びない奴は、上級士官の扱いは受けたものの、外地に、つまりは海外に展開する戦闘部隊の中隊長や参謀として送り出された。
そうなった場合、どうしたって戦闘で死亡する可能性はある。
事実、昭和18年、19年に卒業して外地に派遣された上級士官の大半は戦死した。」
「・・・・・・。」
「だから、皆、自分の命が掛かっているから、それこそ必死だった・・・。」
「・・・・・・。」
「その点、今の大学は、そうした緊迫感が無いような気がするんだ。
こうして、大学を卒業した社員を毎年見ていて、ますますその思いが強くなっている。
必死さが無い。どことなく、のんびりとしてる。」
「の、のんびり・・・?」
そこまで言われては、さすがに私も絶句する。
「言葉は悪いが、“平和ボケ”のような感じがする。」
「・・・・・・。」
「これは、君を批判しているんじゃない。その点は、誤解しないで欲しい。
ただ、大学在学中に、こうして外国旅行が出来るなんて、昔は考えられなかったことだ。
こうしている間にも、同級生達は毎日大学に通っている筈だ。
そうしたことにも怖さを感じていない。
だから、ここにこうしていられる。」
「う~ん・・・。」
私は、何ひとつ反論できなかった。
確かに、大学に進学したのも、父親から「これからは学歴が物を言う」と強く勧められたからと言うのが正直なところだ。
だから、大学の入試に合格する事だけを考えて勉強していたように思う。
大学に行ったらどうするか。
そうした将来への明確な展望も持たないままに、ただ、目の前の大学入試にだけ向かっていたような気がしないでもない。
「君は、どんな人生を望んでいるんだ?」
島本が煙草を取り出して訊いて来る。
(つづく)
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